第14話「船員」
ダリルがブリッジに戻ってくると、イレールとルーファスが世間話で楽しく談笑しているところだった。
操舵手のルーファスは心優しい青年だが、もともと戦闘を嫌っていたので、度重なる実戦に精神がやられてしまうのではないかと思ったが、案外タフなようだった。これまでも、大きなミスは犯していない。
イレールも気持ちが高ぶることはあったが、しっかり船員同士をつなぐ役割を果たしている。きっと彼女の声は皆の心の支えになっていることだろう。
ダリルが入ってきたことで、二人は会話をやめて敬礼する。
「ああ、そのままでいいよ。しばらくはゆっくりしよう」
二人はほっとした顔で手を下ろした。
「次の作戦は二人に頑張ってもらうことになる」
「え? そうなんですか?」
マユを寄せて嫌そうな顔をするルーファス。感情に素直なのだ。別に悪気があるわけではないのは分かっている。誰だって、精神のギリギリのところで仕事なんてしたくない。楽が一番なのだ。
「複雑な動きをすることになるから、あとで作戦要綱を読んでおいてくれ」
船員たちへの指示書の作成はネリーに任せてある。きっと今頃部屋に籠もって作っているところだろう。こういう作業は自分が書くより、ネリーのほうが有意義な文章ができあがる。事務系の仕事は彼女が圧倒的に上だった。
「作戦はいつからなんですか?」
イレールの声はルーファスよりも前向きな感じだった。
「明日からだ。それまで戦闘はないと思う」
「明日ですか。こう間が空いちゃうと、気が緩んじゃいますね」
「いつまでも緊張してるわけにはいかないさ。まだ先は長いし、何が起きるかも分からないんだ」
「でも私はピリピリした戦闘の雰囲気好きですよ」
にんまりと笑ってみせるイレール。
見た目は可憐なので心も繊細そうだが、彼女も相当タフなようだ。
「自分の全神経が活性化しているような感じがいいんです。ピキンっていう感じで、なんでも手が届いてしまうような、分かってしまうような」
「なんだそりゃ」
ダリルは、ははっと笑う。
「そうですか? じゃあ、バリバリって感じで、一度に多くの仕事を処理できてしまうような」
「まあ、それは分かるかなぁ」
「そうですか? 私はどうも戦闘は慣れませんね」
ルーファスは逆のようだった。
「普段は気にしないんですが、戦闘中は自分のやっていることが、一つ一つ正しいのかなと考えてしまいます」
「へえ、そうなのか」
「ああ、でも、普段よりも頭の回転が速いんですかね。その分、余計なことを考えてしまっているのかもしれません」
「慣れだろうな。そのうち、次の手、次の次の手が思いつくようになるさ」
「ははぁ。艦長はこういうの慣れてらっしゃるんですか?」
「ん、まあな」
ダリルは話すべきか少し悩んで、話すことにした。
「俺が戦闘機のパイロットをやっていたのは知っているだろう」
「はい」
「あのとき、実戦を何度か経験しているんだ。機動部隊に所属していたからね」
「そうだったんですか!?」
軍といっても、ほとんどの部隊に戦闘経験はない。戦闘なんて遠い世界の話か、昔のおとぎ話だと思っているくらいである。
けれど一部の部隊では、暴動やテロと戦うことがあり、戦争の雰囲気を知っていた。だが普通の部隊と接触することはないため、彼らだけの経験値となっている。
「ということは、艦長はそのときの腕を買われて、エンデュリングの艦長に抜擢されたってわけですね!」
イレールはそう言ってくれるが、ダリルは首を振る。
「いやぁ、名誉職のようなもんだな。実戦からほど遠い戦艦の艦長に左遷された感じだよ。まあ、今は最前線にいるわけだけど」
ダリルがエンデュリングの艦長をやっているのは、アクロバット飛行の受賞歴からというのが一般的な公表になっている。若きエースパイロットが広報艦の艦長とは絵になるからだ。
「左遷、ですか?」
イレールは首をかしげる。
「では、艦長は機動部隊に残ることを希望されていたんですか?」
ダリルは口を開こうとして、すぐに閉じた。
「……どうだろう、これはこれで嫌いじゃないよ」
あいまいな返事になってしまう。
あまり過去のことを話したくはなかったのだ。
「艦長とパイロットを両方できるなんて名誉なことさ。それにこのエンデュリングという船は好きだからな」
「艦長!」
「私も好きですよ、この船!」
二人がそう言ってくれることは、ダリルも非常に嬉しかった。
一年一緒に航海していた仲間だ。こんな戦争で失いたくない。皆で乗り切ってみせる……!
