第19話「崩壊」

 ダリルはサブマシンガンを兵士に向ける。

 対空砲をエンデュリングに撃たせるにはいけない。そのためにもこの兵士に邪魔されるわけにはいかないのだ。

 その覚悟を持って銃を向けたつもりだった。

 だがダリルが撃つよりも早く、兵士は自分の頭を撃ち抜いていた。

 その顔は不気味な笑みを浮かべていた。敵に殺されるぐらいならば、自分で死んだほうがマシだと言っているようだった。


「くそっ……」


 ダリルはふらりと立ち上がり、再び操作パネルをいじり始める。

 マニュアルをめくる手が震える。

 なんとか該当ページを見つけ出し、入力コードを打ち込んでいく。

 すると、スクリーンに成功の文字が表示された。


「ふぅ……」


 これでエンデュリングへの脅威は去ったわけである。

 あとは自分自身のことだ。

 この基地が爆発する前に脱出しなければならない。

 ダリルは撃たれた腹を強く押さえながら、ふらふらと歩き始める。

 施設内には警報が鳴り響いていた。おそらく自爆を知らせる警報である。その激しい音がズキズキと傷口に響き、ダリルはうめき声を上げる。

 突然、放送でカウントダウンが始まった。


「10……9……8……」


 ダリルは痛みを堪え、走り始める。

 ガラス部分を見つけると、ガラスに向かってサブマシンガンを打ち込んだ。

 同じ場所に向かって撃ち続ける。

 するとガラスが割れ、その隙間から空気が真空の宇宙へと吐き出されていく。

 ダリルはその場にあった非常用の酸素ボンベをガラスに向かって投げつける。ガラスが割れ、穴が広がる。


「6……5……」


 そしてガラスに向かって走り込み、開口部に跳び蹴りを入れた。ガラスは激しく砕け、人が通れるほどの穴になる。

 ダリルはそのまま空気と一緒に吐き出されていく。


「4……」


 カウントダウンは続いている。


「エピメテウスー!」


 ダリルは叫んだ。


「3……」


 ダリルの前にエピメテウスが姿を現す。

 ヘルメットの通信機を通してAIがその声を聞き届け、エピメテウスを操作してダリルの場所へ移動させたのである。


「2……」


 風防が開き、ダリルはしがみつくように飛び乗る。


「1……」


 ダリルはエピメテウスを発進させた。


「0……」


 凄まじい音を上げ、月面が激しく揺れる。

 地下に埋められていた爆弾が爆発したのだ。

 そして、地下からとてつもない力が上部へと突き上げてくる。地面が砕け、空へと押し出される。

 爆風と破片がダリルの乗ったエピメテウスを襲う。

 風防を閉じる暇もなく、エピメテウスは弾き飛ばされ、制御できぬまま空へと放り出される。機体が揺れ、回転する。視界が何転もし、どちらが地面かどうかも分からない。ダリルは宇宙に投げだれないよう、コクピットにしがみつくだけで精一杯だった。

 基地を覆うほどの巨大な爆煙が上がっていた。

 基地の設備はことごとく破壊され、そこに何があったか分からないほどになっている。

 ダリルは爆発の衝撃で気を失い、しばらくして目覚めた。


「くっ……。大丈夫だったのか……」


 エピメテウスは風防がなくなり、野ざらしになっている。コクピットは月の土や基地の破片で埋もれていた。

 ダリルはゴミを外へとすくい出す。


「アルバトロスは? クリッシーは? ……くそ、ダメか」


 計器類がすべて壊れていた。座標や周りの状況がスクリーンに表示されない。それに通信系もおかしくなっている。


「あいつらなら大丈夫か……」


 ダリルはだんだん気が遠くなるような感じがした。

 拳銃で撃たれた傷口から血があふれ出し、球体となって宇宙に広がっていく。




「被害拡大。兵装の3割が破壊されました」


 バトルユニットの司令室は警告音に支配されていた。

 その中にケラウノスの声が交じる。

 エンデュリングのコアから通信で、ルイーサをサポートしているのだ。


「……まだいける。ダリル艦長が戻るまでは持ちこたえるんだ!」


 船体が激しく揺れ続ける。

 10以上の艦艇から、絶え間なく集中攻撃を受けているのだ。

 自慢の電磁装甲もオーバーヒートして、機能しなくなっている。ただ装甲の厚さだけで攻撃を防いでいる。

 だが表面にあった機銃などは跡形もなく吹き飛び、敵の攻撃に対応する力はどんどん失われていた。


「こちらも攻撃を絶やすな! 砲身がいかれるまで撃ち続けろ!」

「分かってる! でも、もうそろそろ限界だよ! このままだと砲塔ごと吹っ飛……」


 アイギスの通信が途切れた。

 通信機の故障または喪失だ。


「アイギス!? 応答しろ、アイギス! ……ちっ、あとは自分でやるか」


 通信によってコアユニットと同期し、AIがサポートしてきたが、これによりバトルユニットは孤立してしまった。

 ルイーサは火器管制システムを立ち上げ、自ら操作し始める。操船までは手が回らない。船を動かすのは諦め、敵と落とすことだけに注力する。


「機銃はすべてオート。自動迎撃に任せる。警報はカット。うるさくてかなわん」


 激しい攻撃を受け、バトルユニットの各所で問題ばかりが起きている。そんな対応はすでに不可能だったので、ルイーサは警告音をすべて消去した。

 ようやく司令室は静寂を取り戻す。

 いや、爆発音は続いているのだが、その音に慣れすぎて、ルイーサにはすでに聞こえていなかった。


「1艦でも多く沈める。そうすれば、エンデュリングが、みんなが生き残る可能性が上がる」


 ルイーサは1つに狙いを定めて撃ち続ける。ミサイルを発射し、ビームを撃ち込む。

 敵艦も狙われ、覚悟を決めたのか、逃げることなく撃ち返してくる。

 そして併走するように横につけて弾を撃ち込んでくる。互いにノーガード戦法の肉弾戦だ。

 全長1キロのバトルユニットと300メートルの戦艦では比べるまでもないはずだが、バトルユニットはダメージを負いすぎて、装甲は剥がれおち、砲座の多くが潰れていたため、いい勝負を繰り広げている。

 敵砲弾が司令室付近に命中した。

 強い衝撃が走り、艦内が上下に激しく揺れ、ルイーサは頭をスクリーンに打ち付けてしまう。

 ルイーサは身を起こすが、スクリーンは赤く染まっていた。


「う、うぐ……」


 視界がぼんやりして焦点が定まらない。


「くそ……これでは……また敗北だ……」


 ダリルに破れ、セイレーン艦隊旗艦ヒメロペを乗っ取られたことを思い出す。

 何が悪を断つ剣だ……。また折られているではないか……。

 今そんなこと考えている場合でないのにと思うが、自分を責める声が頭の中を支配していく。

 ルイーサは制服の袖でスクリーンについた血を拭い取る。


「全射撃オート」


 スクリーンの表示を射撃管制から航行システムに切り替える。


「大口叩いた責任は取るさ……」


 進路を敵艦が多く集まるほうへ向ける。


「クリッシー……ダリル……。救ってもらった命、活かせないですまん……」

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