第三章 記憶の残り香
第14話
(宮中で暮らし初めて、まだ十日しか経ってないのよね……)
曲者揃いの人々と交わっているせいか、もう半年はここにいるようだ。
旬果はそんなことを考えながら、弟である瑛景の私室で彼の帰りを待っていた。
彼は朝議に出席しているらしく、少し遅れるとのことだ。
旬果は主人のいない部屋を歩き回りながら、調度品の絢爛さに驚いた。
この国の頂きにいる皇帝の私室なのだから当然だが、華美だ。
いつも瑛景が好んで使っている寝椅子も、売ればこれ一つで何年かは暮らしに困りそうもない。
試しに座ってみると、そのフカフカ具合に、少し気分が高揚してしまい、子どものように座り心地の良さに小さく跳ねてしまう。
床の敷物一つとっても分厚いし、触り心地は良いし、こんなものを踏みつけてしまってその内、罰が当たりそう……と、思ってしまう。
(あのぼんくら皇帝には、もったいないわね……)
そこに女官が現れる。
「陛下のお出ましにございまする」
旬果は寝椅子で遊んでいたのを見られ、恥ずかしさで頬を染めた。
しばらくして瑛景が一人で入ってくる。
女官が下がるのを確認すると、旬果は言う。
「あんたも、皇帝の仕事、やってるのね」
瑛景は苦笑する。
「仕事と言っても、皆が奏上するのを聞いているだけですから」
「私にどうにかしろって言うのなら、あんたもそれなりに何かしたら?」
「そんなことをしたら、邪魔な皇帝と思われてしまうではありませんか。今は目立つ訳にはいきません」
「……私が目立ってどうにかされるのは、問題ないって?」
「あははは」
「笑って誤魔化すんじゃないわよっ」
瑛景はあっけらかんとしながら話を変える。
「――姉上の悪女としての評判は日に日に高まってますよ。何せ、私の耳にも聞こえるほどです」
(全く。この無神経さを家臣の前でも発揮すればいいのに……:)
「菜鈴のお陰で、私は細かいことにいちいち怒る女って思われてて最悪よ。昨日なんて、菜鈴が小姑みたいに埃がついてるって、私が命じたと称して鞭で女官を脅したのよ?」
瑛景は微笑んだ。
「それはそれは……」
「笑ってる場合じゃないから。悪女になるんだったら、皇后になった後でも……」
「いいえ、これで良いんです」
「どこが良いのよ。他人事だと思って……」
瑛景は言う。
「下手に良い子で見込みがあると思われるより、こうしていかにも皇后になりようがないと思われた方が、かえって身の安全が図れるというものです」
「身の安全って大袈裟な。たかが皇后じゃない」
「姉上。まさか最初っから、皇后候補がたった四人と思っていたんですか?」
「え……違うの?」
「元々は二十人ほどいたはずでしたが、本人の辞退であったり、家からの辞退であったり、それで今の数まで絞られたのですよ」
「それが、嫌がらせの結果ってこと?」
「確証はありませんが……」
「怖ろしいわね」
「でしょ?」
「はっきり言わせてもらうけど、劉麗と康慧星はやめておいた方が良いわよ。ろくな性格してないから」
「そうですか。でしたら尚のこと、姉上には皇后になって頂かないと」
「……あんた、良い性格してるわね」
「ありがとうございます」
「言わないと分からないでしょうけど、今のは皮肉って奴」
「あはは、そうでしたかぁ」
何を言われても瑛景は、あっけらかんとしている。
こういうのもある意味では器がでかい、と言うのだろうか。
「で、いつ皇后は決まるの?」
「今月中には決まる予定です」
「予定って、あんたが決めるんじゃないの?」
「形の上ではそうですが、母上が結局は示唆することになるでしょう」
「そんなんで大丈夫なの。私は本当に皇后になれるの?」
「姉上。私も考えておりますから、ご安心を」
「本当に、安心しても良いわけ?」
「もちろん」
のほほん、とした顔は正直信用できなかったが、信用するしかない。
旬果はそれ以上、何かを言うことを諦めた。
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