第四章 四月十四日 -2

 俺が桜鱗の下へたどり着いたのは、日が沈みきったのとほぼ同時だった。

 開けた一角に踏み込むと、輝く月の下、五分咲きの桜と制服姿の女子が二人……美咲と先輩の姿が見えた。

 そして……隙を伺っていたのか、あるいは俺を待っていたのか。

 俺に気づき振り向いた先輩の首を黒い刀が横切り、ごとりと音を立てて先輩の首が地面に落ちる。

 返す刀で、影鬼は驚く美咲の胸を刃で貫いた。美咲の口元から、赤がこぼれる。


「はい、死んだあ」


 俺は、遅かったのか? 守ると誓った妹も、勝てないままずっと目標にしていた先輩も、こうもあっさりと、目の前で死んでしまうのか?


「先輩……美咲っ!!」


 思わず叫ぶ。俺の存在に気づいた影鬼が、ニヤリと顔を歪めた。


「おやおや、意外と早かったですねえ、妖怪さん。あなたを少々侮っていたようです……まあ、それでも時既に遅し、ですが」

「てめぇ……!」

「慌てるな、文也」


 先輩の、声だった。飛びかかろうとした俺を制するように、斬られた先輩の生首がひとりでに動き、こちらを向いた。


「時既に遅し、か。遅かったのはお前の方だよ、影鬼」


 生首はゆっくりと宙に浮き、言葉を発し続ける。


「式神……!?」


 驚く俺をよそに、影鬼は先輩の生首を真っ二つに斬った。


「あほうが。それで鬱憤でも晴らしたつもりか」


 その瞬間、桜鱗の周囲一体の地面が、黒く染まった。懐かしさすら感じる耳鳴りは、先輩が大規模な結界を張った時のものだった。


「ほれ、捕まえた」


 そう言うと、先輩の生首と美咲の体は煙になって姿を消した。


「耳神……貴様ァ……!」

「影鬼・不知火……覚えてないないわけだよ。誰かと思えば狸爺の腰巾着じゃないか」

「なめるなよ……あの頃とは一緒にするな化け猫が! 私はもう、あの男の力を遥かに超えた! 桜鱗を手にし、さらなる力を手に入れてみせる!」


 明らかに口調の変わった影鬼は、四方から聴こえる先輩の声に刀を振り回しながら叫んだ。明確な殺意。だが、先輩は姿を現さない。


「……背だけは高い癖に、相変わらずちっちぇえ奴だ。そんなんだから、魔法使いにボロクソに負けるんだよ」

「我々を裏切り人間の側についておきながら、よくも抜け抜けと……」

「人間の側についたんじゃなくて、あたしは中立なんだけどね……別に裏切った覚えはないね。お前らが急速に変わろうとしすぎただけで、最初っからあたしはお前らの味方でもなんでもない。人を食ったようなお前らと、神格を得たあたしを一緒にするな」

「黙れケダモノが、さっさと姿を現せぇ……! ボクの体に何をしたァ!!」

「捕まえたって言っただろうが。ここいら一帯の地面全てが、結界を介したあたしの『影』だ。式神を斬った時、お前とあたしの影は縫い付けられている。好き勝手移動はさせない……!」


 空間全体から、先輩の気配と匂いがする。そういえば小田桐さんが、先輩は結界の準備をしていると言っていたはずだ。であるならばこれは奴と桜燐に対処するための結界……先輩は外側から結界を維持し、中の様子を把握して結界内に言葉を伝えているのだろう。

