眉目秀麗。
五月十一日
とは言ったものの、日々の生活を記していくにせよ私の日々という物は特別楽しい物でも詰まらない物でもないのだ。
ごくごく平凡な毎日を過ごしているので、改めて見直した時に自分の為になるような事を記しておく事が出来るのか甚だ疑問である。
…なんだろうこれ。
とりあえず一日分読んでみたけれど、お世辞にも楽しい内容とは言えなかった。
だって、簡単にまとめると、普通の平凡な毎日だから書く事ないなー。って事だよね。
おじいちゃんって学生時代は頭固い系のつまらない人だったのかな。
五月十三日
少し考えを改める事にした。
そもそも毎日記そうとする事が間違いだったのだ。
何か特別な事があった時に記していくようにするくらいがちょうどいいのだろう。
本日は特筆すべき事は何も無かったのだが、新たな規定を自分に課する事にした旨を記しておく。
…いまいち何を言ってるのかわからない。
私の理解力が足りないのだろうか?
それもあるかもしれないけれど、どちらかというと下らない内容を固い書き方しているだけ、って感じがする。
五月十八日
何か特別な事があった時のみ記すようにと自分で決めたが、私の平凡な毎日の中ではなかなか変わった事などありはせず、実に数日ぶりの日記になってしまった。
自分で日記という言葉を使っておいてふと疑問に思う。
これは日記なのだろうか?どうでもいい事だが考え出すと何を基準に答えを導き出せばいいのかが分からず袋小路である。
しばらく考えてみたが、難しい事ではないのかもしれない。日々を記すのだから日記でよいのだろう。
どうやら私は頭が固い方らしい。
友人にお前は融通がきかないと窘められた。
それは確かにそうであろう。
私自身その自覚はあるつもりだ。
しかし、融通がきかないというのは頭が固いという事よりも、どちらかといえば物事の認識が人とズレている事に起因しているようにも思えた。
私と他人との間に何かしらの齟齬が発生している。
それが何なのか、具体的な名前を付ける事は私には難しいのだが、ただただ、そんな事を思った。
…いままでで一番長い日記だった。
それでも内容はどうでもいいような事ばかり。
これは日記なのかどうかって悩んで葛藤するとか特殊すぎる悩みだ。
でも、今回は少しだけ興味を引かれる部分があった。
人との認識のズレ。
何かしらの齟齬が発生している。
なんとなくそれは私もわかる気がした。
私もよく、なんか天然なところあるよね。とか言われたり、気にするところそこ?とか突っ込まれたりする。
そう思われるって事は、つまり相手との考え方に何かしらのズレがあるって事なんじゃない?
それって齟齬?
そもそも齟齬ってなんだよ。
分かる日本語でしゃべれ。
五月二十二日
嫌だ。
私は、こんな風に振り回されるのはごめんだ。
五月二十三日
冗談じゃない。
嫌、別にあの人は何も悪くない。
私がただ一人で混乱しているだけだ。
要するに悪いのは私なのだ。
五月二十五日
この気持ちになんと名前を付けたらよいのだろう?
