第22話「希望」
「くそっ……ここまでか」
ルイーサは脱力して、シートに腰を下ろす。
もはや打てる手がなかった。
敵戦艦はゆっくりバトルユニットへ向かってくる。
固定カメラの映す映像には、戦艦がフレームに収まらないぐらい大きくなっている。
「やるだけのことはやった。あとは残った者に任そう」
シートに深く座り、迫り来る戦艦を呆然と眺めていた。
そのとき、空がチカッと光った。
次の瞬間、上から下へ一条の光が降り注ぐ。
光は戦艦を貫通。少し遅れて、戦艦が血のように鮮やかな火を噴いた。
「なんだ!?」
ルイーサは慌てて起き上がり、スクリーンを操作する。
頭上から接近する高速飛翔体。
白い戦闘機……それはエピメテウスだった。
「艦長たちが戻ってきたのか……」
嬉しさに自然と涙がこぼれる。
「よくぞ帰ってきた。私はここだぞ……」
ルイーサはスクリーンに映るエピメテウスを指でなぞった。
光の線が再び戦艦を射貫く。
戦艦は機関部を撃ち抜かれ、大爆発を起こす。
その爆発が大きなエネルギーとなって、戦艦の進行方向を無理矢理ねじ曲げる。バトルユニットへのコースを外れ、下方へ進んでいく。
接触の危機を免れたのだ。
「待たせたな、ルイーサ」
バトルユニットに短距離通信が入る。
声の主は言うまでもない。
「ダリル艦長! 待っていたぞ……」
「すまない、遅くなった」
「そんなことはいい。約束通り戻ってきてくれたのだ……」
「まだ戦えるか?」
ルイーサは指で涙を拭い、
「私を誰だと思っているのだ。セイレーン隊の戦乙女。悪を断つ剣だぞ」
「ふっ、そうだったな。ならば、騎士がエスコートさせてもらおう」
エピメテウスは急降下して接近、司令室のそばで機体を引き起こし、今度は敵艦隊に向かって突っ込んでいく。
「反撃開始だ。乙女を傷つけた罪、軽くはないぞ」
ルイーサは制服の襟を正し、火器管制システムのスクリーンに手を置いた。
「ネリー、あれは艦長の機体です!!」
イレールが歓喜の声を上げる。
「艦長!」
エンデュリングからも、エピメテウスが光の線を2回発射したのが見えていた。
「アイギス、あれは?」
「あれはエピメテウスの真の力って奴ね」
「真の力?」
「エピメテウスが機動性だけの機体だと思ってもらっちゃ困るわ。あれが……パンドラシステム!」
「パンドラシステム……?」
ネリーは聞いたことがなかった。
エピメテウスは機動性特化の大型戦闘機で、武装が貧弱なことから戦闘には向かず、アクロバティック飛行用だと馬鹿にされることが多かった。
「あれがプレゼントだよ」
通信に割り込んで来たのはカーリンだった。
話を遮られて、アイギスが不服そうな顔をする。
「エピメテウスは、兄プロメテウスと違って愚鈍な弟だった。プロメテウスが天界から火を盗み、ゼウスの怒りを買ったときには、人に災いをもたらすために生み出されたパンドラと疑うことなく結婚してしまう」
「パンドラ……」
「そしてエピメテウスは、パンドラから送られた箱を開けてしまうんだ。箱はもちろん罠だった。箱から様々な厄災が飛び出していく」
「パンドラの箱! ということはつまり……」
「箱には希望だけが残った。それがエピメテウスの真の力だよ」
月面上空でダリルは、損傷したエピメテウスを動かそうとしたが、思った以上にダメージは大きく、動かすことはできなかった。
諦めかけたときに彼を助けてくれたのが、パンドラの箱を積んだドローンだった。
ドローンはエピメテウスとドッキングし、壊された箇所を修復、弾薬を補充していった。
そして機体の腹部に巨大な武器を装着させた。
対艦電磁砲である。電磁誘導を使って、砲弾を加速させて発射する武器。つまりレールガンである。
この武器がルイーサの命を救ったのだ。
「そんなものがあったなんて……」
ウェポンコンテナはただの弾薬箱ではなく、エピメテウスは愚鈍な弟ではなかった。箱は希望をもたらし、今、エンデュリングを救おうとしている。
戦況は一変した。
エンデュリング隊がセイレーン隊の援護を得て、シュテーグマン艦隊を追い回す形になっている。
アルバトロス隊の補給も終わり、艦隊攻撃に加わる。
大艦隊も次第に数を減らし、この戦闘はシュテーグマン艦隊の撤退という結末で幕を閉じた。
エンデュリングはバトルユニットと合体し、元の形に戻る。
