第20話「過去」
「連合政府の高官が乗った船がハイジャックされた。シルバーフィッシュ隊は距離を取って追跡せよ」
「こちらシルバーフィッシュ1、了解した」
ダリルは部下のアルベルトとともに、高速戦艦シャンバラから戦闘機を出撃させた。
「隊長、ハイジャックとは穏やかじゃありませんね」
「己の欲求を満たすためには、一番効果的で、一番安い手ではあるがな」
「何を要求してくるんでしょう? 金ですか?」
「政治的な要求じゃないか? 自治政府を認めろとか」
「最近、そういう活動、流行ってますからね」
ハイジャック機を追跡中、ダリルはアルベルトと無線でたわいない話をしていた。こういう任務はいつものことなのだ。
「こちらシャンバラ。シャトルに取り付き、政府高官を救出せよ。テロリストは殺して構わない」
シャンバラから通信が入った。通信士が命令を淡々と伝える。
「取り付くって、簡単に言ってくれますな」
「エンジンを狙撃して停船させる。その後、機体を降りて中へ入る」
「大丈夫ですか、それ? その高官とやらが殺されたりしませんか?」
「心配ない。高官の命が奴らの命綱だ。殺したら何を得られないどころか、自分の命すら失うことになる」
「なるほど、そういうことですか」
戦闘機イエロージャケットに装備されている機銃で、シャトル後部のエンジンを撃つ。
弾が命中する。エンジンは煙を上げ、シャトルは速度を下げた。
ダリルたちは戦闘機を横付けにし、ドッキングアームで無理矢理シャトルに機体を固定させる。
「いくぞ、アルベルト!」
ダリルとアルベルトは戦闘機を降り、窓を破壊してシャトルに侵入した。
シャトルはコロニー間をつなぐ定期便で、大勢の一般乗客が乗っている。テロリストはコクピットとファーストクラスを占拠していることが、ダリルたちに知らされていた。
後部から侵入し、先頭にあるファーストクラスを目指す。
一般乗客は後部に集められていて、真ん中のビジネスクラスは無人だった。狭い通路をひそりひそりと進んでいく。
「前方に二人いる。一人やる。もう一方を頼む」
「了解」
先頭を進むダリルがアサルトライフルで、テロリストの頭部を狙撃する。そしてすぐ、アルベルトがもう一人の頭を撃ち抜いた。
「クリア」
二人は警備に当たっていたテロリストを排除し、さらに前を目指す。
ファーストクラスとはドアで区切られていた。このドアを開ければ、テロリストと政府高官がいるはずだ。
「俺がドアを蹴破り、フラッシュバンを投げる。すぐに制圧だ」
ダリルは言ったとおりに、まずドアを蹴って開けた。
床に縛られたスーツ姿の男がいる。これが政府高官に違いない。
テロリストは驚いた顔でこちらを見る。
フラッシュバンが炸裂、まばゆい光が眼前ではじけ、テロリストの目をくらませる。
アルベルトは相手が銃を構える前に、ファーストクラスに踏み入り、テロリストに向けて発砲する。
一人、二人、そして三人目が連続して倒れる。
ダリルはその後ろから、アルベルトに銃を向けたテロリストを銃撃していく。
アルベルトはさらに攻撃を続け、あっという間にテロリストを全滅させた。
その場には床に寝転ぶ政府高官と、血を出して倒れているテロリストしかいなかった。
「大丈夫ですか?」
「助かったよ。特殊部隊か? さすがだな。一瞬で全滅させるとは」
ダリルは政府高官に近寄り、ロープをナイフで切る。
「動くなっ!」
背後で男の声。
振り向くと、一般客がアルベルトの頭に拳銃を向けていた。
やられたと、ダリルは思った。
テロリストは一般客の中に仲間を隠していたのだ。
ダリルは銃を床に置き、手を上げる。
「俺たちの負けだ」
ここは相手を刺激してはいけない。抵抗しないふりを見せるのがセオリーだった。
「動くなよ。変なマネしたら、こいつを殺すからな!」
男はアルベルトの頭に銃を突きつけたまま、ダリルと政府高官のほうへゆっくり歩いてくる。
先に動いたのはアルベルトだった。
背後のテロリストに肘打ちを食らわせ、ひるんだすきに拳銃を奪い取ろうとする。
ダリルはライフルを拾い上げ、アルベルトの加勢に向かう。
そこで不幸な事故が起きた。
拳銃が暴発し、その弾がシャトルの壁に当たって跳ね返り、アルベルトの頭部に命中した。
