心慌意乱。




 今日は突然教室に押しかけてしまってごめん。でもあれくらいしないと君は会ってくれないと思ったから。


 それにしても久しぶりに二年の授業を受けたけれど退屈で眠ってしまいそうだったよ。教師を説得するのは簡単だったけど無理を言って授業を受けているのに寝ちゃうのも悪いだろう?


 だから私も頑張ったんだ。その甲斐あってまた君と話せたし個人的なわだかまりも消えたからまた明日からよろしくね(はぁと)








 …相変わらず腹立つ(はぁと)だ。





 しかし雫先輩は一体どういうつもりなんだろう?





 私はもうどうしていいのか分からなくなっていた。





 先輩と話すのは楽しい。


 でも会えば会う程自分が惨めになる。


 先輩の全てが羨ましくて


 先輩の全てが恨めしい。


 嫌いだ。





 全部嫌い。





 そんな事を思ってる自分がもっと嫌い。








 七月二十五日





 あれからすぐに夏休みに入ってしまったので薫ちゃんと会う機会が減った。


 残念ではある気がするが、それ以上に安堵の気持ちが大きいように思う。


 合わせる顔がないのだ。


 これでしばらく会わずに済むのでその間に自分の気持ちを整理しておく必要がある。











 七月二十七日





 気持ちを整理する間もなく、うちに薫ちゃんから電話がかかってきて、夏休みの宿題を私の家で一緒にやらないかと誘われる。





 今日は忙しいからと断るのだが、なら明日は?無理ならその次でもいいけど。と、引き下がる様子がないので仕方なく了承する事にした。


 明日この部屋に薫ちゃんが来る。


 それだけで私の心臓は高鳴り、それと同時に表現できないような不安に襲われるのだ。








 七月二十八日





 薫ちゃんが私に早く会おうとしていたのには理由があった。


 宿題をやろうというのはただの口実で、実の所私に報告すべき事があるのだそうだ。





 この状態でまた私にのろけ話を聞かせる気なのだろうかと身構えたのだが、そうではなかった。


 恋人と別れた。


 薫ちゃんは笑顔でそう言った。





 私は一瞬どう反応していいか分からなかったのだが、すぐに状況を把握して激怒した。





 両想いで、幸せにやっていたのになんで急に別れてしまったんだ!





 これでは私が我慢した意味がないじゃないか。きっと私はこの時酷い顔をしていただろう。


 怒りと、そして安堵が混ざって酷い顔になっていたに違いない。





 薫ちゃんは、恋人から友達よりも自分を優先してほしいと言われて喧嘩になったと言う。





 そんな理由だったら私の事を切り捨てればいいだけだろうと言って聞かせても薫ちゃんは納得しなかった。





 大事な友達なんだ。その友達を切り捨てろというのなら君とは一緒にいられない。


 薫ちゃんはそう言って別れを告げたのだそうだ。





 私のせいだ。


 私が薫ちゃんを縛っているから、薫ちゃんの幸せが壊れてしまった。


 どんな風に償えばいいのだろう。


 必死に考えた。考えても答えは出なかった。


 そして、私を理由にして自分の幸せを棒に振る薫ちゃんへの怒りが湧き上がる。


 どうしてこうなった?薫ちゃんのそのまっすぐさが辛い。私と違いすぎて、私の理想の人物像過ぎて一緒にいるのが辛い。むしろ憎くすらある。


 ただ、心のどこかで薫ちゃんの言葉がとても嬉しかった事と、恋人と別れたという事実への喜びを感じてしまい、また自分が嫌いになるのだ。











 …私はおじいちゃんの日記を泣きながら読んだ。


 おじいちゃんは私と同じように、薫ちゃんの事が好きで好きで、大好きで…だけどそれと同じくらい自分が惨めになってしまって、薫ちゃんと一緒に居ると自分を保てなくなって…薫ちゃんを嫌いになりそうになっている。


 勿論本当は嫌いなんかじゃない。


 だけど、一緒にいると自分を嫌いになっていく。自分が嫌いな自分になっていくのが我慢ならないんだ。


 私と同じだ。





 私は、そう。


 いろいろ考えたけれど、やっぱり先輩の事が好きなんだ。


 しかも、友達としての好きとかじゃなくてきっと私は先輩の事が恋愛対象としての好きになってしまっているんだ。


 それを認めたくないから必死になって否定して、先輩の思わせぶりな発言にイライラして、だけど先輩の全てが私の理想で、だからそれと違って醜い自分が嫌いになって、一緒に居るとどんどん辛くなって一緒に居なくてもいいっていう方向に持っていこうとした。


 だから必死に嫌いなのは自分の事じゃなくて先輩の事なんだって思い込もうとした。


 私がただダメダメで惨めでクソなだけなのに、それを先輩のせいにした。


 …それに気付いたからってどうしろっていうんだ。


 どうにもできない。





 先輩に好きだと伝える?





