第47話

 その夜、一台の荷馬車がひっそりと都を出た。

 都から十分に離れた場所で、馬車は止まった。

 荷台にかぶせられていた布がもぞもぞと蠢き、そこから旬果と泰風、そして洪周が出てくる。

 旬果は洪周の手をぎゅっと握りしめる。

「洪周。元気でね」

 洪兄妹はすでに処刑された。二人を追う者はもう誰もいない。

 領地は失ったが、洪周たちは改めて人生をやり直すことになる。

 洪周は目を伏せる。

「……公主様」

「旬果で良い。ううん、旬果って呼んで欲しい」

「……旬果、ありがとう」

「お礼なんて言って貰えるようなことはしてないわ。結局、領地は失ってしまうし……」

「大丈夫。陛下より御下賜金を頂いたから、それで十分」

 仁傑は頷く。

「私もおります。妹一人養うだけの甲斐性はございます」

 旬果は微笑んだ。

「……本当にあの馬鹿な弟のせいでごめんね」

 すると、洪周は小さく吹き出す。

 旬果はきょとんとした。

「どうしたの?」

「ごめん。でも本当に陛下のお姉さんなんだ、って」

 旬果は苦笑する。

「まあ……実感はまだ薄いんだけど」

 洪周は微笑んだ。

「心配しないで。私はこれで良かったと思ってるの。ずっと名門っていう名前を背負わされて、でもそれに実が伴わないから、自分たちを繕う為に無駄な苦労を続けて……。そこから解放してもらえて、新しい人生を生きることを許して頂けた……。これだけでもう十分過ぎるから」

「洪周がそう思ってくれるのなら、良かった」

 洪周は表情を曇らせ、握りあった手に力を込めた。

「ね、旬果。私と一緒に来ない? あんな場所……あなたには似合わないわ……。優しすぎるもの」

 旬果は微笑みながら、小さく首を横に振った。

「ありがとう。でも、これが私の生きる道だから」

「そう……。あなたが、今の気持ちを失わないよう、祈ってるわ」

「うん」

 洪周は兄と一緒に御者席に乗り込むと、一度旬果を振り返る。

 旬果は、洪兄妹の乗った馬車が見えなくなるまで見送った。

 空を見る。

 今日はよく晴れ渡り、冴え冴えとした月明かりも、満点の星空も見ることが出来た。

 旬果は小さく息を吐き、泰風を振り返った。

「泰風。帰ろっか」

「はい」

 泰風がそっと手を差し出してくれる。

 旬果を手を取り、ぎゅっと握りしめた。温かさが心地よい。

「泰風。これからも、よろしくね」

「こちらこそ……よろしくお願い致します」

 泰風は片膝を付き、旬果の目を見て言った。

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皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています! 魚谷 @URYO

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