 どう動くべきか考えていると、ふわり、と背後に誰かが降り立つ気配がした。

 俺の横に進み出た横顔は、俺の見たことのない、決意に満ちた表情をしていた。


「美咲……」


 おそらくは、先ほど目の前で斬殺されたのは先輩の作り上げた式神。すぐ横に居ることで感じる息遣いや匂いは、この美咲が紛い物ではない現実なのだと俺に直感させた。

 白い着物を纏ったその姿は……まるで、死に装束のようだった。

 美咲の左肩に乗っていた白猫が、何も言えずにいる俺の右肩に飛び乗った。その重みや漏れ出る魔力は、通常の猫のそれではない。


「遅い、バカ弟子め。一瞬、来ないんじゃないかと疑ったぞ」


 白猫の耳から、俺の頭の中に直接先輩の声が響く。俺も見るのは初めてだったが、どうやら先輩が交信に使う式神の一種らしい。


「謝るのは後にします。今は……」


 美咲の方を向く。こちらを向いた美咲と、目が合った。

 昨晩も見たはずなのに、ずいぶんとしばらくぶりに顔を合わせたような気分だった。


「どうして、来たんですか……」


 咎めるような口調で、美咲は俺に問いかける。


「決まってんだろ」


 理由は、まあ、いろいろある。

 耳神の弟子だから、とか。自分の住む街で悪さをする奴が許せない、とか。

 でも、一番俺を突き動かしているものは。


「家族が……お前がここにいるからだよ、美咲」

「でも、私は……」

「本当の家族じゃない? 関係ないな」


 俺を遠ざけようとしていたのは、俺や母さんを騙していたという、引け目のようなものがあったのだろう。俺に言わせれば、余計なお世話だった。


「少なくとも三年間、お前が俺の妹で、母さんの娘だったなら……それで十分だ」


 それだけで、俺が美咲の兄であると、胸を張れる。


「俺は嘘つきは嫌いだ。だから一度ついた嘘は最後まで突き通せ。本物にしろ! お前が俺を『兄さん』と呼ぶうちは、俺は絶対にお前を溺愛し続けるからな!」


 俺が宣言すると、美咲は諦めたような呆れたような、そんな様子で俺を見て笑った。笑顔を、見せてくれた。


「……無茶苦茶ですね」

「いつも通りだろ? お前、何年俺の妹やってんだよ」

「そうですね……兄さんは、いつもそうでした」


 美咲の手を握る。温かい、家族の体温が伝わってきた。


「くっくっくっ……最期の会話は終わりましたか、雪女さん」


 影鬼の声。俺が美咲と話している間に幾分か平静を取り戻したらしく、まっすぐにこちらを見据えていた。


「美しい家族愛ですねえ……反吐が出ますよ」

「……先輩、奴の影を縫いつけたって言ってましたけど」

「そのままの意味だ。結界内全域の影を、あたしの影で上書きしてある……ここから勝手に出ることはもちろん、影に溶けて移動することも許さない」


 小声で、肩に乗った猫を介して会話をする。影鬼自身も、そのことは既に把握しているようだった。


「化け猫め、ずいぶんと忌々しい術を使ってくれましたが……まあ、いいです。どうせ、あなた方を殺さずここを去る気はありませんからねえ」

「観念しろ。逃げ場はないし、美咲には俺が指一本触れさせない」

「ふふふ……あまりわたくしを舐めないことです。能力一つ封じられた程度では……!」


 刀を振り、姿勢を低くした影鬼がこちらに……美咲へと向かって駆ける。


「あたしは外側から結界を安定させなきゃならん。美咲を守れ、文也!」

「言われなくても……!」


 影からの奇襲は封じているとはいえ、想定していたよりも動きが速い。奴の視界から美咲を隠すように、前方に飛び出す。


「護法印……雷王、招来っ!」


 逆手で握った雷王を、奴が振るった刃に合わせる。金属のぶつかり合う、鈍い響き。


「なるほど……あなた、あの化け猫の弟子ですか」

「だったらどうした、俺が誰だろうと、お前を止めるのは変わりない!」


 逆方向……左の脇腹から、もう一本の刀。右肩へ向かって抜けていく刃の感覚にのけ反りながら、地面に突いた雷王を支えに奴の側頭部に左脚を叩き込む。


