第3話 怪奇邂逅Ⅱ

 ゴロリと人形の頭部が転がる。

 その人形の顔はムカつく程見覚えのある顔だ。

 月城夜歌は、始末した魔術師--自動人形オートマタを睥睨し、苦虫を潰したように歯噛みする。

 これがただの嫌がらせなのならば、相当にタチが悪い。

 転がる人形は赤川涼子を模していた。

 ガタリと隣に無機質な音がこだまする。

 西洋風の黒い鎧を纏った騎士。

 夜闇に輝く赤い瞳と無骨な大きな剣は正に主人を護る騎士の様。

「ヨルカ様、これは?」

 騎士の鎧は低い声音で訊ねた。

 名をアーサー。

 月城夜歌の最も愛用するホムンクルスにして、戦闘に特化した人形である。

 目の前で倒れている人形は、人間に限りなく近い作りであるが、戦闘における強度も質もアーサーには敵わない。しかし、作成技術に差はない。ただ差があるとすれば、それは芸術重視か戦闘重視かのコンセプトの差である。

 間違いなく人形師としての腕は夜歌と互角かそれ以上だろう。

「……どこの誰かわからないけれど、趣味の悪い魔術師ね」

「敵の狙いは何でしょうか」

 夜歌は、校舎に目を向現在、今回の一連の経緯を思い出す。

 初めはただの小さな霊災が頻発するだけであった。霊的な存在は、魔力を本能的に察知するという。力の弱いモノは、より強い魔力に取り込まれる為に。強い魔力を持つモノはより多くの魔力を取り込む為に互いに引き寄せ合う。それが霊災の摂理。だが、その霊的引力が強くなったのは、ここ数日だ。あの学校には、そのがある筈なのだ。

「その何かが成長している」

 結局、それは魔術師として未熟である涼子では突き止められなかった。

 夜歌は、内心呆れ返っていた。涼子はどうにも魔術の才はあるが、魔術師としての才能は全くない様だ。

 魔術師や霊媒師は、その霊的存在を感知し、視認する事自体は可能だ。それは、赤川涼子の様に自身の魔力を弾丸に加工し、放つという極々簡易的な魔力弾でも視認出来る。しかし、感知が出来なければ、見る事が叶わない。

 そう、感知をして初めて見る事が叶うのだ。

 つまり--

「誰かが隠していた」

 ハッと撃退した人形へ振り返る。

 人形は、既に土塊となって朽ちている。

 成る程、と夜歌はニヤリと口元を歪める。

「アーサー」

 その一言で、鎧の人形は主人の命を理解する。

「--御意」

 アーサーは、闇に溶ける様に消え、夜歌は校舎へ向かって行った。




 ※




 異常なまでの馬鹿力。

 赤川涼子は、目の前の男が屋上の扉を吹っ飛ばした光景に呆然とした。

 有り得ない、と否定した。魔術の類ではない。肉体に宿っているであろう魔力を行使した痕跡もない。つまり、純粋に有馬蒼介に備わる出力だ。

「生徒会長。多分こっちだ」

 何事もなかったかの様にこの男は涼子に声をかける。

 おかしいとも疑問にもこの男は思っていない。

 さっきまで殺そうとしていた人間と普通に話し、赤川涼子という存在を受け入れている。それは良く言えば、卓越した順応力。悪く言えば、異常なまでのサイコパス。

 有馬蒼介という人物の第一印象からは想像もつかない異常性。

 今の置かれている状況も正しく理解している。赤川涼子が自分を殺そうとしていた事も理解している。理解した上で、今の状況を蒼介は受け入れてしまっていた。

「ここから何か漏れてる。生徒会長分かるか?」

「分からない。けど、何か魔術が施されているのは分かる」

 屋上の給水タンクに描かれた魔術式。魔力を全く感じない。

 普通に考えれば、まだ発動すらしていない術式だ。

 しかし、目の前の不思議な男がここに何かあると告げている。

「中に何かある、と思う。取り出せないのか?」

「無理。この魔術は間違いなく私が使えるより高位階の魔術。校舎の外に居る私の仲間じゃないと……」

「じゃあ、その人を呼べば--」

「駄目、今この学校に張られた結界は、魔力を有するモノの侵入と脱出を拒むモノなの。今結界を解除すれば、あの低級の群れがやってくる」

「そうか」

 蒼介には、知識がない。今この状況の理解が出来ても、目の前の禍々しい気を発しているモノが何なのか分からない。分からない以上、自分よりは分かっているであろう涼子に言うことは聞いておいた方が良いと判断した。

