第16話「月面上空」
エピメテウスの格納庫につくと、何やら揉めているようだった。
ひょろっとした少年を厳つい男たちが取り囲んでいる。
メカニックのカーリンとアルバトロス隊の隊員たちだ。
「どうしたんだ?」
「艦長、なんだこいつは! 俺のエピメテウスを勝手にいじりやがった!」
「勝手? 艦長の許可は得ているよ」
「そうなのか、艦長?」
ノイマンが厳しい口調で問いただしてくる。
「いや……許可した覚えは……」
「艦長はバトルユニットをすべて任せると言ったんだ。俺はそれに従って、エピメテウスをいじっただけさ」
「おいっ!」
確かにそう言ったが、戦闘機は含まれていない。
パイロットに取って自分の機体は、命を預ける相棒だ。それを知らないうちにいじられていたら怒るに決まっている。
「戦闘機まではいいとは言ってないぞ」
「確かに聞いてないね。でも、俺にはなんで怒ってるのか分からないな。だって、使いやすくしただけだよ」
「使いやすく?」
格納庫に並べられた4機のエピメテウス。戦闘機にあまり興味ない人には、ぱっと見、何が違うか分からないかもしれない。だが、毎日その機体に乗っている人からすれば、一発で分かる。
機体には、大きな箱が背や翼の下など、各所に取り付けられていた。
「なんだこれ?」
「ウェポンコンテナ。エピメテウスは機動力の高い機体だけど、武装は貧弱。火力はないし、長時間の戦闘に向いてない」
カーリンに愛機を馬鹿にされ、ノイマンが今にも殴りかかりそうだ。
「だから、これは追加弾薬を装備させたのさ。これでもっと長い間、戦うことができる。今回の作戦には必要だろ?」
これから基地防衛隊と戦うことになる。おそらく相手も戦闘機を上げてくるだろう。数は不明だが、こちらより多いのは間違いない。それに、月面基地制圧後も、地球降下まで継続して戦闘になる可能性がある。確かに弾薬は多いほうがいい。
「おい、待てよ! こんなのついてたら動けなくなるだろうが! 戦闘機は弾が当たったらお陀仏なんだぞ!」
「まあ多少は機動性が下がるよね。でも、操作感は変わらないはず。君たちならきっと使いこなすことができるさ」
「なんだとっ!」
カーリンの態度にノイマンはついに腕を振り上げたので、隊員たちが必死に止めようとする。
「気にくわなかったら、すぐ外せるようになってる。でも、それは技量がないって認めるようなものだと思うけどね」
「こいつ! ぶっ殺す!」
ノイマンがカーリンを絞め殺しそうになるのを、隊員たちが手足にしがみついて止める。
「ノイマンの気持ちも分かるが、この作戦に必要なチューンではある。要らなくなったら捨てればいいさ。それは俺が許可する。だから気にするな」
「くそっ!」
ノイマンは近くにあった道具箱を蹴飛ばす。
そしてそのまま自分の機体へと乗り込んだ。
「ふぅー」
ダリルはため息をつく。
どうしてこう、エンデュリングは問題ばかりが起きるのだろう。
「次はちゃんと確認してからにしてくれよ」
ダリルはカーリンに釘を刺す。
「確認? これはエピメテウスへのプレゼントなのに?」
「は?」
「これはもともとエピメテウスに用意されていた装備なんだ。あとから無理にくっつけたものじゃない」
「もともと?」
「そう。出来の悪い弟へのプレゼントさ」
エレベーターがウェポンコンテナを装備したエピメテウスを甲板へと運ぶ。
「ネリー、アルバトロス隊、発進するぞ」
ダリルはエピメテウスのコクピットから、ブリッジにいるネリーに呼びかける。
「……は、はい! 発進、お願いします」
少しの間があって、ネリーが慌てて返答する。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。エンデュリングは私にお任せください」
「そうか」
「どうかご武運を」
「そっちもな」
きっと緊張しているのだろう。戦闘が始まればすぐ調子を取り戻すはずだ。
ダリルはあまり気に留めなかった。
「ノイマン、アルバトロス隊の指揮を頼む」
「了解! こちらアルバトロスリーダー。各機、発進。俺に続け!」
ノイマン機がカタパルトから発進する。
続いて2機が飛び立ち、最後にダリルも発艦した。
「これより、月面基地へ向かう。敵機が待ち構えているはずだ。各機、独自の判断で撃墜しろ。掃討が済めば、海兵隊が基地へ突入する。その後はその空域を維持せよ」
