第二章 四月十ニ日 -1

 夜が明けた。

 あんなことがあった後ですんなり寝付けるわけもなく、よりによって美咲があのまま怪人に斬られている光景が続く夢なんて見たこともあり、目覚めは最悪だった。

 制服に着替え一階に下りると、美咲は母さんと一緒に朝食を食べていた。


「遅いぞ、寝ぼすけ」

「ごめん、母さん。顔洗ってくるよ」


 昨日は結局、母さんの仕事が長引いたこともあり、二人で母さんより早く家に帰ることができた。

 俺も美咲も、夕べのことは何も言わなかった。


「どう? 高校にはもう慣れた?」

「はい。中学の時と比べると、授業のスピードが速いですけど……なんとか」

「よかった。何かあったら母さんに相談しなさいな。一人で抱えてるときっと、文也が勝手に首突っ込み始めるから、その前にね」

「ふふ……そうですね。その時はそうします」


 今朝の美咲は、母さんといつもと変わらず会話しているように見える。母さんは……気づいているだろうか、美咲の異変に。それとも俺が気づいてなかっただけで、ずっと前から美咲の体は冷たくなっていて、母さんは一人で悩んでいたのだろうか。


「日直なので、私もう行きますね。いってきます、お母さん」

「いってらっしゃい、美咲。お弁当忘れないでね」


 カバンを持ち席を立った美咲を、トーストを飲み込んで慌てて追いかける。玄関で革靴を履いた美咲は、ちょうど立ち上がったところだった。


「美咲」

「……なんですか、兄さん」

「今日は、学校休め」


 俺がそう言うと、ドアノブに手をかけた美咲は怪訝そうな顔をしてこちらを振り返った。


「なぜです」

「なぜって……昨日の今日だろ。通学中、下校中に襲われるかもしれないし……」

「そういうわけにもいかないでしょう。他の生徒だって襲われる可能性はゼロではないですし、学校側も来なくていいとは言ってないんですから。ニュースでも被害者の死亡推定時刻は夜間という話でしたし、兄さんが心配しているようなことにはなりませんよ」


 困った。感情に理屈で反論されると勝てない。そもそも俺は美咲に弱いのだ。


「けどお前、実際あんな夜遅くにあんな奴に……」

「私は、平気ですから。兄さんは少し、心配しすぎです」


 平気なわけ、ないだろう。奴のことを知っているのか。なんであの場にいたんだ。お前の体に関係していることなのか。

 知りたいこと、言いたいことが多すぎて、喉元で交通事故を起こしたように詰まって出てきてくれなかった。聞いても美咲は答えてくれないだろうし、俺は少し、それらの質問の答えを聞くのが怖かったのだ。


「もういいですか? 友達と待ち合わせしているので、先に行きますね」

「あ、おい……今日は絶対、まっすぐ帰るんだぞ!」


 美咲は、答えてくれなかった。閉じられたドアを見つめ、どうするべきか考えていると、後ろから頭をはたかれた。


「なーにぼさっと突っ立ってんの。あんたもさっさとご飯食べて出なさいな、遅刻するわよ」


 母さんは出勤の準備を終えたようで、燃えないゴミ袋を俺に差し出した。ゴミ出し当番を忘れていると思われてしまったらしい。さっきの俺と美咲の会話は、どうやら聞かれてはいなかったようだが。