 とん、と不意に蒼介は、肩に何かが乗っかった感触を覚える。

「む……鳥?」

 何故か、涼子は驚いた様子で蒼介を見ていた。いや、正確には、蒼介の肩に乗っている鳥類を見て、口をぽかんと開けていた。

「あー!」

 涼子が突然大声を上げた。

「鳥! 名前……何だっけ? ええっと、ロビンソン!」

「ロビンハットじゃい、ボケ」

「どうでもいいわ、そんな事。それより、夜歌。夜歌に繋いでちょうだい」

 蒼介は、涼子を見て、困ったような顔をする。

「生徒会長、なんで鳥と会話しているんだ。頭大丈夫か?」

 空気を全く読まない蒼介の言葉にピキッと涼子の怒りの琴線が揺れる。この非常事態に相手にしてはいけないのは分かる。だから、涼子は内心素早く決断を下す。

 --よし、事が済んだらコイツを殴ろう、と。

 蒼介の疑問も全うなものである。

 ロビンハットという使い魔は、魔術師と意思の疎通が出来る。魔術師でない人間とは意思疎通は出来ないのだ。

 蒼介から見れば、今の涼子は完全に鳥と会話する程、頭がおかしくなったとしか思えなかった。

『涼子、聞こえて?』

「夜歌!」

 今、最も涼子が聞きたかった声がロビンハットから発せられる。

「夜歌、低級霊が引き寄せられている原因は発見した。でも、魔術で隠してあって私じゃ回収出来ない」

『……なるほど、分かったわ。今から低級霊を掃除して、結界を解除するから、貴女はそこで待機していて』

 ブツンとロビンハットからの通信が途絶える。

「凄いな、今の」

 蒼介はロビンハットから女性の声がした事に驚愕し、あ然とする。

 涼子は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 安堵の瞬間もつかの間、ガンッと給水タンクが震えた。

「「は?」」

 蒼介と涼子は若干冷や汗をかき、同時に声を上げる。

 涼子は何が起きたのか、分からず、蒼介の顔を確認する。

 蒼介は、流石に少し血の気が引いた顔でタンクの一点を凝視している。

「有馬君、何が起きているか説明お願いしてもいい?」

「……逃げよう。生徒会長」

 危険だ、と蒼介の本能が告げていた。蒼介の双眸には、実体のなかったはずの黒い気が力を収束するように固まっていき、その実体を生み出そうとしているのがハッキリ映っていた。

 咄嗟に涼子の手を掴み、走り出す。

 途端、その後ろで給水タンクが弾け飛ぶ。

 勢いよく中の水は飛び出し、その水圧が蒼介と涼子を吹き飛ばす。ガンッと鉄柵に肩を打ち付け、二人は横転。

「--がっ、は、な、何が?」

「多分アレだ」

 涼子は爆心地から猛烈な魔力を感じた。

 --術式が吹き飛んだ!?

 タンクの中から一体の人型の影。

 サラリと伸びた黒髪と血の気のない青白い肌。人体の関節の節々には、露わに曝け出されている脈打つ筋肉の繊維。

 その顔には、二人とも見覚えがあった。

「生徒会長?」

 そう蒼介が呟いた。

 涼子を模しているその人形は主もいないのに稼働している。

 正にと表現してもよい。

自動人形オートマタ……」

 人形はの手には、血の染みついたボロ布で巻かれたが握られている。それが今回の騒動の原因である事は分かった。しかし、その正体までは分からない。

『--目的を確保--戦闘形態へ再起動完了--魔力を感知--敵対勢力を断定。これより、排除行動に移ります』

 自動人形から無機質な音声が聞こえる。

 赤川人形は地を蹴り上げ、高く飛び上がる。

 涼子は咄嗟に魔力弾を装塡、照準を合わせ、チッと舌を打つ。

 --速い、間に合わない。

 振り下ろされた人形の拳が猛スピードで涼子へ襲いかかる。避けられない。退路はない。受け止めれば、この身はたちまちミンチになってしまうだろう。

 死を覚悟した刹那--赤川人形を受け止める者がいた。

「え?」

 大きな背中、見慣れた制服。そう、ここに来て、涼子以外の人物など一人しかいない。

「あり……ま……くん?」

 思わず声が漏れる。

 蒼介は無表情に敵の必殺の鉄槌を右腕で受け止めていた。

「うおおおおおおおおおおおおお」

 猛獣のような雄叫びをあげる。体中の血液が沸騰し、全身が熱を帯びる。異常分泌したアドレナリンは右腕の激痛も緩和し、そのまま赤川人形を投げ飛ばす。人形は先程吹き飛ばした入り口へ叩きつけられた。

