愁苦辛勤。
これだから先輩は大っ嫌いなんだ。
人が思っても言えない事を平然と言い放って周りを混乱させる。
もう私の頭の中はめちゃくちゃだった。
その日はおじいちゃんの日記を読むどころじゃなくて家に帰るなり布団に飛び込んだ。
もやもやする。
嫌いだ。
嫌い嫌い大っ嫌い。
どうしてあの人は私の言ってほしくない言葉のそのさらに上を行くんだ。
超能力者か何かなの?
ほんとに辞めてほしい。
あの人と一緒にいると自分がどんどん汚く汚らわしくてちっぽけな人間に思えてくる。
羨ましい。
あの人のすべてが羨ましい。
あの人のようになりたい。
あの人みたいに自分らしさを貫ける強さがほしい。
あの人と居ると自分がどんどん惨めになって自分がどんどん汚くなって自分がどんどん可哀そうに思えてくる。
あんな人と出会わなければよかった。
私は、布団にくるまりながら先輩の事ばかり考えていた。
嫉妬だったり、羨望だったり、運命を呪ったり、たまにその全てを否定してみたり、さらにそれを否定してみたりしながら気が付いたら深い眠りに落ちていた。
翌日は学校を休んだ。
とても誰かと会える心境じゃない。
仲のいい友達にすら罵声を飛ばしてしまいそうだ。
今の私は私史上一番ダメな感じになってる。
母親が心配して部屋に来ても怒鳴って追い返してしまった。
食事だと呼ばれても無視してしまった。
最低だ。
お母さんは何も悪くないし私の事を本当に心配している。
それなのに私はただ苛々をぶつけてしまう。
夕方になると先輩からメールがくる。
今日学校に来てないみたいだけどどうしたの?
体調でも悪いのかな…?無理しちゃだめだよ?
早くまた会えるのを楽しみにしてるからゆっくり休んでね(はぁと)
三回読み直した。
そして毎回、その(はぁと)に軽い殺意を覚える。
いい気なものだ。
私がこんな事になってるのは全部先輩のせいなのに。
先輩が悪いのに。
先輩が先輩が先輩が悪いのに悪いのに悪いのに。
何故だか涙が溢れてしまってそれをごまかすように毛布にくるまって眠った。
夜中に目が覚めて、このままじゃダメだと気付く。
不登校を繰り返すわけにはいかない。
学校にいけるようにならないと。
学校に行ったら必然的に先輩と顔を合わせる事もあるだろう。
その時に冷静で居られるようにならないといけない。
その為にも、私は先輩にメールを打った。
先輩の事が嫌いです。もう構わないで下さい。
その言葉を打って、送信しようかどうか少しだけ迷っていると、ふいにくしゃみが出て
その反動で指がスマホの画面に当たり、送信してしまった。
まぁ、問題ない。
どうせ送るつもりだったんだ。
夜中だというのに先輩からすぐに返事がきた。
内容は短く、それでいて私の神経を逆撫でするものだったが、無視して寝る事にした。
知るかぼけ!
イライラしていた筈なのに。
寝ようと思っていたのに。
メールの文章が頭の中でグルグル回り続けて、やっと眠れそうになった頃、あまりに先輩らしい言葉だったなと思ってまどろみながらつい笑ってしまった。
翌朝、いつも通りに学校へと向かう。
校門前で友達と一緒になり簡単な挨拶を交した後下らない話をしながら教室へ向かうと、非常に困った事になっていた。
私の席に見覚えのある人が座っていて、その周りを私のクラスメイトが取り囲んでいる。
一緒にいた友達は、朝から羨ましいこって。と感じ悪く言って自分の席へと向かった。
…私はその状況をどうにか出来る気がしなくて、そのまま踵を返し教室を出た。
私に気付いたらしく背後から先輩の声がする。
追いかけて来ようとしたらしいが私のクラスメイトが邪魔で身動きがとれなかったようだ。
普段うっとうしいばかりのクラスメイトだが、こんな時には頼もしい。
そのまま足止めしておいてよね。
暫くの間は保健室にでも籠ってやり過ごそうか。
私は気分が悪いと言って半ば無理矢理保健室のベッドで眠りについた。
二時間目の授業がもうすぐで終わるという頃頃、私はベッドから起きだしてのそりと教室へ向かう。
確か三時間目は移動教室だった筈だ。
さすがにそちらまではついてこないだろう。
と、思ったのだが…。
先輩の行動は想像の斜め上だった。
まだ授業中だったが廊下で待っているのも変なので、すいませんでしたー。と教師に一声かけて教室に入ると…。
理解が追い付かない。
なんで先輩が私の席に座ったままなんだ?