どちらもひどく損傷し、しばらくは修理のため動けそうになかった。
ダリルはエンデュリングに戻ると、すぐに医務室に運ばれた。血を流しすぎたのである。
命に別状はないが、絶対安静。麻酔が投与され、しばらく目を覚ますことはなかった。
ネリーは医務室でダリルの看病についていたかったが、艦長代行としての仕事が多すぎて断念する。艦の修理、助けてくれたセイレーン隊との連絡、情報収集、地球への降下準備。手がいくらあっても足りない。
バトルユニットで孤軍奮闘したルイーサも医務室で治療を受けていた。頭部を激しく打ち、包帯を巻かれ安静にするようと、ダリルの隣のベッドで寝かされている。
「生き残ってしまったな。私もそなたも」
ダリルは深い眠りにある。ただの独り言だった。
「ヴァルハラには私が不要らしい。嫌われたものだな。……それはそなたもか」
ルイーサは横を向いてダリルを見る。
「よくぞ誓いを果たした。それでこそ、我が騎士だ」
頬を伝わって涙が落ちる。
「よくもまあこんなになるまで戦ったものだな……。だからこそ……思いの強さが伝わる……」
ルイーサの手には血で染まった布が握られていた。
一方、セイレーン隊のジェシカがエンデュリングに乗艦していた。
「乗艦を許可します」
「ありがとうございます。それでお姉様……いえ、ルイーサ少佐はどちらへ?」
「ルイーサ少佐は戦闘中のケガで現在治療中。申し訳ありませんが、面会謝絶になっています」
「お姉様がおケガを!? それはいけません! すぐに会わせていただきたい!」
ジェシカは制止を振り切り、奥へ進んでいこうとする。
「お待ちください! 今はダメです! あとで会えますから、今は私たちで話をしましょう!」
ダリルとルイーサの邪魔をしたい気持ちはあったが、なぜだか今は二人きりにさせてあげたほうがいいと思った。
大丈夫だ。二人ともケガ人だ。何もない。ケガ人をかばってあげるのが私の役目。当然の行為だ。
それに情報を隔絶されているエンデュリング隊としては、連合軍の現状を知る必要があった。協力者であるジェシカから、最新の情報を教えてもらいたいのだ。
ネリーはジェシカをブリッジに案内した。
ブリッジが情報を見ながら説明するのに一番適しているのだ。
「……ということは、連合軍は各地で起きている反乱軍と戦っているということですか?」
「はい。エンデュリングが反乱を起こしたニュースが流れたのを契機に、宇宙だけでなく地球でも武装蜂起が起こりました。内容は政府への不満、要求。そして独立運動、だいたいそんな感じです」
「そうでしたか……」
エンデュリングが戦争を起こしたのをきっかけにして、積もり積もった不満が爆発したようなのだ。全世界が暴れてもいい、倒してもいい、殺してもいい、やりたいことをしてもいい、といった雰囲気になっている。
これは偶然なのか。それとも誰かの陰謀なのか、ネリーには判断できなかった。ダリルは、エンデュリングをはめることで、クーデターを起こし、政府や軍を乗っ取ろうとした奴がいると言っていた。しかし、ジェシカの言うことからは、連合軍がただ反乱軍と戦っているようにしか見えない。それは軍として当然あるべき姿なので、何も批判しようがない。
「セイレーン隊はどうする気ですか、これから」
「そんなこと決まっています。ルイーサ少佐に従うだけです」
きっぱりと言ってのける。
ネリーの口が引きつる。
この人、本当にルイーサのことが好きなんだな……。
「そ、そうですか。上官の命令は絶対ですからね……」
上官か……。
自分もダリルに従い、このまま地球へ降下することになるだろう。それは妄信というわけではない。ダリルの言っていることが正しいと思うから従うのだ。
エンデュリングはもうボロボロだ。だがセイレーン隊と協力すれば、本部を奪還できるかもしれない。決して悪くない状況だ。
「おそらくこれからも一緒に戦うことになると思います。どうか、よろしくお願いします」
ネリーはジェシカに握手を求める。
ジェシカは少し悩んだ後、その手を握り返す。
「ルイーサ少佐はエンデュリング隊を信用しているようだ。それが続く限りはともに戦おう」
素直に喜べないことを言われるが、なんとか笑顔を保って、ジェシカと握手を交わした。
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