第41話
洪周は茫然として、砦が焼け落ちる様を眺めていた。
炎は曇った夜空を灼いていた。
炎の中に飛び込んだあの魁夷が、どうなったかは分からない。
「洪周。何をしているっ!」
「……兄さん」
仁傑は、立ち止まったままの妹の手を引っ張る。
あの魁夷のせいで計画は、水泡に帰した。
今できることは近くの廃村に隠した馬で、逃げることだけだ。
かつて洪家と縁のある土地の幾つかに、隠れ家を用意してある。
どこまで連中の目を欺けるかは分からないが、とにかく洪周だけは、無事に落ち延びさせなければ。
と、行く手に誰かがいた。
足を止める。
泰風。そして旬果。
仁傑は腰の剣に手をかける。泰風が同時に身構えた。
しかし仁傑は剣を抜けなかった。腕に、洪周がしがみついて「もうやめてっ!」と声を上げたからだ。
「は、離せ。洪周! こんな所で死にたいのかっ!?」
「今さら戦っても何の意味もないよ!」
洪周は涙ぐみ、「お願い、兄さん。もう、やめて……」と涙で声を濡らす。
仁傑は震える息を漏らした。
「……何もかも諦めるのか」
「お願い……っ」
妹の顔を見ていられず顔を背け、剣の柄から手を離す。
全身に無力感が広がり、仁傑は俯いた。
旬果は、ゆっくりと洪周たちに歩み寄った。
背後で泰風が「旬果様!」と止めるが、構わず歩み寄る。
洪家姉弟は力なく、その場に立ち尽くしていた。
旬果は仁傑に話しかける。
「将軍。教えて欲しいことがあるの。あなたは私達を殺して、洪周を皇后にすると言ってたわよね」
うな垂れた仁傑は、小さく頷いた。すでに諦めきったように、その顔には無力感が滲んでいた。
「そうだ」
「どうしてそんな短絡的なことを? 洪周だけが無事に助かったら、あなた達兄妹は怪しまれるわ。そうなれば皇后になるのは難しい。一つ間違えれば、あなたが罪人として処罰されかねない、危険すぎる賭けよ。――もし誰かからの保証がなければ、ね」
旬果は仁傑を見るが、答えない。
洪周は何か言いたげな表情をするが、沈黙を守っていた。
旬果は言う。
「――王旬果に話せないのなら、瑛旬果には話せる?」
兄妹は怪訝な顔をする。
旬果は袋を取り出すと口を開け、あの玉鈴の首飾りを取り出した。
チリンッ。澄んだ音色が響く。
それを見る二人の眼差しはたちまち、驚きに瞠られた。
旬果は告げる。
「これが何かは分かる、よね?」
洪周が震える声で呟く。
「ど、どうして、旬果がそれを持っているの……?」
玉鈴の首飾りを持つ者は、帝室に連なる者だけ。
「私が先代皇帝の長女、だから」
仁傑は驚く。
「ま、まさか……」
泰風が前に進み出る。
「将軍。この方は紛れもなく、今上陛下の姉君であらせられる公主様です」
仁傑は、その場にひれ伏す。洪周もそれに倣った。
旬果は小さく首を横に振った。
「立って。そんなことをして欲しくって、これを見せたんじゃないの。――私達を殺して皇后になるなんて危ない考え、何の保証もなく、するはずもない。こんな考えを一体誰に吹き込まれたか、教えて欲しいの」
洪周は口を開こうとしたが、仁傑が「おい!」と声を上げてやめさせようとする。
しかし洪周は続ける。
「この計画を立てたのは――」
その正体に旬果はもちろん、泰風もまた耳を疑った。
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