今授業中なんですけど?
私が固まっている間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
流石に周りのクラスメイトも私と先輩の間に流れる不穏な空気に気付いたのか早々に次の授業の用意をして教室を移動していった。
教室にはどうしようか迷って突っ立ったままの私と、気だるげに頬杖をついて私の顔をじーっと見つめる先輩だけが残る。
次の授業の用意があるのでどいてくれませんか?
そう言うと、
君は朝から一度もこの席についていないのだから本来なら君が手元に持っている筈だろう?まさか机の中に入れっぱなしにしてるのかい?
と呆れたような顔でこちらを見た。
大きくて余計なお世話です。早くどいて下さい。
そう伝えても先輩は一向に動こうとせず、昨日のメールは一体何なんだ?と眉を顰める。
確かに急な話ではあったかもしれないが…。
メールに書いた通りですよと伝えるが、今までずっと嫌いなのに我慢して会ってくれていたようには思えない。私が何か気に障る事をしたのならきちんと言ってくれ。と真剣な口調で私を追い立てた。
私はどうしようか迷う。
本当の事を言うべきかどうか。
先輩に適当な言葉で濁してもきっと伝わらないだろう。
なら正直に言うべきだろうか。
しかし、正直に言ったところで伝わるとは思えない…。
少し迷いながらも、先輩に対しては私もまっすぐそのままの私をぶつける事にした。
別に先輩と会うのは嫌じゃなかったです。私も会って話すのが楽しかった。
ならどうして?
そう質問されるかと思ったが先輩はじっと私の目を見つめながらその先の言葉を待っていた。
…私は先輩に会うのを楽しみにしてましたしいろいろ話ができて嬉しかったです。だけど、初めて会った時から先輩の事が嫌いでした。これも本当です。
そう言いながら私は我慢できずに視線を窓の方へ向けた。
…よかったー。てっきり私が何かしちゃって怒ってるのかと思ってたけどもともと嫌いだったからって事ならしょうがないや。
先輩は笑う。
やめてよ。
嫌いって言われてなんでそんな風に笑えるの?
先輩は満面の笑みを浮かべながら続ける。
でもそういう事なら今までと特別変わらないって事だよね?なら気にせず今後ともよろしくね♪
そう言って先輩は立ち上がると、私の肩をぽんっと叩いて教室を出て行こうとする。
私は意味が分からず、つい先輩を呼び止めていた。
ちょっとまって下さい!それどういう意味ですか?今後ともよろしくって…
ん?そのままの意味だけど…?君は今まで私の事嫌いだけど話するのはそれなりに楽しかったって言ったよね?なら好き嫌いは別として私の話し相手を続けてもらう分には何も困らないだろう?じゃあまた放課後にね♪
そう言うと先輩は振り返りもせずにこちらに手をぴらぴら振りながら今度こそ教室を出て行った。
私は困惑して、どうしていいか分からず、自分が今どういう気持ちなのかもよく分からなくなって教室を出た。
ついでに学校も出てそのまま家に帰った。
無断早退なんてしてしまって大丈夫だろうか。
帰ったらお母さんには具合悪いから帰ってきちゃったとだけ言っておこう。
六月三十日
あれからというもの薫ちゃんは思い人とうまくいっているらしく、私に経過を逐一報告してくれるようになった。
薫ちゃんが幸せなのは嬉しい。
私ではきっとそこまで幸せにしてやる事などできないだろうから。
だけれども、それを理解した上でもこのすっきりとしない気持ちはどうしたらいいのだろう?