アルベルトは人形のように力なく、その場に崩れ落ちた。
テロリストはアルベルトの手にあった拳銃を奪い、ダリルに向ける。
「うおおおお!」
ダリルはテロリストより早く引き金を引いた。
テロリストの頭がはじけ飛ぶ。
こうして、政府高官を人質に取ったハイジャック事件は幕を閉じた。
ダリルは自分の失敗のせいで部下を失い、激しい衝撃を受けた。軍からも何か叱責を受けるかと思ったら、逆だった。
政府高官や乗客を救出した功績で表彰される。
それは軍のイメージアップ戦略に利用されたのであった。
アルベルトは殉職したはずだったが、まったく逆の立ち位置として発表されていた。なぜかテロリストの一味として扱われ、ダリルに射殺されたことになっている。軍は殉職はイメージが悪くなるとして、もみ消したのである。
当然ダリルは軍に抗議した。
だが家族の地球永住権を剥奪すると脅され、何も言えなくなってしまった。
軍の要求を受け入れたダリルは、平和の象徴であるエンデュリング艦長というポストを与えられた。名誉の栄転であり、左遷である。
ピー、ピー、ピー。
何かの警告音が聞こえる。
それは宇宙服の空気漏れを知らせるものだった。
ダリルは自分が気を失っていたことに気づく。
腹が熱い。敵兵に撃たれた傷だ。
戦闘機の風防があれば気密は保たれ、パイロットスーツの空気が漏れていても問題ないのだが、基地の爆発時に風防は吹き飛ばされ、ダリルはむき出しの状態で戦闘機に乗っていた。
ダリルは応急セットを探すが、コクピットには残骸ばかりで何も残っていなかった。
何か持っていなかったかと、パイロットスーツのポケットを探す。
布が入っていた。
何かと思って取り出すと、それは女性用のパンツだった。
ダリルは思わず絶叫しそうになるが、腹部が痛むはずなのでなんとか堪える。
それはルイーサのものだった。
出撃前、ルイーサとブリッジを出て、バトルユニットへ向かうときのことである。
「ダリル艦長、騎士というものを知っているか?」
「ああ、ゴツイ鎧を着て戦う戦士のことだっけ?」
「そうだな。かつて、ヨーロッパには騎士道というものがあった。崇高な精神を持った騎士は、戦の前に貴婦人のために戦うと誓ったという」
「へえ」
「代わりに貴婦人が騎士のために、あるものをお守りとして授けたという」
「お守り?」
「そうだ」
ルイーサは軍服のスカートの中に手をいれて、もぞもぞし始める。
「おい、何してるんだ!?」
ルイーサはパンツを脱ぎ、ダリルの手に握らせる。
「はあ!?」
ダリルは思わず振りほどこうとするが、ルイーサに手をがっちり捕まれる。
「騎士は貴婦人の下着を盾に貼り付けて、戦に臨んだという。お守りは生きて帰り、返さねばならない。だから、騎士は懸命に戦って勝ち残り、貴婦人のところへ戻ったのだ。だが、盾に貼り付けられた下着は穴だらけになってしまったという」
「そ、そうだな……」
「だがそれが良いのだ。穴だらけなのは戦が激しかった証拠であり、それを生き残ったのは貴婦人への思いの強さを示す。そして、貴婦人の思いが騎士を守ったとも言えるのだ」
「は、はあ……」
ダリルはルイーサの言っていることに、なんと返していいか分からない。
「だから、これを持って行ってくれ。そして生きて戻り、私に返してくれ」
「ルイーサ……」
「私のでは不満か?」
「い、いや……そういうわけじゃなくて……」
「では頼む」
そういうとルイーサはバトルユニットの司令室に向かっていった。
ダリルの手にはルイーサの脱いだばかりの下着が残った。
「ルイーサのか……」
ボロボロの戦闘機の中で、ダリルは頭を抱える。
この状況で当て布は非常に助かるものだ。
だが下着をそれにしていいものなのか、いろんな意味で悩みものだった。
けれど、命がかかっている状況でそんなこと言っている場合ではない。
ダリルは悪いと思いつつも、ルイーサの下着を宇宙服に空いた穴に当てさせてもらった。
空気漏れの警告音が止まる。
「生きて戻らなきゃな……」
ダリルは小さな貴婦人に感謝した。
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