ダリルは改めて、自分の役割を認識した。
一方で、過去の記憶が頭の片隅でチラチラとちらつく。それはダリルが実戦から離れるきっかけとなったものである。
武器を持って人を殺すこの仕事を嫌い、つまらないことで人が死ななければならないこの世を呪った事件であった。
ブリッジで艦の状況をチェックして、自室に戻ると、クリッシーが訪ねてきた。
ダリルはインスタントコーヒーを出してもてなす。
「クリッシーが来てくれてよかったよ。君がいなけりゃ、今頃エンデュリングは海の藻屑になっていたかもしれん」
「なんだそれ、褒めても何もでないぞ」
「思ったこと言っただけだよ」
「あたしらは自分の仕事をやってるだけさ」
クリッシーは鼻をならす。言われて悪い感じはしないようだった。
「それで、海兵隊の任務は何か分かったか?」
「いんや。全く不明だ。次、どこにいけばいいのか、全然分かんないね。あたしらに何をさせたかったんだか」
「これは俺の推測なんだが、はじめから海兵隊をエンデュリングに乗せるのが目的なんじゃないか?」
「この船に? なんで?」
「考えても見てみろよ。ネリーが副官としてやってきて、同時に君も乗り込んだんだ。その後、いきなり戦争勃発。これが偶然だと思えるか?」
「あぁ……。あたしはそういうの考えないことにしてるけど、出来すぎてるな」
「だろ。この配属に関わった奴は、戦争が起きることを知っていたんじゃないか?」
「知ってた? 戦争が起きるのを? なんだよ、それ。分かってたなら、止めてくれればいいじゃないか」
クリッシーの言うことはもっともである。
「その人では止められなかったんだろ。だから、俺たちに託した。そんな感じがするんだ」
「へえ。身勝手なことだな」
「クーデターは思いつきで起こせるものじゃない。入念に計画を練った末に実行しているはずだ。おそらく俺たちを引き合わせた奴は、その動きを察知して、手を打とうとしたんだ。バレないよう、なるべく自然な形で」
「なるほど、一理あるな。だが、なんであたしたちなんだ? 一艦で戦争を止められるわけないだろ」
「それは……」
分からない。
現にエンデュリングはシュテーグマン艦隊に敗北している。
あのときは主兵装が使えなかったのもあるが、今再び遭遇したとして、勝てるかは分からない。
抑止力、切り札としてはあまりにも弱すぎる。
「信用されてる、期待されてる、ってことでどうだろう」
「押しつけられたの間違いだろ」
クリッシーは笑って軽口を叩く。
「だが、命令がない以上、お前のように考えるのがベストだな。あたしたちは、どこぞの足長おじさんに期待されてるんだ。いろんな支援をもらっている以上、それに応えなきゃいけない」
「それが平和のためなら、軍人として願ったり叶ったり」
「そう!」
クリッシーは顔の前で人差し指を立てる。
「あたしたちは正義の味方だ。誰に言われることなく、正しいことをしている。だから、自分のやることに後悔したりしない。というわけで」
クリッシーは封筒をポケットから出し、ダリルに突き出す。
「なんだこれ?」
「ラブレター」
「はあ?」
クリッシーとは同期で長い付き合いだが、そういう関係になったことはない。
馬鹿をやれる戦友、という感じだ。
何もはばかることなく意見ができることを、お互い好ましく思っている。だから、それ以上の関係になる気は全くなかった。
「冗談だよ。ただの遺書さ」
「遺書?」
クリッシーは笑いながら言うが、その言葉にダリルは笑えなくなる。
「遺書を書くのはうちの部隊では珍しいことじゃない。あたしは面倒くさいから、あまり書かないんだけどね。でも、今回ばかりはどうなるか分からないから、書いてみたんだ」
「縁起でもないこと言うなよ」
「戦争ってそういうもんだろ」
ダリルの脳裏に、アルバトロス隊のフーバーのことがよぎる。
幸い、エンデュリング隊に死者は出ていないが、次の作戦では無傷というわけにはいかないだろう。
「これは俺が受け取るものなのか?」
「ダリルに向けて書いたわけじゃないよ」
「あ、そう……」
ちょっとそういう雰囲気もあったので、ダリルは少し恥ずかしくなる。
「一番死ななそうな人に預けておくっていう験担ぎ。作戦が終わったら、返してもらいにくるよ」
「あー、そういうこと。なら、預かっておくよ。俺も死ぬ気はないしな」
「はっ、そうでなくちゃ」
クリッシーはにやりと笑う。
これだから、この同期とはやっていける。二人はそう思った。
クリッシーが部屋を出て行くと、ダリルは椅子の背にだらっともたれた。
「遺書か……」
これから人が死ぬんだ。俺の命令によって……。
実弾を撃ち合えば、自分たちも死ぬし、相手も死ぬ。それが戦争だ。
自分がやっていることは間違っているとは思わない。部下たちも分かってくれるだろう。
だが心は落ち着かなかった。
体をこすっても寒さは取れない。染みついたように体を冷やしてくる。
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