第33話
宴が進むと、瑛景は赤ら顔で立ち上がる。
心配した劉麗が、皇后づらをして脇を支えた。
そんな弟の姿に、旬果を眉を顰めずにはいられない。
(もう少し威厳っていうものを考えなさいよ。あんたは皇帝なのよ!)
しかし心の訴えが、瑛景に伝わることはない。
赤ら顔の瑛景が言う。
「ここに咲く海棠の花は皆、どれも見とれるほどに美しい……。しかしこの芳春山には、高祖が愛した見事な天然の八重咲きの海棠がある。それがあるが故に、高祖はこちらに全国より見事な海棠を集められた。そして、ここで乱れ咲くどの海棠も、高祖が愛した八重咲きの海棠には敵わない……」
と、瑛景は旬果を初めとする皇后候補たちを見た。
「どうだろうか。これより誰がその八重咲きの花を持ってこられるか、勝負といかないか? 皆、従者の力を使わず、己の力のみで、この山の中腹にある皇帝の海棠を取ってくるのだ!」
やや怪しい呂律で瑛景が告げる。
「最初に持って来た者を、皇后にするぞぉっ!」
(酔いに任せて、何を訳の分からないこと言ってる訳!?)
旬果は弟の思いつきに内心溜息をついた。二人きりだったら、「馬鹿も休み休み言いなさい!」と言ってる所だ。
皇太后が、やんわりと息子をたしなめる。
「陛下。少し酔われたのではありませんか? 戯れが過ぎましょう……」
そして皇后は杯を取り上げようとするのだが、瑛景は杯を高々と持ち上げて、それに逆らう。
「母上。朕は皇帝でございます。妻の一人くらい、母上の力を借りずとも決められます」
瑛景は四人の皇后候補たちを見る。
「さあ、皆。本当に朕の皇后になりたければ、八重咲きの海棠を持ってくるのだ。これは勅命である!」
皇后が声を上げた。
「陛下は大変酔われております。だ、誰か。陛下を幕舎へお連れいたせ!」
瑛景はそれを振り切る。
「母上。朕は本気です。戯れではございません。――さあ、どうするんだ? やるのか。やらないのか。やらなければ、皆の権利は剥奪するっ! 私はここにいる誰も、妃にするつもりはないっ!」
最初に立ち上がったのは、劉麗だった。
「や、やります! 陛下の為ですものっ!」
負けじと、慧星も立ち上がった。
「やらせて頂きますわ。きっと陛下に美しい海棠を献上いたしますっ!」
周囲の視線を一身に集めた旬果も、立ち上がった。
「……陛下の為にやらせて頂きます」
(こんな訳の分からないことをやらせて、後で覚えてなさいよねっ)
旬果は瑛景の前に進み出て、拝礼する。
「陛下。この衣装で山道を行くのは難しゅうございます。着替えてもよろしいでしょうか?」
「許そう」
「ではあの女官の服をお借りします」
瑛景は、劉麗たちに目を向ける。
「お前たちも服を着替えることを許すぞ」
しかし、二人は、
「このままで構いません!」
と言って、むしろ女官の服に着替えるという旬果へ、蔑みの眼差しを向ける。
こうして宴は唐突に終わりを迎え、山登りをすることになってしまった。
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