「なあ、母さん。美咲のことなんだけど……」

「うん?」

「……いや、やっぱなんでもない」


 美咲が通り魔に襲われてたなんて聞いたら、母さんはきっとまた、ひどく悲しんでしまうだろう。そんな状況を引き起こす勇気は、今の俺にはなかった。


「あの子なら大丈夫よ。いつまでも子どもじゃないんだし、私の娘で、あんたの妹なんだから」


 母さんにそこまで言い切られてしまうと、俺には何も言うことができなかった。


「成長を見守るのも家族の役目だけど……あんたは美咲のこと溺愛してるから、ちょっと難しいかもね。見守っててあげるから、頑張って少し妹離れしなさいな」


 不特定多数から過保護すぎると言われているし、俺自身、自分の中で家族の優先順位が高い自覚はある。頭の中で三年前の光景がチラついて、一人で勝手に自己嫌悪に陥った。


「たまには七尾さん連れて、店に遊びに来なさいな。ひたすら皿洗いしてると、いい気分転換になるわよ」

「うん。先輩にも伝えておく」

「じゃ、いってきます。ちゃんと戸締まりしてね」

「わかってるよ。いってらっしゃい、母さん」


 母さんを見送り、拭い切れない不安を抱いたまま、俺自身も家を出て、足早に学校へ向かう。とにかく、俺は俺自身にできることをするしかない。問題は、俺に何ができるのかだった。

 午前の授業の内容も、まったく頭に入ってこない。さっさと美咲に関する諸々をなんとかして、安心して授業中寝れるようにしなきゃならない。休み時間にまた霧島に煽られたらしいのだが、考え事に没頭しすぎて無視する形になっていたらしい。そこまで考えても、一人では名案は浮かんできそうになかった。

 美咲は、平気だから心配するなと言っていた。仮に本当に美咲自身は平気なのだとしても、このままだと俺に精神がもたないのは確かだった。

 昼休みに入り、母さんに心の中で謝りながら弁当を胃の中にかき込む。味も分からぬまま水で流し込むと、俺は駆け足で部室棟に向かった……のだが。


「こらー長峰ー。廊下は走るなよー」

「ごめん、あさみちゃん。ちょっと急いでて」


 この時間帯は先生たちも昼食をとっていると高をくくっていたのだが、昇降口でよりによってうちの担任に捕まってしまった。


「だからー、あさみちゃんじゃなくって熊沢先生って呼びなさいって言ってるでしょ―。急いでるから走っていいならー、自動車免許なんていらないんだよー。先生、間違ったこと言ってるー?」


 独特の間延びしたやわらかい声が俺に襲いかかる。これで英語の発音はネイティブかってレベルなのだから、人間分からないものだ。おかげで、授業の進みは早いがホームルームは妙に伸びると、校内でも評判になっていた。

 とにかく、コレ以上この間延び空間に捕まるのは困る。時間は有限だ。


「あさみちゃん、今日スカートだけどデートでも行くの?」


 話題を切り替えるために、珍しくスラックスではなくスカートを履いていることを指摘すると、へにゃり、と三十路の割に幼さの残る顔が歪んだ。


「えー、そんなにオシャレしたつもりないんだけどなー?」


 行くのかよ。分かりやすすぎる。


「いやー、わたしももー、男なんていいやーって、思ってたんだけどねー。こないだ中学の同窓会でさー、昔の悪ガキとー、なーんか意気投合しちゃってねー。今晩、二人っきりで飲みに誘われちゃったんだよねー」

「あー……うまくいくといいっすね。ちゅーとかまで」

「ちゅーだなんてー……そんなー、もう、照れちゃうなー、えへへー」


 にへら、とトリップしたような表情になるあさみちゃん。ゆっくりと距離をとり、俺は隙を見てその空間から逃げ出した。


「あーこら長峰―、走るなってばー」

「ごめんってあさみちゃん、うまくいったらお祝いするからさ」

「へへへー、式にはクラス全員呼んでやるからなー」


 春を迎えているあさみちゃんを置いて、部室棟に入る。教師の目が少なくなると、俺は階段を二段飛ばしで駆け上がった。


「先輩!」


 部室に入ると、先輩はいつものようにデスクで昼食を食べていた。


「……部屋に入る時はノックをしろ。あたしが着替えてたらどうするつもりだ」

「どうって……先輩の着替えなんか見て、どうするっていうんですか」

「なるほどな。よし、今日は殺す気で行こう」


 そもそも、運動部でもないのに部室で何に着替えるつもりなんだ。修行中だってせいぜい制服にスパッツ履くぐらいだし。


「奈緒ちゃん相手だと結構辛辣なのね、長峰くん」

「あ……小田桐さんもいらっしゃったんですか。こんにちは」


 先輩はぶつぶつと何か言いながら修行メニューを書き直していたが、見るのが怖いので知らないふりをしておく。


「昨日帰ってから、ネットの掲示板で気になる都市伝説を見つけたの。鷹岡城の裏鬼門……南西の位置の河川敷沿いに、枯れかけてる大きな桜があるのって、長峰くんは知ってる?」

