第六章 悪女

第42話

 事件から五日が経った。洪姉弟は獄に繋がれた。

 旬果は本心としては二人を逃がしたかったが、逃げれば逃亡犯となり、一生逃げ回ることになるだろう。そんな目には遭わせられなかったし、玄白が連れてきた兵士たちが、辺り一帯の大規模捜索に入っていたこともあった。どのみち、あの場で二人を見逃していても、遅かれ早かれ捕まっていただろう。それならば――と、思ったのだ。


 旬果の私室では、泰風が上半身を裸にして、旬果から手当を受けていた。

 包帯を替えるのは、旬果の大切な仕事だ。最初はそんなことは畏れ多いと恐縮していたが、「黙って」と無理矢理やっているうちに抵抗はしなくなった。

 旬果が母から習った何種類もの薬草を混ぜ合わせた特製軟膏を塗りつけ、包帯を巻き直す。

(確かに魁夷は人間ほど、柔じゃないわね)

 普通の人間ならまだ高熱にうなされているか、命の危険に瀕していたはずだ。

 剣による疵に加え、重度の火傷を全身に負い、化膿までしていたが、旬果の寝ずの看病もあって、ここまで回復した。

「泰風。疵の具合はどう?」

「旬果様のお陰でもう、大丈夫です」

 消毒すると、締まった背中がかすかに震える。

「嘘付かないの。大丈夫大丈夫って言っておいて、都に帰るなり高熱を出して倒れたのは、どこの誰?」

 泰風は見るからに、しゅんとしてしまう。

「……申し訳ありません」

 もし彼が顕現していれば、狼の三角耳がしゅんとしおれてしまっているのだろうか。

 そんなことをこっそり考えて、微笑んでしまう。

「責めてる訳じゃないから。ただ正直になって欲しいだけ。辛いって言っても笑ったりはしないから」

「……少し痛い時が」

「よろしい。――じゃあ、服を着て良いわ」

 泰風は大人しく従い、袍を着直す。

「……旬果様、行かれるのですか」

「当然よ」

「お供いたします。戦うことは出来ませんが、お側にいることは出来ます。これは無理をしている訳ではありませんから」

「ありがと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る