第18話「狂気」
「ダリル!」
クリッシーは無線に向かって叫んだ。
「どうした? 何があった!?」
月面基地制圧の連絡ではないことは、クリッシーの声からすぐ分かった。
「対空砲に向かってくれ! こっちからじゃ間に合わない!」
ダリルは司令センターからでは対空砲を止めることができないことを聞いた。
「分かった。俺がいく。アルバトロス隊、クリッシーが脱出するまで、ここを維持してくれ」
「了解」
ノイマンが答える。
「クリッシーにその場を離れろ! おそらく基地は自爆する」
「なんだって!?」
「その手の奴は、ただで基地を譲るわけがない。対空砲が発射され次第、爆破するようセットされてるはずだ!」
その通りだと、端末から情報を吸い出していた海兵隊がクリッシーに告げる。
自爆装置はすでに動き出していて、もう止めることはできないという。
「なんて野郎だ! すぐに脱出するぞ!」
海兵隊たちは来た道を戻り、突撃艇が停めてあるポイントへと急ぐ。
「超巨大対空砲か」
月面基地にそびえる大きな筒。
地球防衛用に建造されたが、戦争が起きなかったため、いまだかつて発射されたことはない。
「破壊は……難しいか」
強固な装甲で覆われ、今の兵装で破壊しきれそうにない。
それよりももっと確実な方法で止める必要がある。それは直接乗り込んで、システムを停止させることである。
ダリルは巨大な筒の根元にある施設に近づく。そして、エピメテウスをその場に滞空させ、施設の屋上へ飛び降りる。
念のためエピメテウスに積んであったサブマシンガンを持ち、腰には拳銃を備えている。
「誰もいない、ってわけにはいかないよな」
ドアのキーを撃ち抜き、ダリルは施設へと潜っていった。
内部は空気行き渡っていて、ひっそりと静まりかえっていた。
ダリルの歩く足の音だけが響いている。
無人かと思われたが、ダリルはとっさに陰に隠れる。
銃撃。
ダリルがいた場所に弾丸が撃ち込まれた。
「敵?」
少し頭を出して撃ったと思われる場所を確認する。
人はいない。
だがロボットがいた。
サイズは人間よりも低く、足は無限軌道、腕にはマシンガンという拠点防衛用のロボットだった。
「やっぱり無人兵器かよ」
基地司令官はこういうところに人を置かず、ロボットを置くことで人件費を削減していたようだ。
ダリルはさっと飛び出し、サブマシンガンをロボット目がけて放つ。
ロボットのボディに弾丸が次々に突き刺さっていく。
だがすぐにロボットの反撃が始まった。
激しい弾丸の雨がダリルに降り注ぐ。
「ひいい! タフだな……」
ダリルは慌てて壁の裏に隠れる。
ロボットは、人間のように胴体を撃たれても痛みを感じない。ひるむことなく、打ち返してくるのだ。
駆動系や動力を破壊するか、体を制御するAIが搭載されているコアを撃ち抜くしかない。コアの場所はロボットによって違うが、だいたい頭部にあることが多い。
「やるっきゃないか……」
対空砲が発射されるまで、あと数分。ここで足止めを食らっている場合ではなかった。
ダリルは勢いよく飛び出し、サブマシンガンを撃ちながら突進する。
当然、ロボットも弾を撃ち返してくる。
ダリルは壁を蹴って飛び、弾丸をかわす。
月の重力は地球の6分の1。狭い廊下の壁や天井を大きく飛び回ることで、動きのとろいロボットを翻弄する。
ダリルは動きながらも、ロボットの頭だけを狙って、弾を撃ち続ける。
コアが埋め込まれていることもあって、頭部の装甲は厚めだった。だが弾を連続で当てることによって、次第に穴が広がっていく。
そして、急にロボットが射撃をやめた。
コアが破壊され、腕にマシンガンを撃つ命令がいかなくなったのである。
ロボットの周りは銃器の上げる白煙で包まれていた。
「ふう。危なかった……」
ダリルの飛び込んだ先は、ロボットの腕の前だった。
あと一発でも弾が飛び出ていれば、ダリルは腹を撃ち抜かれていただろう。
ダリルはサブマシンガンのマガジンを交換し、階段を下って、制御室を目指す。
エンデュリングとシュテーグマン艦隊との戦いは熾烈を極めた。
はじめの一斉射で、近くに展開していたストレイス隊の艦艇が大打撃を受ける。2隻が轟沈、1隻が大破、残る3隻も被弾していた。
「ネリー、ストレイス旗艦から通信来てるわ。つなげる?」
通信士のイレールが艦長代行を務めているネリーに伝える。
「何を今さら……。無視してください」
降伏するよう要求する形を取りながら、その実態は命乞いだろう。
そんなことをされたら心が揺らぐ。
自分が悪いことをしているみたいではないか。
「アイギス、攻撃を続けて。ケラウノスさん、敵の観測、行動予測お願いします」
やるきるしかない。私の手はもう血で染まっているんだ。
「エンデュリング、右から回り込みます。主砲全基、敵に向けてください」
エンデュリングのコアユニットは、前に2基、後ろに1基ついていた。振り向かなくとも後ろを撃てるように設計されているが、3基すべてで攻撃するには、艦の横を相手に向けるしかない。
艦の横を相手に見せると表面積が大きく、それだけ被弾する確率が高くなる。つまりこの姿勢は、攻撃は最大の防御、肉を切らせて骨を断つ覚悟を示している