「河川敷沿いって、高速道路の辺りってことですか? あの辺って何にもないでしょう、初耳ですよ」


 そんな郊外に桜があるなら、人が多い鷹岡城公園を避けたい地元の人間の間で噂になっていてもおかしくないはずだが。


「もう少なくとも二十年間は、花も咲いてないらしいんだけどね。咲かないはずの桜の花を見たって人が現れて、数日経たずに衰弱して死んでしまうってことが何度かあって……その桜が咲いてるところを見た人間は死ぬ呪われた桜、っていう噂があるらしいの」


 都市伝説というか、そこまでいくとただの怪談のような気がする。


「桜の下には死体が埋まっている、なんて話は定番だし……桜の呪いが形を変えて、人を斬るようになったなんてことも、ありえるかと思ったんだけど」


 ちらり、と小田桐さんは七尾先輩の方を見た。


「……通り魔の正体が仮にその桜だったとして、それまでは別の方法だけど今年から急に通り魔殺人にしました、なんて不合理なことがあるわけないだろ。あたしが急に爬虫類を使役できたりしないのと一緒で、妖怪も魔法使いもそんな都合のいい存在じゃない。今までこの街で斬り殺された人間なんてほとんどいなかったんだし、通り魔はそれ単体の独立した存在だよ」

「そっか……そうだよね」


 先輩に論破され、小田桐さんは落ち込んだ様子だった。


「分かってるだろうとは思うがお前、その桜を確かめに行こうなんて考えるなよ? 夜道で通り魔に襲われても、いつかみたいに都合よくあたしが助けに行けるってわけじゃないんだからな」

「通り魔が本当に妖怪なら会ってみたいとも思うんだけど、この歳で死ぬのは嫌かな……奈緒ちゃんが守ってくれないなら仕方ないか。でも確かに、去年河童を探しにあの辺りに行った時にそれらしき木は見たけど、ただの枯れた巨木にしか見えなかったのよね」

「去年って……この辺に河童はいないって、ずいぶん前に言っただろ」

「でも、最近になって住み着いたかもしれないじゃない」

「調べに行くにしたって、せめて前もってあたしに話を……」


 通り魔の話で思い出した。俺は別に、小田桐さんのオカルトトークを楽しみに部室に来たわけではないのだ。席を外してもらおうかとも思ったが、どうせ先輩の正体を知っているなら俺のことを知られても問題はないだろう。妹について、相談にも乗ってもらったし。


「先輩。俺たぶん、昨日の晩通り魔っぽいのと戦いました」


 俺がそう言うやいなや、会話を中断させこちらを向く二人。眼光が鋭くなる先輩と、目を輝かせる小田桐さん。


「確かか?」

「長峰くん、何時頃? どこで? どうやって撃退したの?」


 たじろぎながら、俺は昨晩自分が見たもの……帰宅中に妹が顔のない黒い男に襲われていたこと、俺が割って入って迎撃したが効き目が薄く、結局逃げたことを二人に説明した。襲われたのが美咲であることは伏せるべきかどうか迷ったが、俺一人でなんとかできる問題でもないので包み隠さず伝えることにする。