まずは露払いの仕事だ。
アルバトロス隊が月に降下すると、基地から次々に戦闘機が発進していくのが見える。
「おいでなすったな! 全機、交戦を許可する! 月の重力に気をつけろ!」
「了解!」
各機は散らばって、それぞれターゲット決め、後を追い始める。
「対空兵器だ! かわせ!」
ノイマンの指示が飛ぶ。
月面基地に設置された防衛用の機銃から、銃弾の雨が浴びせられる。
アルバトロス隊の各機は華麗なマニューバで回避し、翼を雨に濡らされずに済んだ。
「確かに悪くないな」
ウェポンコンテナを積んだことで、機動性が落ちるかと思ったが、それほどではなかった。むしろ、いつもより反応がよく感じる。カーリンの調整で機体性能が上がっているのかもしれないと、ダリルは思った。
アルバトロス隊は次々に敵機を打ち落としていく。
通常よりも弾薬を装備しているので、節約せずに弾を撃て、これまでの戦闘よりも遥かに効率が上がっていた。
ダリルにとっては、久しぶりの空戦だったがだんだん慣れてきた。敵機を追いかけるついでに、基地の対空兵器を破壊する余裕も出てきている。月面に沿って地面すれすれの低空飛行をし、対空砲の死角からミサイルを撃ち込む。
敵機がそれを阻止しようと、背後についてくる。ダリルが右に旋回すれば右に、左に旋回すれば左にぴったりマークされる。
「やるじゃないか。じゃあ、これならどうだ!」
ダリルは地面に向かって急降下する。すると敵機も動きをコピーして急降下を始める。
「心意気やよし!」
月の重力に引かれて機体は加速し、落下速度はどんどん速くなっていく。敵機はピタリと背後について離れようとしない。
「さあ、チキンレースだぞ!」
月の白い地面が近づいてくる。
このまま降下を続ければ、機体は地面に打ち付けられて爆散する。
だが敵機はまだ追尾をやめない。
地面激突の危険を知らせる警告音が鳴る。
ダリルは警告音を無視して、加速を続ける。
そして、ついに地面が目の前に見えた。
「いっけえええええ……!」
ダリルは操縦桿を思いっきり引いた。
戦闘機の機首が上がる。
まだ浅い。このままでは地面に斜めの角度で突っ込んでしまう。
警告音が激しく鳴る。
「まだだー!」
操縦桿が引っこ抜けるのではないかと思うぐらい、力一杯に引く。
機首が引き起こされる。
地面に接する寸前で、空へと跳ね上げる。
きついU字を描いて、エピメテウスは再び月面から上空に向けて飛び上がった。
すぐ次の瞬間、背後で激しい爆発が起こる。
ダリルを追い回していた敵機である。
引き起こしに失敗して、地面にむなしく衝突したのだ。機体はバラバラになり、破片が高速で月を舞う。
「こちらアルバトロスリーダー。敵は片付いたようだ。そろそろたくましいお姫様の馬車をお呼びしようか。……いや、待て!」
ノイマンは月面基地から、何かが垂直に発射されるのを見た。
それはV字型をしている。
戦闘機の増援だった。
「隊長、こいつら速い!」
高速機であるエピメテウスの追尾は振り切ってくる。
ミサイルをロックオンしても、すぐに視界から消えてしまった。
「無人機か!?」
この戦闘機には人間のパイロットが乗っていないのだ。
人間が乗っていない分、機体も軽くなるし、人間にはできない強引な動きもできる。人間にはどうしても耐えらない重力があり、高速戦闘時の視覚的な認識にも限界がある。だが機械はすべて客観的な情報として処理し、最適解の行動を物理法則が許す範囲でやってのける。
「無人機に乗せられるな! 無理に追っても勝てんぞ!」
ノイマンが隊員に指示する。
無人機にできることがこちらもできるとは限らない。
さきほどのダリルを追ったパイロットのように、敵機の動きをマネして追尾しても、マネ仕切れずに地面に激突してしまうかもしれないのだ。
「基地の予算、ドローンに回しやがったな……」
戦争のない時代に、人間を常に基地に配備するのはお金の無駄である。だからこの基地の司令官は、人間よりもお金の掛からないドローンを購入したようだ。
まったく賢い選択だと、ダリルは舌打ちした。
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