 蒼介は鋭い双眸で赤川人形を警戒する。

 ボトボトと潰れてひしゃげてしまった右腕から大量の血が流れ出している。もう右腕は機能しないだろう。

「生徒会長、逃げろ。多分、アレには勝てない」

「逃げるって、どうやって?」

「あいつはこれが欲しいんじゃないのか?」

 蒼介の左手には、どす黒く変色した布に包まれたモノが握られていた。

「これは--人形が持っていた呪物フィテッシュ? 今の一瞬で奪ったのね」

 こくりと蒼介は頷いた。

 魔術師が魔術を行使する際、魔力を帯びた物質--呪物を媒介とする事は多い。この呪物があの人形の狙いであると涼子は結論を下す。

 しかし、それが分かったところで、この場を切り抜ける策などない。

 涼子は逡巡しているとふわりと浮遊感を覚える。気が付けば、蒼介は涼子を残った左腕で持ち上げ、鉄柵に足をかけていた。

「生徒会長、頭だけはちゃんと守っているんだぞ」

「--マジで?」

 そう一言、涼子へ残すと、一瞬の躊躇いもなく、蒼介は屋上から飛び降りる。誰もいない学校に生徒会長の悲鳴がこだました。




 ※




 空中に舞い、重力に抗えず落下していく。

 恐怖はない。死ぬつもりもない。

 最も生存の確率の高い選択肢だ、と考えての行動だった。決めてしまえば、後は実行するだけだ。

 蒼介は、空中で抱えていた涼子を校舎の窓に向かって放り投げた。

「----っ!」

 何か酷い事を言われた気がするが、風切音で聞こえない。

 パリーンと窓が割れる音がして、涼子を無事に校舎内に緊急避難出来た事にホッとする。

 怪我をしないか心配だが、あの生徒会長ならば大丈夫だろう、と蒼介には根拠のない確信があった。

 問題は、今上空で慣性に従って落下している難敵の存在だ。追いかけて来ている。

 不思議とさっきから頭が冴えている。幸い右腕は痛みを感じない。自分が興奮しているのが自分でも分かった。

 視界が暗転する。落下を狙った木の枝に引っかかる衝撃。落下地点の木は幾らか衝撃を減らし、全力で受け身を取る。

 当然の結果として、全身の骨が軋む。その内何本か折れる音が響いた。通常ならその程度では済まない筈なのだが、生まれながらに異常に頑丈な肉体は、即死必至の状況から重傷という結果を呼び寄せた。

 激しい激痛が一瞬蒼介を襲うが、頭の中は冷静だ。

 肋骨と鎖骨がやられた、左腕はヒビが入ったか。

 しかし、依然として状況は圧倒的に不利。蒼介はただの獲物だ。

 蒼介は、呪物を握りしめ、追っ手から出来るだけ距離を取る。

『--ギ、ァ』

 赤川人形は、獣のように四肢で着地をする。その無機質な双眸は死に体の蒼介を見つめていた。

「一つだけ、僕の自慢を教えてやろう。昔から動物から逃げるのは得意なんだ」

 開戦の火蓋がここに切って落とされる。

 先に動いたのは赤川人形。

 四足による不規則な移動は、狩りを行う肉食獣の様。

 対して、蒼介はジッとその動きを見るだけで動かない。

 蒼介の眼は、敵の動きを確かに捉えていた。

 一瞬の迷いが命取りとなる。

 迫る凶刃。

 先程右腕を潰された必殺のアームハンマーが蒼介に猛スピードで襲いかかる。

『------ッ?』

 結果--そこには、地面に腕を打ち付けた人形と、その様子を睥睨する蒼介が立ち尽くすのみ。

 何が起きたのか。

 人形に意志は介在しなかったが、それを操る魔術師の魔力が揺らぐ。その様子が蒼介の眼には見えていた。魔力越しに伝わる動揺。この人形の主人はおそらく何が起きたのか理解出来なかったのだ。

 第二波。ラリアットに近い動きで人形は蒼介を狙い、攻撃を繰り返す。

 これも空を切る。

 不規則で動物的な動き、無駄が多いが読み辛く、アクロバットな徒手空拳を人形はひたすら繰り返す。一撃一撃が必殺の威力を孕んでいる事は間違いない。確かな殺気を蒼介は肌で感じていた。

