第17話「総力戦」

「隊長、残弾が少なくなってます! 一度帰還したほうが」


 アルバトロス隊の隊員がノイマンに告げる。

 結果的にカーリンのウェポンコンテナを追加するのは正しかったが、それでも弾薬が足らなかった。


「ダメだ! 撤退は認められない。海兵隊の突撃艇がこの空域に入る。弾がなくとも、しばらく奴らの弾よけになるんだ」

「りょ、了解!」


 海兵隊員が乗り込む突撃艇はたいした武装もついておらず、戦闘機のように素早い動きができるわけではない。敵の無人機に狙われたら、ひとたまりもないだろう。

 ノイマンは苦渋の決断で、隊員たちに現状の維持を命じた。


「くそっ! 数が多すぎる!」


 ついに弾が切れる。

 弾は節約してきたが、無人機の回避性能が高く、どうしても余計に弾を使ってしまう。敵は落とせず、弾だけを消費する状況が続いていたのだ。


「ウェポンコンテナをパージ」


 ダリルは音声入力でエピメテウスに積まれたAIに命令する。

 AIはアイギスとケラウノスの子供のような存在で、性能は控えめながら、人間をよくサポートするようにできている。ただ、アイギスらのようにあいまいな対応を独自の判断でしてくれないので、しっかりAIができることを命じてやる必要がある。

