第13話「トラブル」

 ルイーサの読み通り、航路には艦影が見られなかった。

 セイレーン艦隊の敗北を聞いて、うかつに手を出せば痛い目を見ると思ったのかもしれない。この時代、命を落とす覚悟があって軍人をやっているわけではないのだ。

 監視をAIに任せて、船員たちはそれぞれ休憩を取っていた。働き者のドローンたちは、前の戦いで壊れた箇所の修復に当たっている。これがあるから、エンデュリングは少ない人数でも、船を動かすことができる。

 ダリルは艦長である手前、他の船員より先に休むわけにもいかず、あまり休息を取れていなかったが、今回はしっかり睡眠を取ることができた。

 戦闘による心の高ぶりが続いていたため、安眠の薬を飲もうか思ったが、ベッドに横になった途端、電池が切れたかのように、気持ちも体も一気にダウンした。


「もうこんな時間か……」


 ダリルは腕時計で時間を確認する。5、6時間は眠れたようだ。


「ん?」


 布団を剥ごうとしたが、重くて持ち上がらなかった。

 見てみると、すらりとした足が布団を押さえつけるように乗っかり、小さなお尻が出ている。

 ダリルはごくりとツバを飲む。


「まさか」


 もしかしてと思って布団の中を確認すると、やはり人がいた。

 細くてしなやかな体……女性だ。

 ネリーだろうか。いや、ネリーがこんなことするわけない。

 布団をまくり上げると、その正体が明らかになる。

 セイレーン隊の艦長ルイーサであった。


「なんで君が!?」


 叫ばずにいられなかった。

 ダリルが眠ったあと、布団に潜り込んだようだった。

 ルイーサは下着姿だ。

 セイレーン隊用に特別にデザインされた、かっこよさと可愛さを両立させた制服が、床に脱ぎ捨てられている。

 決して自分は悪いことをしていないはずだが、冷や汗が流れる。

 当の本人は、ダリルの声で目が覚め、寝ぼけ眼をこすっている。ダリルの焦りっぷりなど気に留めていない。


「どうしました、艦長!」


 ネリーが副官室から飛び出してくる。

 その状況を見て、ネリーは目と口をあんぐりと開ける。

 そして、顔を真っ赤にして、


「何やってるんですか!!」


 耳がキーンとなるほどの音量で叫んだ。


「し、知らないよ。起きたら、ルイーサがいたんだ」

「そんなわけないじゃないですか! なんでこんなことに!? つれこんで無理矢理!?」

「いや、ほんとなんだって……何もしてないって……」


 ネリーはヒートアップしていき、ダリルはどう弁明していいか分からず、困り果ててしまう。


「ルイーサ、説明してくれ。これはどういうことなんだ?」


 まだぼんやりしているルイーサの肩を揺さぶる。


「あ……うん?」

「君の意志でここに来たんだよな?」

「そう。……艦長に誘われて」

「誘われて……?」


 ネリーの額に青筋が走る。


「ち、違う! 無理に連れてきたりなんかしてない! な、そうだよな!」

「うん……。艦長は優しかった」

「や、優しかった!?」


 ネリーは顔を真っ赤にして絶叫する。


「だから、そうじゃないって! 俺は何もしてないよな!?」

「うん、何も言わず受け入れてくれた……」

「受け入れてくれたってどういうことですかー!?」


 埒があかなかった。

 このままルイーサに寝ぼけた発言をされては、ネリーに殺されてしまう。


「なかったから……」

「え?」


 ルイーサが何かをぼやいた。


「部屋なかったから」

「部屋?」

「部屋案内するって言われたけど……忘れられて……」

「ああああ……」


 忘れてた……。

 眠る前に指示を出さなければいけないことが多くて、ルイーサを空いている部屋に案内するのを忘れていたのだ。

 ルイーサは行き場に困り、やむを得ず、艦長室で寝ることにしたようだ。なぜベッドに潜り込んだかは、誰も推測できない。


「というわけなんだよ、ネリー」


 お手上げという感じでダリルは、自分に非がないことを主張する。

 ネリーはダリルをにらみつけて、ルイーサの手を取る


「ルイーサ少佐、とりあえず私の部屋へ!」

「え、あ?」

「着替え貸しますから! 早く行きましょう!」

「う、うん……」


 ルイーサはあまり事情の分からないまま、ネリーに連れていかれてしまう。

 ドアを閉める際、ネリーは再びダリルをきっとにらんだ。

 自分は何一つ悪くないんだけどなあと、ダリルは頭をポリポリとかいた。




 ダリルは軍服に着替えたあと、バトルユニットへと向かった。