「……なのでまあ、十中八九相手は人間じゃないっすね。妖怪か魔法使いか、そいつらの使い魔かまでは俺には判断できませんが」


 俺の話を聞いている間も終わった後も、先輩は口を挟まず指の爪を噛んでいた。緊急でもないのに考え事を中断させると怒られるので、代わりに小田桐さんの方を向く。


「少し、質問いいかな」

「俺に答えられることか分かりませんが、それでよければ」

「その、まず通り魔とは関係ない話で申し訳ないんだけど……長峰くんは、親御さんの片方が狼男なのよね」

「まあ、そうですが」

「奈緒ちゃんみたいに、耳生えたりしない?」


 なるほど。相手がオカルト研究会の会長ということを失念していた。


「俺は先輩と違って、半分は普通の人間ですから……夜になったからって、毛深くなったり牙が生えたりするわけでもありませんし」

「そう……もふもふできたらって思ったんだけど、そういうことなら仕方ないね」


 もふもふってなんだ。俺は何を残念がられたんだ。


「もしかして、お父様は完全に狼男に変身するってことかな? それなら、私本物の狼男は会ったことないし、よかったら一度お会いしてみたいんだけど……」

「好奇心旺盛なのはいいが、踏み込みすぎるとろくなことにならんぞ、夕花……そいつの親父である人狼は、退魔戦争の後行方不明だよ。だからあたしが後見人になって、魔力の使い方を教えてやってるんだ」


 考え事は終わったのか、先輩は小田桐さんを諌めるように言った。


「……ごめんなさい。考えなしだったわね」

「気にしてませんよ。母さんは親父のことまだ待ってるみたいですけど、俺は顔も覚えてませんし。母さんを捨ててったクソ野郎だと思ってますから」


 母さんは時々どこか遠くを見るような目をするだけで、俺に親父に関して語ることはほとんど無かった。先輩も、親父とは失踪前に俺と母さんを託される程度には古い付き合いだったらしいが、親父がどんな奴だったのかは教えられていないし、特に聞きたいとも思わなかった。


「話を戻すぞ? 通り魔に関しては……妖怪だと思っていいな。使い魔の類なら魔力の痕跡は残るはずだから、あたしが見つけられないはずがない。本体だとしても、気配や魔力を隠蔽できてるとなると、かなりの実力がある妖怪だろう。目的は新興妖怪なら力の誇示か、戦争の残党連中なら……」


 先輩は言葉を区切り、天井を見上げた。何か思い出したのだろうか。


「……まあどっちにしろ、あたしがこの街にいるのを分かってて、手の込んだ嫌がらせをしてる気なんだろう。知らなかったにしても、考えなしのバカなのは間違いない。あたしに喧嘩を売ったことは、必ず後悔させてやる」


 先輩は、笑っていた。アレは獲物を狩る肉食獣の目だ。


「でも、心配ね妹さん。顔がないとはいえ姿を見られたなら、取り逃がした相手をまた襲いにくる可能性は高いでしょうし」

「それなんですけど……俺、美咲は昨日よりも前に一度襲われてるんじゃないかと思うんです。逃げ切ったけど奴の刀に何か悪さされて、そのせいで体温が低下してるんじゃないかって……そういう妖怪、心当たりありませんか?」


 午前中の間に考えた、俺の推論がこれだった。数日前から美咲の体温が低いことも、昨晩美咲が襲われていたことも辻褄があうように思えた。奴に体温を奪われたのなら、奴を対処すれば美咲は元通りになるはずだ。


「自分の体を液状化、移動させることができて、刀で相手の体温を奪う妖怪ねえ……そのうちどれか一つだけならともかく、その条件に完全一致するのは知らんな。そもそも本当にその刀にそんな力があるなら、傷跡が一旦残るほどに斬られたお前だって、その間は体温が低下していないとおかしいだろう」


 確かに。だが空を跳ねている間、自分の体温が低下しているような気配も、美咲の体温が相対的に温かく感じるようなこともなかった。

 小田桐さんの方を見るが、こちらもやはり心当たりはないようだった。


「例えば、その妖怪と刃物は別、っていうのは? 何かしらの特殊能力を持つ妖刀を手に入れた妖怪が、自分本来の能力も使いつつ試し切り、とか……」

「いえ、それはたぶん無いと思います……刃は一体化……というより、奴の腕から生えているような感じだったので」


 奴を倒す手段が分かれば探しだして討伐し、美咲も無事元に戻せると考えていたのだが、結局振り出しに戻ってしまった。むしろ、美咲を取り巻く問題が増えた分後退したとすら言える。非常につらい。