 ダリル機はウェポンコンテナを切り離した。

 これで機体は身軽になり、少しは回避が楽になるはずだ。弾がなければ敵機を落とすことはできない。あとはクリッシーが戻るまで、ひたすら回避に専念するしかないのだ。

 けれど、いつまでも集中力が続くはずがない。油断したらすぐに落とされてしまうだろう。ただでさえ向こうは高性能な機体、その上、AIは疲れ知らずなのだ。


「艦長、ドローンを飛ばしたよ。自由に使ってくれ」


 エンデュリングから通信が入る。

 ラフな台詞、その声は、メカニックのカーリンのものだった。


「ドローン? 何のことだ?」

「エピメテウスへのプレゼントだよ」


 ダリルはカーリンがドローンをいじっていたのを思い出す。


「ウェポンコンテナを運べるよう、ドローンを改造したんだ。早くコンテナを交換して」

「そういうことか!」


 上空からコンテナを抱えたドローンが、月へ降下してくるのが見える。

 ダリルは機首を上げ、空を目指して急上昇する。


「アルバトロス隊、ついて来い!」


 ダリル機のあとをアルバトロス隊がついていく。さらにその後ろには無人機が追ってくる。


「ドローンとドッキングだ!」


 AIに命令する。

 AIはエピメテウスとドローンを同期させ、ドローンを操作する。

 ドローンはアームは伸ばし、エピメテウスを上からクレーンゲームのようにつかみ取る。

 そして積んでいたコンテナをエピメテウスに装着させていく。

 だが、その隙を狙って、無人機が襲撃してきた。


「くっ、早く切り離してくれ!」


 エピメテウスは覆われるようにドローンとくっついているため、視界も悪く、機動性もかなり落ちている。このままでは無抵抗に落とされてしまう。

 無人機が迫る。

 ロックオンされたことを告げる警告音が鳴り響く。

 そして無人機はダリル機を狙える射撃位置についた。

 だが、無人機は穴だらけになり、爆発して月の空に散っていく。


「ノイマン!」

「弾を残しておいてよかったぜ」

「ありがとう。俺が援護する。弾を補給してくれ」


 コンテナの装着作業が終わり、ドローンはダリル機から離れていく。

 計器に表示された残弾数が復活している。


「よし、いける!」


 アルバトロス隊はドローンとドッキングして、次々の弾薬の補給を開始する。

 ダリルは近づく無人機を、片っ端から新鮮な弾で撃ち落としていく。

 そうして、全機は弾を補充し、いよいよ攻勢に転じるときが来た。

 相手が高性能な無人機といっても、アルバトロス隊も優秀なパイロットが揃っている。


「弾さえあれば、こっちのもんよ!」


 何倍もの数を相手に有利に戦い、どんどん押し返していった。

 無人機の編隊が乱れ、バラバラに逃げることしかできていない。

 そうして、無人機がアルバトロス隊への対応で手一杯になっているうちに、海兵隊の乗る突撃艇は基地に着陸した。


「あとはクリッシーに任せよう」


 クリッシーならば簡単に基地を制圧してくれるだろう。彼女らを信じて、自分たちはこのまま敵機と戦い続けるだけだ。




「月面基地制圧は順調のようです!」


 イレールはエンデュリングの指揮を執るネリーに報告する。


「よかった。あとは私たちの問題か……」


 エンデュリングの前にはストレイス艦隊がいる。

 それだけではなく、因縁の敵であるシュテーグマン艦隊の姿も見える。

 彼らは連携しているようで、編隊を組み、こちらに迫ってこようとしていた。

 数は20艦を超える。


「こちらルイーサ。ネリー少尉、ドッキングを解除する」


 バトルユニットの司令室から、ルイーサがブリッジに交信する。


「はい、お願いします。でも、あまり離れないように」

「火力はこっちのが上だ。敵は無視できないだろう。オトリになるから、そのうちに少しでも数を減らしてくれ」

「はい……お気をつけて」


 平然とオトリになると言える、ルイーサの大きさに感心する。だがそこには、嫉妬と劣等感もあったかもしれない。

 ネリーは自分の頬を両手でパチンと叩く。

 集中しなきゃ!


「バトルユニットが発砲したらこちらも発砲。近づく敵を落とします」

「了解。任せてネリー」


 アイギスが微笑む。

 ネリーも少し無理に笑みを作って応える。

 バトルユニットが切り離され、敵艦隊に向かってゆっくり進んでいく。

 2対20。

 今はどれだけの人が死ぬだろうとは考えていられない。

 相手を撃たなければ自分が死ぬ。そして、月にいるダリルやクリッシーたちも死ぬことになる。

 戦って相手を倒せば、その分だけ生きる確率が上がる。

 ならばもう迷わない。


「バトルユニットが斉射!」

「我々も撃ちます。主砲発射!」


 バトルユニットから全ビーム砲が発射され、光の帯が敵艦隊へと伸びていく。

 続いて、エンデュリング本体からも主砲から巨大な実弾が発射される。




「クリッシー隊長、もうすぐ司令センターです!」


 海兵隊は月面に降り立ち、電撃作戦で基地を襲撃。重要区画を次々に制圧していった。

 守備兵はあまり多くなく、大きな抵抗はなかった。

 多少かすり傷を負う隊員もいたが、作戦行動には支障のない範囲である。

 月面基地の防衛体制はあまり重視されていなかったことが分かる。


「いいペースだ。すぐに帰れそうだな」


 月面基地に時間を取られるほど、エンデュリングが危険にさらされることになる。クリッシーたちがいかに早く帰還できるかが鍵なのだ。

 司令センターのドアを爆弾で破壊する。

 隊員たちは内部の様子を見ることもなく、一斉にグレネードを中へと投げ込んだ。

 少し後に連続した爆発。

 爆風が外へと勢いよく吹き出してくる。


「突撃ー!」


 クリッシーの号令とともに海兵隊が司令センターへとなだれ込んでいく。

 中はひどい有様だ。

 黒焦げになった機材が散らばり、パチパチと火花を上げている。爆発に巻き込まれた守備兵が大勢倒れている。

 司令官は自分の席に座り、額から血を流していた。おそらく突入前に自分の頭を銃で撃ち抜いたのだろう。

 わずかな生存者はいたが、拳銃を向けてきたため、海兵隊はライフルでとどめを刺した。

 安全が確保されると、クリッシーは司令官の椅子をどけ、基地の端末を操作し始める。

 地球防衛用の大型対空砲の制御を奪うのが目的だ。

 対空砲を乗っ取ってしまえば、エンデュリングは月からの攻撃を受けることなく、地球へ降下できる。


「くそっ! アクセスを受け付けない!」


 クリッシーは対空砲の制御を奪おうとするが、システムからの反応がなかった。


「こ、これは……」


 クリッシーの隣でスクリーンを監視していた隊員が、驚きで言葉を失う。


「どうした?」

「対空砲が発射態勢に入って……! エンデュリングのいる空域を狙っているんです!」

「なんだって!? すぐに止めるんだ!」


 クリッシーは急いでできる限りの手段を使い、対空砲へのアクセスを試みる。

 だが成果は得られず、時間だけが過ぎていく。


「隊長、ここからは操作できないようにされています! 直接向こうへいって止めないと!」

「ちっ! やられた!」


 敵司令官は最後のあがきととして、エンデュリングを道連れにしようとしたようだった。


「時間は!?」

「は、はい! ええっと……5分後に発射されます!」

「5分? 間に合わない……」


 司令センターから対空砲施設へは、全力疾走しても10分はかかる。

 突撃艇を取りに戻ったところで、やはり10分は必要になるだろう。

 クリッシーは呆然とその場に立ち尽くした。

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