 しかし、ただの一つも蒼介を捉える事が出来ない。

 拳を突き出せば、まるで宙に舞うの羽毛の様にふわりと避けられる。

 今度はフェイントを交えて、足を崩そうとすれば、いつの間にか射程圏外にまで距離を取られている。

 --攻撃が当たらない。

 蒼介の眼は確かに捉えている。

 自動人形の魔力の流れ。次の所作。初動に入るまでの魔力の動き。

 全てがその眼に映っていた。

 魔術師の世界で特別な眼を魔眼と総称する。本人は知るよしもないが、それはまさしく魔眼の類いであった。

 魔術を行使する魔術師にとって、魔力を感知される前に認識される事はジャンケンで常に出す手が知られているのと同義である。

 次の攻撃が分かっているのならば、、と蒼介は考えたのである。

 この時の蒼介は、無自覚ながら魔術に対して最も有効な一手を打っていた。

 --しかし、困った、と蒼介は攻撃を躱しながら思う。

 そう、この戦闘は依然として、相手が有利。このままでは蒼介が勝つ事は決してない。

 --決定打がない。

 蒼介は、小さく溜息をつく。もはや自分もこれまでか、と。

 しかし、悔いはなかった。赤川涼子が逃げる時間を稼ぐだけでこの勝負はもう勝っているのだから。あとは、夜歌という涼子の仲間が助けに来るまで時間を出来るだけ稼ぐのだ。

「なら、ここで出来る事はやっておこう」

 そう決心するのであった。




 咄嗟に全身に肉体に魔力を流し、〈身体強化〉の魔術を行った為、無傷で済んだ。

 どこかの教室に乱暴に投げ出された涼子は、何事もなかった様に立ち上がり、粉々になった窓硝子の破片と埃を払った。

 蒼介には逃げろ、と言われたが、涼子の中に逃げるという選択肢はなかった。

 --必ずあの人形をぶっ壊す、と決意を改める。

 それと。

「あの野郎バカ、絶対に後でぶん殴る」

 それにしても……何だかんだ有馬蒼介バカが心配だ、と涼子は逡巡する。知らず、巻き込んでしまったという負い目が彼女を苛む。

 彼は一体何者なのか。

 魔力有した一般人。

 異常とも言える身体能力。

 どんな状況でも動じない精神力。

 そして、極めつけは--

「あの眼……」

 魔力を感知するのではなく、単純に見る。

 彼の場合、魔術や魔力の認識の仕方が涼子達とは逆なのだ。

 それを可能とする眼は、魔術界隈ではそれなりに知られていた。

「〈浄眼じょうがん〉」

 魔力や霊気を視認する事に特化した魔眼の一種。最上位のモノとなれば、全ての魔術の術式を見ただけで理解出来ると云う。

 何はともあれ、今はこの状況を打破する為に彼が囮になった事は結果だけ見れば行幸だった。

 涼子は教室の窓からグラウンドを一望する。

 もう大抵の事では驚かないと思っていたが、その光景は魔術界の常識においても非常識と呼べる光景であった。

「何、あれ……」

 有馬蒼介が自動人形と対峙していた。

 目にも留まらぬ速さで繰り出す自動人形の猛攻を蒼介が悉く躱していく。一切触れる事なく、鮮やかなステップの繰り返し。蒼介はただ避けているだけ。

 予想以上の光景に涼子はあ然とする。

「有馬蒼介、か」

 今日見知ったばかりの同校の編入生に涼子は興味を持っていた。初めは敵だと思った。最悪の邂逅。

 でも、死を前にしても物怖じしない。普通なら死を受け入れるか無様に泣き叫び逃げ惑うだろう。しかし、あの男は徹頭徹尾冷静に目の前の出来事を受け入れて、向き合っていた。そういう姿勢は嫌いじゃない。

「仕方がない、助けてやるか」

 時間稼ぎは、蒼介に任せ、涼子はその場で術式を展開する。

 赤川涼子は、新米魔術師である。つい最近まで魔術とは無縁の生活を送ってきた。今の涼子は、魔術も碌に扱えないド素人であるが、それは魔術師として未熟なのであって、決して魔術の才能がない訳ではない。むしろ、涼子の魔術の才能はおそらく最上級と言っても過言ではなかった。そうでなければ、月城夜歌と一戦交えて生き残るなんて事は有り得ない。