五月二十八日
私はこういう感情とは無縁だと信じて疑わなかった。
勉学の邪魔にしかならないからだ。
少なくとも高校卒業し、大学に無事入学する事ができるまではこんな事とは無縁、私自ら距離を取っていけば大丈夫だと思っていた。
こんな私が人から好意を持たれる事などないだろうという確信もあり、私が自制心をっ持って生きていれば何事もない日々が続いていくと信じていた。
だからこそこんな風に心を乱される事があるとは思っていなかったし、あってはならないのだ。
…少し面白くなってきた。
おじいちゃんも昔は馬鹿がつくくらいの真面目人間だったみたいだけど、人並みに恋愛感情とかを抱いてそわそわしているらしかった。
なんだか知らないうちに頬が緩んでいる。
…頬が緩んでいる、だって。
おじいちゃんの日記を読んでるうちに頭の中で考える言葉遣いがちょっと詩的になってきた気がする。
…気のせいだろうけど。
何せ私に難しい言い回しとかわかんないし。
楽しくなってきた所なのに、その日はお母さんがもう寝なさいと部屋の扉を叩いてきたので仕方なくそこで切り上げて寝る事にした。
気が付いたらもう夜中の二時を回っていたので、確かにこれじゃ明日の授業が耐えられないと思い慌てて布団に潜り込む。
翌日、眠気に耐えながらなんとか授業を乗り切り、休み時間のうちに先輩にメールを入れておいて放課後に一緒にカフェへ行く事にした。
なんだかこの日記の事を誰かに話したかった。
でもきっとクラスメイトに話しても、へぇ。という言葉で片づけられて、それよりさぁ。と話題を変えられてしまうのが目に見えている。
カフェで先輩と同じカフェグラッセとやらを注文すると、どうという事はないコーヒーフロートが出てきた。
なるほど、これがカフェグラッセとやらか。
それは私が知っているのよりコーヒーが少し苦めだったが、上に乗っているアイスが溶けてきたころちょうどいい味になって味のグラデーションが楽しめる作りになっていた。
雫先輩のお気に入りなのだそうだ。
もし一人で来た時もこれを頼もう。なんて考えながら、祖父の日記の事を先輩に話してみる。
私の期待通り、先輩はとても興味深そうに話を聞いてくれた。
それで、その恋心の行方はどうなったの?
そんな風に聞かれて言葉に詰まる。
私もまだその先は知らないのだ。
今日その続きを読むんです。と話すと、進展があったら是非聞きたいと言ってくれた。
それはまたこういう時間を先輩と過ごす事が出来るという事だ。
それがなんだか嬉しい。
初めて先輩と会った時、先輩からデザートバイキングへの誘いメールが来て、その二日後に一緒に行く事になったのだが、なんというか私はあまり知らない人と二人で食事なんてした事がなかったので緊張しっぱなしだったのを覚えている。
先輩との初めての食事はなんというか散々だった。
勿論バイキングの内容には満足している。
美味しかったし。
だけど、問題だったのは先輩自身と、先輩からのお願いの内容だ。
その日、待ち合わせ場所に現れた先輩は…どう表現したらいいのだろう。
なんていうかすごくダサい服を着ていた。
触れてはいけない気がして完全にスルーし、デザートバイキングへと向かう。
二人でケーキなどを取りに行く事二巡。
私が黙々と食べ進めていると、それまで無言だった先輩が急に唇を尖らせて話しかけてきた。
君は何か言う事は無いの?
…何か、とは何だ。
口に運ぶフォークを止めて数秒考えるが服の事以外に思いつかなかった。
恐ろしく服がダサい事以外は特に言う事ないですけど…?
と言うと先輩は一瞬目を丸くして、ケラケラと笑い転げた。
字面通り椅子から転げ落ちて腹を抱えて笑った。
私は、急な奇行に呆然としつつも他のお客さん達の視線が辛すぎてその場から逃げ出すようにまだケーキが乗っている皿を持って席を離れた。
一個半くらい乗っているケーキの周りに無理矢理新たに三つ程ケーキを乗せ、席の方をちらりと見ると先輩ももう落ち着いているようだったのでゆっくり席に戻る。
面白い。
席に着くなり先輩は私にそう言った。
面白いというかおかしいのは貴女の方なんだけどなぁ…。
そんな事を思いながら、何がですか?と尋ねると、先輩はさも当り前のように、ほら、私って美しいでしょう?とのたまう。
確かにそれは否定できないよ?