 無理だ。





 先輩は恋愛なんかに興味がない。


 そもそも私は女だ。


 先輩だって女だ。


 おかしいのは私の方なんだ。





 だから、万が一この気持ちを知られてしまったらもう今までのようには居られない。





 きっと先輩だって私から距離を取ろうとするだろう。


 結局君も他の奴らと一緒だったんだなって、そう思うに違いない。





 先輩に嫌われるのはいい。


 だけど失望されるのは嫌だ。





 君だけはなんでも話せる相手だったのに残念だよ。





 そんな言葉だけは絶対に聞きたくない。


 そんな事を言われるくらいなら死んだ方がマシだ。





 絶対に気付かれちゃいけない。


 絶対に口に出しちゃいけない。


 絶対に伝えてはいけない。





 これは、私の中で人生最大の隠し事だ。











 八月一日





 今日は薫ちゃんと一緒に街へ遊びに行く事になった。


 電車に乗り、他愛もない話をしながら目的地に到着する。


 そこは何の変哲もない公園。


 この地域では一番大きな公園で、敷地内に池などもあり、運動も出来るしのんびり散歩する事もでき、池にいる鴨などを見る事もできた。


 薫ちゃんから誘われてきたのだが、これではまるでデートのようではないか。





 しかし胸を高鳴らせているのは私だけであろう。


 薫ちゃんの態度はいつもと一切変わらない。


 薫ちゃんは私の事をなんでも相談できる親友だと思ってくれているらしい。





 ならば私はその期待を裏切るわけにはいかないのだ。


 絶対にこの想いは気付かれてはいけない。。


 絶対に口に出してはいけない。


 この隠し事は墓まで持っていかなければ。











 …おじいちゃんは、本当に私と本当に同じような状況だったみたいだ。


 どうしてそこまで頑なに思いを伝えようとしないのか疑問だったのだが、薫ちゃんから親友と思われているからその期待に応えたいって気持ちは分かる気がする。


 きっと今の関係を壊してしまうのが怖いっていうのもあるんだろう。





 私も、おじいちゃんのように覚悟しなきゃダメなんだ。


 きちんと、一生隠し通す覚悟をして、墓の中まで持っていこう。











 先輩、明日特に用事が無ければ一緒に出かけませんか?





 決意したら少しだけ気持ちがすっきりした。


 先輩に誘いの連絡を入れると、二分とせずに返事がくる。





 嬉しいよ。君から誘ってくれるなんてもう無いと思ってたから。安心した。どこ行くの?いつかみたいなのじゃなくてちゃんとオシャレな服着ていくからね♪





 …かわいいなぁ。


 先輩って本当に可愛い。





 私、自分の気持ちに正直になった事で先輩に対する見方がかなり変わってしまった。


 こんな気持ちになっちゃいけない筈なのに。





 …でも、先輩に気付かれさえしなければ私が心の中でどんな風に思っていたって自由な筈だ。





 実は特に用事があるわけじゃないんです。一緒に公園でも言ってブラブラしながら話しませんか?





 そう送ると、今度は先ほどよりも早く、即座に返事が帰ってくる。





 デートだね(はぁと)





 …こっちはほんとにそのつもりですよ。





 あまり思わせぶりな発言ばかりするのを辞めてほしい。





 こんなんで本当に自分の気持ちを隠し通せるんだろうか…。少し不安だ。





 …だけど、どっちにしてももう少ししたら私は引っ越して、転校してしまう。





 そうすれば自然と距離も開くしもしましたら会う事もなくなるかもしれない。





 そしたら流石に私の中のこの気持ちだっていつか小さくなって消えていくだろう。





 先輩にもいつか伝えないとなぁ。





 それが一番気が重かった。














 しかし休日に君から誘ってくれるなんて本当に嬉しいよ♪





 そんな事言っていい暇つぶしが出来たーくらいなんでしょ?





 いやいやそんな事ないよ。私は君から誘われた時部屋で一人飛び上がって喜んだくらいだからね。連絡来てから今日何着て行こうかずっと悩んでたんだけどどうかな?少しでも気に入ってもらえると嬉しいんだけど♪





 私に気に入られたってしょうがないでしょうに。





 待ち合わせの駅で早速そんなやり取りをする。


 私に気に入られるために服を悩んだってどういう事だよ何のつもりだっての。


 特に深い意味なんてない癖にその気があるみたいに聞こえる事言わないでほしい。





 とかなんとか思いながらもニヤけそうになる頬を必死に引き締める。





 二人で電車に乗り込み、二駅ほど移動。電車に揺られていた時間は三分くらいだった。


 本当はもう少しゆっくり電車に乗っていたかった気もするけれど、大きな公園がすぐそばにあるんだからしょうがない。





 おじいちゃんもこの公園に来たんだろうか?それとも当時はまだここが無くてもっと遠くまで出かけていたのかな?