「くっ……毎度毎度、わたくしの刃を受けておきながら……面倒ですねえ……」

「これでも狼男の血が混じってるんでね。耐久力にだけは自信があんだよ……!」


 奴がたじろぐ間に、距離をとって呼吸を整える。視界の外れ……俺のすぐ後ろで、美咲の周りに視認できるほどの冷気が漂っているのが見えた。


「兄さんはいつも、無茶をしすぎです。見ていてハラハラします」

「悪いな、美咲。俺もあんまり、余裕がないんだ」


 美咲のため息が聞こえた。俺だって、痛いは痛いからできれば傷は受けたくないのだが。


「……耳神様。やはり、私と兄さんで一緒に対応した方が」

「バカ言え。お前らも見ているはずだ、アレの回復力は文也と互角かそれ以上。戦闘不能に追い込むよりも、文也が食い止めている間にお前が桜燐の封印を完了する方が手っ取り早いだろ」


 つまり俺は、美咲がことを終えるまで時間を稼げ、ということだった。歯がゆいが、これまで奴に有効なダメージを与えられている実感もないので、倒しきれるかと言われると自信はない。美咲と二対一なら負けることはないだろうが、奴の目的を考えればまずは桜鱗をなんとかするべきなのも確かだった。


「なるほど……ちなみに先輩、封印が終わった後は?」

「逃げ帰るならそれでよし、抵抗するなら、あたしを敵に回したことを後悔させるだけだ……来るぞ、なるべく美咲と距離を取れ」


 美咲を狙う相手に美咲と距離を取りながら戦うには、前に突っ込むしかない。砂利を指で弾いて牽制するが、全て刀で弾かれてしまった。


「自分から種族を名乗るとは、おバカさんですねえ、オオカミさん。人狼のなりぞこないだと分かれば、やりようはいくらでもあります。傷が塞がるのは早くとも……!」

「ちっ……!」


 俺の首を横薙ぎに一直線に狙う刃を、雷王で弾き返す。


「完全に切断してしまえば、再生は長い時間がかかる……そうでしょう? 昔、知り合いの人狼から直接聞きましたからねえ」


 俺は何も答えず、奴の連続攻撃をいなし続ける。

 首から上と下が離れたら死ぬのは確かだったが、それをわざわざ奴に教える理由もなかった。


「先輩、なんか奴の弱点とか知らないんですか!?」

「残念ながらね。アレは昔から、誰かの下でこそこそと動くような奴だったから……そういう意味では、精神的な不安定さは弱点と言えば弱点か」

「さっきからブツブツと……式神ですか? 目障りな猫め……!」


 俺の肩……正確にはその上の猫を狙った突きを、体を横に反らして回避する。カウンター気味に放った左フックは空を切ったが、風圧だけでも奴をたじろがせる程度の効果はあったらしい。


「……なるほど」


 無駄に冗長で丁寧な口調は、奴の本性を隠すための鎧だと思っていいようだった。


「追い詰められたら影に隠れて回復を待つってことができない分、奴にも余裕が無いはずだ。今まで喰った人間の影を使い果たすまで消耗させられれば、お前一人でも奴を倒せるかもしれんな」

「ずいぶん、無茶言いますね……!」

「ちぃ……っ! 畜生同士でおしゃべりが、そんなに楽しいですか……!」


 奴の刃よりも若干長い雷王のリーチを活かし、奴を飛び退かせる。その顔には、明らかに焦りの色が浮かんでいた。

 奴は俺をどうにかして美咲の行動を止めたい。

 俺は美咲が無事に全てを終えるまで、奴を目の前に釘付けにしたい。

 倒しきれるかどうかはともかく、時間制限のある分だけ、俺の方に分があるはずだった。


「どけっ、小僧!」

「ぐっ……通さないって言ってんだろ……!」


 とは言え、戦闘技術は向こうの方が上だ。反射速度はこちらが上回っているが、二刀を扱う分奴の方が手数は多い。その上、俺が後退して体勢を整えれば、それだけ奴を美咲に近づけることになる……致命傷になりうる太刀筋だけは対処し、牽制としての切っ先は回復をあてにして受けるしかない。