どんな手入れをしているのか先輩の腰まで伸びた黒髪は艶やかでサラサラでとてもいい香りを振りまいているし、勿論スタイルもかなりいい。ウエストなんてかなりくびれているくせにちゃんと出るところは出てるし何より妹さんの方には悪いが姉妹とは思えないほどに姉である先輩の方が整った顔をしていて大きい目に長いまつげ。高すぎず低すぎない鼻もそうだし狙いすましたかのように右目の目じり下にある泣きぼくろとかもういい加減にしてほしい。
とはいえ、自分で言う?
自分で美しいでしょう?とか言うか普通。
固まっていると、そこですぐに頷いてくれないのは君くらいなんだよね。と少し寂しそうに笑う。
やめてよ。
そんな顔されると困る。
先輩の悩みというか私に聞きたかった事というのは、思い切りダサい服を着ていたらどんな反応をするか、どう思うか。って事だったらしい。
なんだそりゃ。
自慢するわけじゃないんだけど私って恋愛対象とか尊敬とかそういうんじゃなくて、初対面の人からも崇拝されちゃうんだよね。
先輩はそんな意味不明の事を言う。
確かにとてつもない魅力の塊だと思うがその服はダサい。間違いない。
そう言ってやると、またケラケラ笑う。
目にうっすら涙まで浮かべて笑う先輩に軽く引いた。
そのあと時間いっぱいデザートをつつきながら先輩の話に付き合ってあげたのだが、要点をまとめるとこういう事らしい。
初めて会う人とかにも信仰対象かってくらい持ち上げられるし、素敵な女性というよりは雲の上の人と話すみたいな態度を取られて、そうなるとっもう何を着ても褒められるし何をしても褒めちぎられる。
そんな生活がずっと続いて、わざと馬鹿な事をやってみたりアホな行動をしてみたりも試したけど知り合いからの評価は下がらないどころか話しかけるとキャーキャー騒がれてまともに会話にならないんだとか。
そんな漫画みたいな事があるものだろうかと半信半疑な視線を送っていると、君はそういう所がいいんだよね。と真顔で見つめられて困惑。
最初に会った時に、完全に興味なさそうに黙ってた私ならもしかしたらと思ってその日のうちにメールを送ってきたのだそうだ。
先輩の言う事が全部本当の事だったとしたらなんとも贅沢な悩みである。
そんな感じで二度三度と呼び出され、私もその度に食べ物目当てにホイホイ会いに行ってしまい、なんやかんやと話しているうちに何かあれば雫先輩に声をかけられるくらいの関係になった。
最初は雫至上主義の狂信者みたいな連中に絡まれたりもしたけれど、先輩そういう事言う人嫌いだと思いますよ。って言ったら泣きながら逃げてった。
そこまで来てやっと私は先輩の言う事が本当だったんだなって気付く。
世の中不公平だ。
彼女には彼女の悩みがあって、そのせいで誰にも本心を話したり相談できずに辛い思いをしてきたのだ。
…だとしても、世の中は不公平だ。
なんで持っている人の所にギフト過多になって持たざる者はさらに奪われるんだろう。
私は先輩に対して崇め奉るような気持ちは一切持っていないが、その代わりに嫉妬とか劣等感とかそんなドロっとした気持ちを沢山抱えていた。
でも、そんな気持ちを抱えていても、なんだかんだ私にとっては頼れる先輩なのだ。
私が困ったりするとめちゃくちゃ心配してくれるし一緒に解決しようとしてくれる。
解決するかどうかは別としてだが。
それに、ムカつく事に先輩は頭も大変よろしいので勉強も教えてくれる。
雫先輩のおかげで私の成績はかなり底上げされた。
羨ましく思ったり妬ましく思ったりしながらも私にとってとても大事な人になっていた。
こういう場合どう表現したらいいのだろう。
大事な友達。
と言うとなんだかおこがましい気がするし仮にも先輩なのだから友達っていうのは変かもしれない。
かといって大事な知り合いとか近いのか遠いのかわからない。
だから大事な人と脳内で表現してみたが、それはそれでなんか誤解を招きそうだ。
…誰にだよ。
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