 ドッキング時は、同じ船の中を移動するように、バトルユニットに乗り移ることができる。

 ケラウノスに急いで来るように言われたのだ。


「今度はなんだ?」

「毎回、ご足労いただいてすみません」

「別にいいけど、また変な案件か?」

「はい……。密航者です」

「密航者!?」


 ケラウノスによると、バトルユニットに密航者がいて、勝手に艦内を歩き回って、機材をいじり回しているという。


「いつ入ってきたんだ?」

「ウォーターフロントを出るときです」

「ああ、あのどさくさに紛れて……。で、どんな奴なんだ?」

「子供です」

「子供……?」


 ずっと子供に振り回されているような気がする。

 面倒なことが起きなければよいかがと、ダリルは思う。


「あれ、ですね……」


 ケラウノスが指さす先に、確かに子供がいる。

 背が高く、ひょろっとした体格の少年だ。Tシャツに短パンで、顔がオイルで黒く汚れている。


「何やってんだ……」


 ドローンを解体して、何やらパーツをいじくっているようだった。


「おい、少年」

「はあ?」


 子供は首だけをダリルに向ける。


「こんなところで何やってんだ。それ、壊すなよ」

「壊してなんかないよ。改造してんだ」

「改造?」


 子供はようやく機械から手を放して、ダリルと向き合った。


「俺の名は、カーリン・ヴェルテ。機械いじりの大好きな子供だよ」

「は?」


 何を言ってるんだ、こいつ?

 また面倒なことに巻き込まれたんだと、ダリルは確信する。


「年は18歳。技術開発部の少尉。イリオスコロニー出身。好きなものはレンコン。好きな言葉は」

「おいちょっと待て、そんなこと聞いてない」

「そう? 聞きたそうな顔してたけど」


 少年は軍人であった。


「まあそうだが……。それより、お前がこの船に乗ってる理由を教えてくれ。技術開発部と言ったな?」

「うん。特命を受けてここに来たんだ」

「特命?」

「そう。聞きたいかもしれないけど、これは話しちゃいけないことになってるんだ」


 カーリンと名乗る少年はしれっと言ってみせる。

 やりにくいと、ダリルは心の中でため息をつく。


「細かいことはいい。何をするために来たんだ?」

「この艦のメカニックを務めろってね。あ、辞令は持ってないや。どこかに行っちゃった」

「どこかにって……。ケラウノス、やはり軍からは何も通達なかったか?」

「はい。クリッシー少尉と同じです。今の状況では確かめる術もありませんが」


 軍のネットワークから遮断されていては、少年の言っていることが正しいのか調べようがないのだ。


「ごめんね。コンテナ生活長くて、いつの間にかメモ代わりに使ってたみたい」

「コンテナ生活?」

「うん。ここにある物資とともにエンデュリングに来たんだ。いやぁひどい仕事だよね。メカと一緒に赴任しろって」

「メカと? って、この大量なコンテナはお前の荷物かよ!」


 ウォーターフロントで、補給リストにない物資が大量に運ばれたが、どうやらこの少年とともにやってきたものらしい。

 少年はコンテナの中でしばらくひっそり隠れていたようだ。

 なぜそんなことをしていたのか、まったく見当がつかない。


「まあ、助かってるが……」


 この軍事物資がなければ、エンデュリングはこうして活動できなかった。補給を求めて右往左往していたことだろう。


「じゃあ、ここはお前に任せていいんだな」

「うん。それが特命だからね。バトルユニットにある兵装はすべて見ておくよ」

「おー、頼もしいな」


 ダリルは半ば面倒くさくなっていた。

 彼がこの艦にとってマイナスにはならない気がしたので、彼の好きなようにしておけばいいと思ったのだ。

 エンデュリングに整備士は多いが、航行システムやエピメテウスが専門で、武装については誰も管理していなかった。メカニックが増えるのは、エンデュリングにとって単純にプラスになる。


「それにしても、いったい何がどうなってんだ」


 イレギュラーなことが同時に起きすぎている。

 通常任務であれば、エンデュリングに海兵隊も要らないし、新たなメカニックもいらない。それに大量の軍事物資も届けられた。考えてみれば、副官の転属も同時ではないか。

 これでは、誰かがエンデュリングに戦争に備えよと命じているようなものだ。

 そのほかの事件同様、現在それを確かめる術はない。

 結局、地球に降下して真実を見極めねばならないのだろう。

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