「……なあ。お前の妹って、一年の長峰美咲で合ってるか?」

「そうですよ? 何度かプロフィール解説してるじゃないですか」

「そうか……体温が下がってる、ね……」


 先輩はまた爪を噛む。やがて、何かに気づいたように顔を上げた。


「先輩、何か知ってるんですか!? 教えてください!」

「こら、顔が近いよバカ」


 デコピンをされた。結構痛い。


「本当にお前、妹のことになると見境ないな……あたしの推測だけど、長峰美咲の症状はたちの悪い病気みたいなもんだ。治療方法は……あー、免疫が自然に回復してくれるのを待つしかない」

「何の病気なんですか! 妹は回復できるんですか!?」

「だから近いしうるさいっての……お前に教えたら治るってもんでもないんだよ。病気ってのは例えの話で、これといった治療薬があるわけでもないし……まあ、死んでるってことはないだろうから安心しろ。たぶんお前の妹のそれは、放っておけばそのうち治る。黙って見てろ」


 妙に歯切れの悪い先輩に説得され、必要以上に干渉しないよう釘を刺される。そのまま予鈴が鳴り、残ってこのまま放課後の準備をするから、という先輩に小田桐さん共々部室から追い出された。


「いくら気が立ってるからって、毎度毎度追い出すことはないだろ……」


 様子のおかしい美咲を黙って見ていることができるなら、俺は最初からこんなに心労は溜まっていない。思わず、先輩に対する愚痴が口から漏れた。


「……奈緒ちゃん、何か隠してるかもね」


 教室棟に戻る途中。俺と先輩のやりとりを黙って見ていた小田桐さんは、階段を下りながらそう呟いた。


「俺も様子がおかしいとは思いましたけど……通り魔と魔術師同盟の板挟みで、イライラしてるんじゃないですか?」

「それもあるでしょうけど……普段は、私が話す都市伝説のことはほとんど『その話を思いついた奴は、作家にでもなった方がいいな』って否定するの。でも今日の奈緒ちゃん、通り魔と桜の関係性は否定してたけど、桜の呪いそのものの真偽には一切触れなかった」


 そこまで言われて、俺はようやくその事実に気づく。美咲のことを気にしすぎて、そちらの話は特に気にも留めていなかった。


「仮説でしかないんだけど……桜の呪いが本物で、その呪いの本質が、人の命を少しずつ奪うものなら。通り魔は関係していなくても、妹さんとその呪いの桜には、関係があるのかもしれない。いいえ、通り魔だって、本当は呪いを受けて体力が弱った人を狙って襲うのかも……」

「でも……呪いなんて、本当に」

「呪い、っていう表現だから抵抗があるのかもしれないけど。呪いを特定の条件で発動する魔法の一種、と定義したらすんなりと受け入れられない? 長峰くんも、奈緒ちゃんに魔法を教えてもらってるんでしょう?」


 眼から鱗だった。確かに先輩レベルの魔力と技術なら、世間で呪いなんて呼ばれてる類のことも、魔法で神罰か何かと称して行使できてしまうだろう。桜の中に潜む妖怪か、あるいは桜そのものが妖怪なのかは分からないが、先輩が言葉を濁すような強力な何かが、その呪いの桜にはあるのかもしれない。


「小田桐さん、その桜の詳しい位置ってわかりますか?」

「ええと、簡単な地図でよければ……長峰くん、アドレス教えてもらえる? 放課後メールで送っておくわ」


 ポケットから携帯を取り出し、QRでアドレスを小田桐さんに送った。


「ありがとうございます、小田桐さん。ちょっと俺、調べてみようと思います」

「お礼なんていいわ、私は情報を集めただけだもの」

「あの……俺がその桜を調べるって話、先輩には」

「秘密に、ね。妹さん、良くなるといいね」


 人差し指を唇に当て、小田桐さんは微笑んだ。オカ研の部室で嗅いだのと同じ甘い匂いが、俺を少し落ち着かせてくれた。

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