「ククク……傷は塞がってるようですが、大事な服が血まみれですよお……? あの女の前で、そんな痛々しい姿になっても大丈夫ですかねえ……?」

「うるせえな……あんたが何をしたいのか、俺自身はちゃんと分かってねえけど……背負ってるものの重さなら、俺が上だって断言できるぜ」

「減らず口をぉ……俺の執念に勝る重みなどあるものかっ!」


 上段から振り下ろされた刀を、足裏で受ける。自分から脚に力を込めて刀身を踏み切り台にし、宙返りをして下段からの切り上げを回避。着地と同時に足元を狙って払った雷王は、既に飛び退いた奴には届かなかった。


「マゾヒストめ、自ら体を痛めつけるなど……」


 誰がマゾヒストだ。


「大事な妹の命、預かってるんでな……このぐらいは、痛くもなんともないんだよ」


 軽くステップを取りながら、全体の回復状態を確認する。


「弁慶気取りか……ならばそのまま、矮小な重みに潰されて死ねえ!」


 バカ言え。美咲は矮小なんかじゃないし、潰れてやる気もない。

 腕を交差させた体勢から、二重に迫る横薙ぎの刃。

 タイミングは一瞬。大きく一歩を踏み出し、下段から一気に雷王を振り上げた。


「護法印、風雷断っ!」

「ちぃっ……!」


 雷王に貼り付けていた護符が反応し、刃との交点で小規模な爆発が起こる。火花と風の刃が、俺と影鬼双方を襲った。

 間合いを取った奴の刀身は、遠目から見ても欠けが目立っていたが、やがて染みだした黒い影によって修復されていった。あの刀も奴の一部である以上、やはり武器破壊も難しいと思っていいようだ。


「忌々しいですねえ……わたくしも少々、あなたを見くびっていたかもしれません、オオカミさん」

「別に俺は、あんたを見くびってるつもりはないんだけどな」

「ふふ……そのおしゃべりな口、いつまで利けますかねえ……」


 奴の両腕……刀身が液体金属のようにドロドロになる。

 影は瞬く間に形を変え、硬質化し鈍い光をまとった。右腕には、レイピアのような長く細い剣。左腕は逆に、ナタか斧を思わせる短く太い刃が伸びていた。


「なんでもありだな……」

「さて、行きましょうか……第二ラウンドですよお……!」


 形状だけでも確かだったが、その攻撃を受けてみると、これまでを踏まえて俺との戦闘に合わせた刀身に変化させたのは明らかだった。

 攻撃速度を上げ、牽制と細かいダメージ蓄積に特化した細身の剣。一撃の重みを増し、俺の体を切断することを念頭に置かれた斧。

 だいたいの傷はすぐに治癒できるとはいえ、斧の一撃だけを警戒し、鋭い痛みの走る突きを立て続けに食らうのはあまり許容できることでもない。俺の動きを把握し始めたのか、剣先が致命傷になりうる頭部や、一瞬動きが止まりかねない体の中心線を主に狙っているのも厄介だった。

 斧の一撃を雷王で受けると、鈍い痺れが雷王を通って体にも伝わってきた。


「こっ、の……!」

「ふふ、どうしましたかあ、これまでの威勢の良さは……!」


 思わず二、三歩下がる。背後の気配に俺がここにいる理由を思い出し、気合を入れなおした。これ以上は退けない。


「心配するな文也。お前も雷王も、あの程度でぶっ壊れるような鍛え方はしちゃいない」

「……そりゃどうも」


 先輩としては気休めのつもりはないのだろうが、戦う俺自身としてはあまり安心はできなかった。だが、それでもやるしかない。弱音なんて、どうせ吐いていられないのだ。


「護法印……旋風刃」


 雷王を回転させ、両端に風を纏わせる。防御力を上げると共に、一撃ごとに与える傷を増やす攻防一体の印。このまま守勢に専念することで、奴を調子づかせるのは避けなければならない。

 踊るように回転し前に出ながら、意識を目の前の敵に集中させる。

 視線、足運び、腕の動き、纏っている空気、動きに込められた殺気。強化された五感の性能を更に高め、奴の攻撃の受けきり、少しずつ回転の速度を早める。風の刃に包まれながら、影鬼の僅かな隙を突いて反撃に転じる。

