第15話「艦隊戦」

「艦長、前方に艦影を発見。その数、10。ストレイス艦隊です」

「やっぱりいたか」


 月面基地を目前にして、針路をふさぐように艦隊が待ち受けていた。


「イレール、敵対する意志がないことを伝えてくれ」


 待ち伏せしていたからといってすぐ敵であるとは限らない。

 まずは相手の出方を探る必要がある。数で負けている以上、できるだけ交戦は避けたいのだ。


「敵艦アニアンが通話を求めてます。つなぎますか?」

「ああ、つないでくれ」


 スクリーンに中年の艦長が映し出される。


「私はジョン・ストレイス大佐だ」


 声はしゃがれていて、温厚そうな口調だ。

 この人ならば話が分かりそうだと、ブリッジにいた者は少しほっとする。


「私はエンデュリング艦長ダリル・グッドフェローです。こちらの敵対の意志はありません。そこを通していただきたい」

「そういうわけにはいきませんな。我々は貴艦を拿捕する命を受けている。停船していただけますかな」


 話は簡単ではないようだ。


「残念ながら、それはできません。私たちは本部に行かねばならぬのです」

「おやおや、出頭とは何と良い心がけか。では、我々がエスコートいたしましょう」


 雲行きが怪しい。

 この男、どうやらくせ者のようである。


「いえ、けっこう。あなたのお手を煩わせるまでもない。これは私自身でやらねばならぬのです」

「ほう。つまり、貴艦は命令に従う気はないと?」

「はい、そういうことです」

「では武力行使となりますが、構わぬということで?」


 ルーファスはやっぱりかと、顔を手で覆う。


「あなたがそのつもりなら、致し方ないでしょう」


 ストレイスの温厚な顔が急変する。


「ふん、逆賊風情が!」


 虫でも見るかのような目をして、そう言い捨てると、通信が突然切れた。


「敵の砲撃が来るぞ! 襲撃に備えろ! シールドドローン展開!」

「任せといて!」


 アイギスはシールドドローンを射出し、艦前方に集中させる。

 ストレイス艦隊から一斉にビーム砲が発射された。

 何十本もの光彩がエンデュリングに向かって走る。

 ビームをシールドドローンが受け止めていく。ドローンはどんどん消耗していくが、確実にビームを防いでいった。

 こぼれた弾も、電磁装甲がしっかり減衰させ、エンデュリングには傷一つつかない。


「見事だな、これがエンデュリングか」


 ルイーサが口を開けたまま、スクリーンに映し出される映像を見て感嘆する。


「最大船速で突破するぞ! ビームで牽制しつつ突撃! 対空ミサイルスタンバイ!」


 エンデュリングは、ストレイス艦隊の中央に向かって突撃を開始した。

 月面基地はまだ遠い。ここで月面基地を攻略する部隊を出したところで打ち落とされてしまうだろう。まずは敵艦隊を突破しなくてはならない。

 敵艦隊の発射したミサイルが迫る。10艦による集中攻撃は、ミサイルで宇宙を埋め尽くさんばかりだった。


「ダリル艦長、大丈夫か?」


 ルイーサが心配して声をかける。


「避けることはできないが、伊達にデカイ図体してないさ。フレア射出!」


 エンデュリングから高熱源が発射される。

 ミサイルはフレアの熱に誘導され、あらぬ方向へ飛んでいく。そして目標に命中したと誤認し、ミサイルは何もないところで起爆してしまう。


「続いて対空ミサイル!」


 バトルユニットから大量の対空ミサイルが射出される。

 対空ミサイルは次々に敵ミサイルを撃ち落としていき、爆発が連なり、まるで火の壁のように厚くなった。

 撃ち漏らしたものは、対空機銃を斉射し、一つずつ落としていく。

 こうして数を減らしていくものの、完全に防ぎきるのは無理だった。ミサイルが被弾し、エンデュリングの装甲が各所で吹っ飛んだ。


「きゃあああっ!?」


 船体が激しく振動し、ネリーが悲鳴を上げる。


「ルイーサ、被害確認と対処を頼めるか?」

「了解した!」


 ルイーサは慌てることなく、手元のスクリーンを操作する。被害が広がらないように隔壁を降ろし、ドローンたちに修復作業を命令する。


「ケラウノス、ひるまず突っ込め!」

「了解、艦長!」


 ケラウノスは一番障害が少ないコースを計算し、艦を滑り込ませるように操船する。

 敵艦隊の砲撃の中央に入ることになったが、エンデュリングは攻撃を受けつつも、足を止めることなく進んでいく。


「ダリル、この距離なら当てられる。どうする?」