 彼女に出来る事は限られている。神秘も技術も知識もない。それを魔術師は魔術とは呼ばないだろう。

 --

 赤川涼子の魔術はシンプルだ。

「--展開リリース。魔術回路、起動オン、刻印魔術の使用申請。申請をアカガワが末席・赤川涼子の名において決裁。起動術式〈超電導魔弾砲・八式レールガン・Ⅷ〉」

 魔力が回転する。それは体内に構築されたタービンが高速回転し熱を生み出す様なイメージ。魔術式が八つ涼子の背後に描かれる。それは一つ一つの術式が何重にも重なり、それぞれが連動した歯車のように回り出す。それは例えるならば、八つの砲台。そして、前方には〈照準〉〈収束〉の為の術式。背後の八つの式と前方の一つの式。計九つの綺麗な円形の文字は青白く輝いていき、魔力という燃料が行き渡っていく。電流が奔る。涼子の魔力により発生した電磁波が熱を発し、周囲をバチバチと焦がしていく。

「--装塡セット照準ロック

 準備は整った。狙いはあのむかつく顔をした自動人形。

 蒼介に向けて放っていた魔弾とは違う。あれはあくまで簡易的なモノ。あんなモノではあの人形は倒せやしない。

 構築した砲台は、まさに破壊に特化した魔術式。涼子の魔術師としての根幹であり、才能である。

「弾は全部で八発が限界か……。それじゃ、まずは一発目。〈放出シュート〉!!」

 暗闇の学校に、流れ星のような一筋の閃光が流れた。




 蒼介は肉体の限界を感じていた。

 体力という概念のない敵との持久戦は流石の蒼介の身体能力を持ってしてもジリ貧であった。

 目の前には、攻撃の手を緩める気配のない赤川人形。

 反応に身体が追いついていなかった。

 チッと頬に熱いものが伝う。紙一重で避け続けているが、蒼介の身体は無数の生傷でボロボロだった。今に至っても致命傷がないのは、蒼介の魔眼の力と卓越した危機察知センスの賜物であった。

 そろそろ死ぬ覚悟を決めねば、と思っていると、突如人形の視線が蒼介から外れた。

「何だ?」

 人形の向いている方角を確認する。校舎の方向。先程、涼子を投げ入れた教室だ。

「生徒会長?」

 そこには、涼子と彼女を中心に展開された大きな九つ魔術式が純粋な魔力の光で構築されていた。

 --綺麗だ、と蒼介は思った。

 キラリ、と光った瞬間、一筋の光が一閃する。

『ギィアアアアアアアアアア--』

 獣にも似た人形の咆哮がけたたましく鳴り響く。

 遅れて、大きな爆音と共に赤川人形の右腕が爆発し、吹き飛んだ。

「あれは--」

 蒼介は先程まで涼子に追われていた際の事を思い出す。蒼介はソレを見た事があった。

 簡易術式〈魔力弾〉。つい先程蒼介の命を奪わんと放たれていた凶弾は、今度は蒼介を助けんとあの時と比べて数倍の威力となって放たれている。

 赤川人形の鋼鉄に近い装甲を涼子の狙撃は完全に焼き尽くし、貫いていた。

 続いて、二射目、三射目と正確に人形の胴体と次々撃ち抜いていく。人形のボディは完全に放熱による溶解を起こし、ドロドロと溶けていた。

 蒼介は、あまりの壮絶な光景と苦戦していた敵をものの数秒で無力化した涼子の魔弾の威力に驚愕した。

 驚くべきは、一射目と比べて、二射目、三射目と魔力量と威力が倍々に上がっている事だった。蒼介の魔眼があまりの凄まじい魔力量とその純度を視認する。

 連続掃射は続き、人形はみるみる形を失っていく。そして、八射目。人形の上から光の柱が降りてきた。

 たまらず、蒼介はその衝撃に吹き飛ばされ、地面を転がっていく。

 気がつけば、人形があったであろう場所には、大きなクレーターが出来上がっていた。

 巻き込まれていたら、蒼介も命はなかっただろう。

「あ、ははは、とんでもないな、あの生徒会長」

 しかし、これで赤川人形は撃退した。まさかこのような結果になると思ってもいなかった蒼介は、死線をくぐり抜けた安堵から全身の力が抜けていくのを感じる。

「……あ、ちょっと無茶が過ぎたか」

 右腕に激痛が甦る。全身の生傷と折れた骨が悲鳴をあげ、身体が一気に倦怠感に苛まれる。血を流しすぎた身体は言うことを聞かず、蒼介はそのまま意識を失った。



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