 狼男としての本能に忠実に、奴の動きを止めるべく再生を続ける体を動かす。相手の得物が変化しようが、美咲を守るという俺の役目は何一つ変わっていないのだから。


「小賢しいガキが……!」


 次第に焦りの色を濃くする奴の目には、俺の背後にいる美咲の姿が映っているのだろうか。気がつけば、周囲の気温が一段階低くなったような感覚があった。

 奴の毒づきに応える代わりに、軸足で思い切り踏ん張り、纏っていた風を解放し叩きつける。更に一歩踏み出しての突きは、斧の腹の部分で受け止められてしまった。


「そんな小細工では通用しませんよぉ!」

「ほっとけ、こっちは真剣なんだよ……!」

「人狼のなりぞこないごときが、私の前に立ち塞がるんじゃあない!」


 力任せに斧を振り回され、雷王が弾かれる。体勢を整えた俺の眼前に、細い剣先。


「ちっ……!」


 追撃として突き出された、奴の右腕……剣の先端が、突然フォークのように二又に割れた。それはちょうど、攻撃をいなそうとしていた雷王を挟むような形になり……俺の右腕は、雷王ごと俺自身の胸に縫い付けられた。

 邪悪な笑みと黒く光る斧の刃が、俺に迫っていた。


「しま……っ!」

「その首、貰ったぁ!」


 奴の歓喜の叫びはしかし、実現することはなかった。

 俺の背後から飛び出てきた氷の槍が、奴の左手首を通って地面に突き刺さっていた。

 驚く影鬼の顔面に、右肩に、太ももに。次々と氷の刃が刺さり、まるで時代劇に出てくる落ち武者のような姿になっていった。

 攻撃の主が誰かなんてすぐに分かったが、それでも俺は振り返った。


「美咲……お前……」


 こちらに向けかざされた美咲の手のひらの前で、氷の槍が形作られ、射出されていく。俺の胸から剣を引き抜き、槍を避けようと後退した影鬼の姿を見て、美咲は手を下ろした。


「ごめんなさい、耳神様。私、自分で思っていたよりも兄さんのことが大切だったみたいです」


 悲しげな、それでいてどこか満足そうな声でそう呟き、美咲は小さく笑った。


「……ほんと、似たもの同士のお似合い兄妹だよ、お前たちは」

「それ、褒め言葉ですよね、先輩」

「そういうことにしといてやる」


 先輩の呆れたような声。それに混じって、どす黒い殺気を帯びた笑い声が結界内に響いた。氷の槍を全て引き抜いた影鬼が、その傷を既に修復し終えた姿で笑っていた。


「おバカさんですねえ……黙ってアレの封印をしていれば間に合ったかもしれないものを、ガキ一人を守るために攻撃に転じるなどと……そういう甘ったれたところは、やはり母親譲りということでしょうか」


 分かりやすい挑発。美咲はそれに乗ることもなく、冷めた視線を奴にぶつけた。


「……心配せずとも、あなたが考えているよりも私の術の完成度は高いですよ。兄さんを援護しながら、進行できる程度には」


 美咲の言葉を合図にしたのか、桜燐の幹がゆっくりと裂けていくのが見えた。よく見れば、根元の部分は凍りかけ、冷気が漂っている。


「母の代から続いた桜燐の封印……それも、後は仕上げだけです」

「このクソアマァ……!」


 頭に血が昇ったのだろう、影鬼は叫びと共に、一直線に美咲へと突進しようとしていた。先回りしてその間に割って入り、裏拳を叩き込む。俺の存在を忘れていたのか、クリーンヒットした俺の拳を受けた奴は地面を転がっていった。


「通さないって、言ってるだろ……俺の妹を、クソアマ呼ばわりしてんじゃねえ!」


 這いつくばった奴に近づき過ぎないよう警戒しながら、距離を詰める。


「クソが……クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがッ! どいつもこいつもクソばっかりだ!」


 四つん這いの姿勢のまま、影鬼は絞りだすようにそう叫んだ。この世を呪うような、絶叫だった。

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