「敵艦、ミサイル発射」
「迎撃、アイギスにすべて任せるわ」
「任されたよ、キャプテン!」
アイギスがネリーにニコッと微笑む。
キャプテンとは艦長の意味。アイギスはネリーを艦長として認めて、その期待に応えてみせるとやる気を示したのだ。
「うん。信じてる」
ネリーも心からの笑顔でアイギスに応えた。
「ミサイル節約! 全部機銃で撃ち落としてやる!」
アイギスは機銃に命令を与え、それぞれが意志を持っているかのように敵ミサイルに追従し、撃ち落としていく。
「主砲、前方の艦へ! 発射!」
ネリーが号令する。
轟音と爆煙とともに、全9門の超大型主砲から巨大な弾丸が発射される。
弾は一直線に敵艦へと飛翔し、その装甲を軽く突き破り、艦内を通って反対側から飛び出していく。
艦のいくつもの大きな穴が空いた。
すぐあとに敵艦が爆発とともに膨れ上がる。そして破裂した。
「轟沈を確認! ストレイス隊は残数2!」
近くにいる艦のうち、奥のほうが旗艦。艦隊司令官ジョン・ストレイスが乗っているはずだ。
10隻以上を保有するシュテーグマン艦隊はすべて、バトルユニットの相手をしていた。多勢に無勢だが、ルイーサは武器箱と呼ばれるバトルユニットの兵装を使いこなし、善戦していた。それでも、集中砲火を浴びてあちこちで爆発が起きているのがブリッジから見えて、ネリーの気持ちを焦らせる。
「装填が終わり次第、すぐに撃ってください」
早くこのストレイス艦隊を倒し、救援に向かわなくちゃ。
そう思っていると、ストレイスの2隻は敵前であるのに、その場で回頭し始める。
通常の戦艦は前部に砲塔が集中していて、敵を攻撃するには前を向いていなければいけない。それが背を見せるということは、攻撃を諦めて逃げるということであった。
「ネリー、ストレイスが逃げていくわ。あっちに合流するみたい」
イレールはレーダーで、赤い点がシュテーグマン艦隊のほうへ移動する予測図を確認する。
ストレイス隊は攻撃を完全に停止、ろくな回避行動を取らず、まっすぐ逃走している。
「ネリー、主砲スタンバイオーケー! 撃つよ?」
巨大な主砲が動き、ストレイス隊の逃げる背に照準が合う。
あの単調な動きで外すわけがない。
「はい。やってください」
主砲の弾丸は2艦に向かって飛来する。
だが着弾を前にして、旗艦アニアンが舵を切った。
僚艦のほうへ曲がる。
エンデュリングからはアニアンと僚艦が重なったように見える。
次の瞬間、僚艦が爆発した。
「うそ……」
アニアンは僚艦を盾にしたのであった。
エンデュリングと僚艦を挟んでアニアンを一直線上に置き、主砲をすべて僚艦に受け止めさせ、アニアンには弾が届かなかった。
「射線通らない。このまま撃っても当たらないよ」
アイギスがすぐに、次の射撃に関する計算結果を伝える。
「仲間を犠牲にして生き残るなんて……。それが指揮官のやることなの……」
ネリーは目の前で起きていることが信じられず、呆然とする。
エンデュリングは、ネリーの命令を待たずケラウノスの判断で、アニアンを追撃する。
ダリルは制御室の前に来ていた。
全速力で駆け下りたため、息が切れている。
一息ついて、制御室のドアのスイッチを押す。ロックはかかっておらず、そのまま開いた。
そこでも武装したロボットが待ち受けていると思ったが、そうではなかった。
生身の人間がいた。
震える手でダリルに拳銃を向けている。
「銃を下ろせ。お前たちの負けだ」
ダリルはサブマシンガンを敵兵士に向ける。
「だ、黙れ! 悪党に屈するものか!」
「お前を殺しに来たわけじゃない。対空砲を止められればそれでいい」
命令のために、正義のために命をかけて戦おうとする兵士を撃ちたくはなかった。
「命は惜しくない! 死んでも貴様らを止めてやる!」
兵士の目は血走り、ギリギリの線でこの場に踏みとどまっているのが分かる。
話し合いでは解決できるような状況ではなかった。
ダリルは迷わず、兵士の足を撃ち抜いた。
「ぐわっ!?」
兵士が転倒する。
撃たれた足を抱えてのたうち回っている。
「許せ。時間がないんだ」
ダリルは兵士をその場に放置し、制御室のパネルを操作し始める。
アクセスに成功、ここからならば対空砲の発射を止められそうだった。
だが、解除コードが分からなかった。
ダリルは近くに置いてあったマニュアルを急いでめくって、解除に関わる箇所を探す。
銃声が聞こえた。
少し遅れて、腹が熱くなるのを感じた。
足を打たれた兵士が拳銃をダリルに向けている。撃ったのだ。
弾はパイロットスーツを貫通し、ダリルの体を傷つけた。
「うぐっ……」
ダリルは思わず、片膝をつく。
「どうせ俺は助からん。せめて貴様をこの基地とともに道連れにしてやる」
やはりこの基地は自爆するのだ。
兵士はそれが分かっていて、自分一人でこの制御室を守ろうとしていた。
その忠誠心、自己犠牲の精神には敬服するしかない。
けれどダリルには相手のことを考える余裕がなかった。
このままではエンデュリングに巨大対空砲が放たれる。そして基地は爆破され、自分の命も助からないのだ。
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