七月二日
薫ちゃんの報告は毎日のように続き、これだけうまく行っているのも源ちゃんのおかげだと言って私に感謝してくれる。
その回数が増えるたび、私の中によくない気持ちが燻ぶるのを感じる。
七月十日
薫ちゃんが恋人と初めてキスをしたと言う。
そんな報告までしなくてもいいと私は言ったが、薫ちゃんはそんな事気にしてはいないようだ。
相手とどこどこへ行っただとか、何をしただとか、どういう風にいい雰囲気になったのだとか、そういうのを細かく私に伝えてくる。
ついに私は自分の中に嫉妬と憎悪の感情が芽生えるのを感じた。
七月十二日
私は自分がこんなにも醜く矮小な人間だったという事に衝撃を隠せない。
薫ちゃんから遊ぼうと誘われたが思わず断ってしまった。
傷付けてしまっただろうか?
言い方は冷たくなかっただろうか?
そんな事を心配してしまう。
七月十五日
薫ちゃんが私の様子がおかしい事に気付いてしまう。
何があったのか、自分のせいなのかと私に詰め寄る。
ちょっと最近身の回りで辛い事があっただけだから薫ちゃんのせいじゃないよと笑ってやると安心したのか、それならよかったと…うっすら目に涙をためながらそういうのだ。
私はその涙を、いったいどんなつもりで流しているのだと、そんな怒りの感情が湧き上がってしまった事に絶望した。
七月二十日
とうとう私は我慢が出来なくなってしまった。
薫ちゃんに対して酷い事を言ってしまう。
どんな言葉を言ったのか、詳しくは覚えていないがおおよそ口汚い物であっただろう。
これで薫ちゃんも私などに構わず恋人との時間を大事にするようになるだろう。
これでいい。
これでいいのだ。
…全然よくないって。
おじいちゃんそれはダメだよ。
自分の中のモヤモヤがどんどん大きくなって相手に嫉妬したりして。
でもきっとそれ以上に辛いのは好きな子に怒りを感じちゃった事だと思う。
でもそれは人としては当り前の感情だし、好きな人が誰か他の人とののろけばなしをずっとして来たら私だってイライラする。
だけど、私は少しだけ勘違いしていた。
おじいちゃんのイライラは他人事じゃなかったのだ。
七月二十二日
私は必死に薫ちゃんを避け続けていたのにも関わらず薫ちゃんは私を追いかけ、ついには捕まってしまった。
あれだけ汚く罵ったのだから嫌われてしまっただろうし、その腹いせに怒りをぶつけたいのだろう。
だけれど私は薫ちゃんから責められたり直接的な罵倒を聞くのが堪えられそうになかった。
だから惨めに逃げ続けた。
それも終わりだ。
あれだけ汚い事を言ったのだから何を言われても、何をされても仕方がない。
私はそう覚悟を決めた。
なのに、薫ちゃんは私を捕まえると、やっと捕まえた…と涙を流すのだ。
ずっと嫌な思いをさせてしまっていたのなら本当に申し訳ない。そんなつもりはないのだ。ただ誰よりも安心して話せる相手として甘えすぎてしまった。ごめんなさい。もし源ちゃんが許してくれるのならどうか友人としてこの先もお願いできないだろうか。
薫ちゃんは口早にそう言ってその場に泣き崩れてしまう。
私は、薫ちゃんがそこまで言ってくれる事に純粋に感動を覚えた。
嬉しい。
しかし、あれだけ罵倒した相手に向かってどうしてここまで真摯に対応できるのだろう?
私と薫ちゃんはあまりに違いすぎた。
私は薫ちゃんのような人間になりたい。
いつでもまっすぐ正直で、裏表がなく、私とは違い心の内を正直に吐き出せる。
そんな人間に。
私には到底無理な話だ。
私は薫ちゃんへの気持ちが一層高まるのと同時に、自分に無い物ばかりを所有している薫ちゃんに…自分でも説明のつかない嫌悪感を抱いてしまった。
こんな私が幸せになれないのは当然であろう。
…苦しい。
おじいちゃんの気持ちが嫌という程分かった。
分かりたくなかった。
おじいちゃんは私と同じ気持ちを抱え込んで苦しんでいたのだ。
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