 アイギスがささやく。

 敵艦との距離が縮まり、ここからならばビーム砲で敵を狙い撃てる。有効な手段だが、それは相手にダメージを与え、相手を殺すという意味だった。


「撃て! 敵艦を無力化しろ!」

「アイアイサー!」


 ダリルは即答した。

 仲間であるはずの連合軍を撃つべきか。その答えはとっくに出ていた。

 バトルユニットの側部にある大口径ビーム砲が敵艦を捉える。

 そして砲撃。

 巨大な光の帯がストレイス艦隊に向かって伸びていく。


「命中! そしてさらに命中!」


 ビームは一番近くにいた艦を貫通し、遠くにいた艦にも命中した。

 被弾した箇所は高熱により一瞬にして蒸発する。

 その場所にいた者は当たったことも、認識しなかっただろう。苦を感じることなく、あの世に飛び立っていった。

 ビームは機関にも命中していたようで、艦は内部から大きな爆発を起こした。あっという間に火に包まれ、砕けた構造物が激しい勢いで周囲に飛び散っていく。


「1艦轟沈! もう1艦は大破、行動不能!」


 イレールが高揚した声で告げる。


「よし、よくやった! そのまま突き進め!」

「はいな!」


 アイギスはダリルに褒められ、ご機嫌な笑みを浮かべる。

 だが隣にいたネリーは険しい顔をしていた。

 一撃……。一撃で船が沈むなんて……。

 戦艦は通常1000人以上が乗艦している。1艦沈んだということは、一発で1000人が死んだということを意味する。

 もう1艦も無事ではないだろう。ビームに飲み込まれ、一瞬であの世に去った者もいれば、艦内で起きた爆発で吹き飛んだ者もいるはずだ。

 動揺しているのはネリーだけではなかった。

 敵艦隊の攻撃が弱くなり、距離を取り始めるようになった。仲間が一度に2隻やられたことで気弱になったのである。

 これが艦長の狙いなんだ……。

 艦長だって人殺しをしたいわけではないだろう。だから、いきなり2隻沈めることで見せしめとしたのだ。叶わない相手、戦えば死ぬかもしれない相手だと思わせれば、無理に戦闘をしかけてこないだろうと。

 ネリーはダリルの読みと剛毅さに感嘆した。


「さらに2隻大破しました! 残り6!」

「よし、充分だ! 打ち方やめ! このまま敵艦隊を振り切るぞ!」


 ストレイス艦隊の陣形は完全に崩れた。突っ込んでくるエンデュリングを包むように展開していたが、我先にとエンデュリングから離れていったのだ。

 近くにいるほうが狙われる可能性が高いから、仕方のないことだった。

 エンデュリングは空いた隙間を全速力で通過していく。

 ストレイス艦隊は回頭し、エンデュリングを追おうとするが、混乱の中で操船を誤り、味方に衝突する艦が出てしまう。


「敵艦隊との距離が離れました! 安全圏に入ります!」


 ストレイス艦隊の光が遥か後方に見える。そしてついに敵兵装の射程外に出たのだ。


「総員、被害確認だ。しばらくしたら月面攻略が始まる。気は抜くな」


 ダリルは艦長席を立った。


「俺はエピメテウスに乗る。ネリー、ここは任せるぞ」

「は、はい!」


 ネリーは立ち上がって敬礼する。


「いくぞ、ルイーサ」

「おう」


 ダリルはルイーサを伴ってブリッジを出て行く。

 ダリルは戦闘機乗って、月面基地へ向かうことになる。

 ルイーサはバトルユニットで指揮を執り、追撃してくるはずのストレイス艦隊を迎え撃つのが役目だ。

 ネリーは不安だった。自分がこの大役を果たせるか、というよりも、ダリルの期待に応えられるのか。

 ダリルはルイーサとネリーを信じて、それぞれに役目を与えた。ルイーサは実力があり、きっとダリルの期待に応えるだろう。だが、自分はどうだ。艦内で慌てふためいていただけではないか。

 前の戦いでは、なんとか一人でエンデュリングを動かすことができたが、今回は高度な連携が求められている。ダリル率いるアルバトロス隊が基地防衛隊と戦い、その間にクリッシーら海兵隊が基地を占拠する。ネリーとルイーサは、ダリルたちが戻るまで敵艦隊を押さえ続けなければならないのだ。

 敵がストレイス艦隊だけとは限らない。同じ宙域に留まっている間に増援が来るかもしれないのだ。

 ネリーの呼吸が自然と荒くなる。胸に触れると心臓が早鐘を打つように、激しく鼓動している。

 ネリーは胸を掴み、収まれ収まれとしばらく念じていた。

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