 なんだか今まで自分の気持ちを認めたくなくて必死になってたのが馬鹿みたいだ。


 純粋な気持ちで先輩との時間を大事にしようとしたらこんなに楽しいのに。





 でもこの時間は期限付きだ。





 もうすぐ終わりが来てしまう。


 それが寂しいけれど、だからこそ私は気付かれるリスクが少ないし、その分細かい事を気にせずに楽しめる。





 先輩と公園の鴨を眺めてパン屑をあげたり、陽の当たるベンチに座って話したり、ぐるっと公園を散歩したりしてから、芝生の上に転がった。








 そういえばさ、この前まで嫌いだって言ってたのにどうして急にこんなにフレンドリーになったの?私としては嬉しいけどね♪





 先輩が不思議そうに聞いてくる。





 きっと先輩は私が何を言っても付きまとってくるんだろうなーって思ったから観念しただけですよ♪





 そう返してやった。





 先輩はケラケラと変な声を出して笑う。





 観念って何さ。まるで仕方なく相手してくれてるって言ってるみたいだな?





 あれ?そう聞こえませんでしたか?





 こんのやろー!





 残念でしたー私は野郎じゃありませーん♪ちゃんと女ですー!





 …ほんと、なんで女なんだろ。





 ふと、意識せずそんな事を思って小さなため息をついた。


 そして、先輩はめざとい。





 …君さ、何か悩みとかあるんじゃない?私は君に言えない事何も無いってこの前言ったと思うけど、きっと君は私に言えない事があるんだろうね。





 先輩に言えない事、ですか?そうですね…一つだけどうしても言えない事がありますね。








 私は芝生に寝転がったままゆっくり流れていく雲を見つめながら正直に言った。








 一つだけ?君が私に言えない事が一つだけだったっていうのは嬉しくもあるんだけど、そうなってくるとどうしてもその一つが知りたくなっちゃうね。





 言いませんよ。多分、誰にも一生言いません。





 そっか。残念だけど仕方ないね。いつか私にだけは告白してもらえるように頑張るよ。





 先輩にだけは言いません。


 しかも告白してもらえるようになんて言い方が確信をつきすぎて逆に笑っちゃう。





 先輩には告白しないんだからね。








 ところで、君に聞きたい事があるんだけどさ。





 先輩が少し真面目な声色で私の方を向いて問いかける。





 どうしたんですか?急に真面目な顔して。あまり似合わないですよそういうの。





 君さあ…まぁいいや。私が聞きたいのはね、


 君は私の事好きかい?











 …は?








 はぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ??





 何で?


 好き?


 どういう意味?


 え?








 はははは。面白いくらい動揺してくれてありがとう♪実はね、つい先日妹がカリフォルニアに留学に行ってしまったんだけどね。親は私にも海外で勉強させたいらしくてさ。しばらくは嫌だって抵抗したんだけど二年後には海外留学する事になっちゃったんだ。だからそしたら何年か会えなくなっちゃうなって思ってね。少しでも私の事を好きでいてくれてるならちょっとくらい残念がってくれるかと思って。反応が知りたかったんだよ。ごめんね?





 なんだ、そんな事ですか。





 そう呟いてから遅れて状況を理解する。





 …え?


 留学?ちょっと待ってよそんなの聞いてない。離れないって言ってたのそっちじゃんふざけないでよ!





 ちょっ、落ち着いてよ。まさかそんなに怒ると思わなかったっていうか…いや、嬉しいけどさ…。





 私、うっかり口に出して怒っていたらしい。


 そんなつもりなかったのに。





 いつですか?いつから留学?





 そんなおっかない顔しないでくれよ。


 親の都合でね…時期はさっきも言ったけど二年後の予定だよ。





 …留学。


 二年後。





 …いや、やっぱりよく考えたら問題ないや。








 あぁ、それなら問題ないです。


 だって私もうすぐ引っ越すから転校しますんで先輩が留学するより早くさよならですよ。








 …えっ。





 先輩が喉を詰まらせたような声を出した。





 …え?





 もう一度同じ声。





 今度はこの世の終わりみたいな顔してる。





 ちょっと面白い。





 えっ、えっ?





 先輩は私が言った言葉が一瞬理解できなかったみたいに何度も、えっ?という言葉を呟いて…って、ちょっと、冗談でしょ?





 今でも先輩は繰り返し、えっ…?とか言いながら、私の目を見つめて





 その大きくて奇麗な瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちていた。








 もうやめてよぉ…ほんと勘弁してほしい。


 これ以上私の心を振り回さないでよ。





 …えっ、じょ、冗談だよね?





 声を震わせながら涙を流す先輩。


 こんな動揺している先輩なんて初めて見た。








 あぁ、これはもう無理だ。





 私はやっぱりこの人と一緒にいられそうにない。



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