第12話「作戦会議」
「この子、どなたですか……?」
ネリーは呆れた顔で言う。
エンデュリングのブリッジには、ルイーサの姿があった。
「セイレーン隊の艦長殿だ」
「ルイーサ・コバスと言う。以後、よろしく頼む」
ルイーサは帽子を取らず、ぞんざいな態度で名乗った。
「艦長、なんで連れてきちゃったんですか!? 敵ですよね!? どうしてブリッジにいるんですか!? おかしいですよね!?」
これにはネリーもムカっと来たようだった。
「一応、人質ってことになるかなぁ? でもほら、同じ連合軍だし、閉じ込めておくのも悪いかなぁと」
「甘過ぎますよ! これは戦争なんですよ!」
戦争を嫌う少女がどうしてそんなに怒るのだろうと思いつつも、反論すればさらに言い換えされそうなので、ダリルは苦笑いを浮かべるだけ。
「ごめんよ、ネリー。どうしても放っておけなくてさ」
代わりに、ルイーサを連れてきた張本人が謝った。
クリッシーはネリーをなだめようと、ひたすら頭をなでてご機嫌取りをする。彼女にとっては、ネリーもルイーサもペットのように可愛い存在なのかもしれない。
「ケラウノス、セイレーン隊の状況を教えてくれ」
エンデュリングはセイレーン隊を置いて交戦地域を離れ、再び地球に向けて移動していた。
「まだ混乱は見られるようですが、各艦、応急処置を行い、態勢を整えているようです。こちらを追う気配はありません」
「問題はないようだな」
追撃してこないので一安心だ。それと交戦したとは言え、相手の被害も心配だった。
「私は……ここに来てよかったのだろうか」
クリッシーとネリーがコメディを繰り広げている横で、ルイーサがぽつりと言った。
「大丈夫だろう。セイレーン隊の被害はそこまでではないようだ。自力で母港へ帰るさ」
「そうか……」
「君もそう落ち込む必要はない。君はセイレーン隊の代表として身代わりとして、この艦へ来たんだ。別に責任を放棄したわけではない」
「ダリル艦長、そう言ってくれると助かる」
ルイーサはほっと胸をなで下ろす。
やむを得なかったとは言え、部下を置いて敵艦に来てしまったのだ。部下のことも、自分のことも心配なのだろう。
「ところで、ルイーサ。君はいくつだ?」
女性、そして艦長という身分の高い人に年齢を聞くのはどうかと思ったが、こっちは30歳のおっさんだ、子供に年齢を聞いても構わないだろうと、率直に聞くことにした。
「25だ。今年で26になる」
「25!?」
ブリッジにいる全員が叫んだ。
「お、おかしいか……?」
「いや、おかしくはないけどさ……」
どんだけ若作りしているんだろうと、ダリルは思う。
自分をダブルスコアするネリーと関わっていたため、子供をあやすようにルイーサとしゃべってしまい、申し訳なく感じる。
そりゃあ、艦長だもんな……。
アイドル艦隊とは言え、成人していない子供に艦を預けるわけがなかった。乗組員は1000人以上いるのだ。責任を取れる能力と精神がなければならない。
とはいえ、その大人が号泣する姿を見てしまったので、ダリルは複雑な気持ちだった。
「そ、そーかっ! ルイーサは25かっ。あたしの妹と同じぐらいの年だな。そりゃあ、か、可愛いわけだ、な……」
戸惑っているのはクリッシーも同じだった。
なんせ彼女は、大人であり、位の上の者を抱きしめ、頭をなでまわしてしまったのだ。
「ルイーサ」
「なんだ?」
「話を聞かせてくれないか? 今何が起きているのか」
今のエンデュリング隊に団らんしている暇はない。
その意図を感じ取ったルイーサもまた、真剣な目で応えた。
艦内のあちこちが物資で埋まっていたため、会議室ではなく、艦長室で話を聞くことになった。
ネリーとAIたちが同席している。
ネリーはやはり不機嫌そうな顔をしている。
「俺たちを逆賊と言ったが、それは軍の命令を受けてなのか?」
「それは……」
ルイーサは口ごもる。
自分によくしてくれる人たちを攻撃したのを申し訳なく思っていた。彼らと接すれば分かる。きっとエンデュリング隊は裏切り者ではないのだ。
「ああ。本部からエンデュリング討伐命令を受けた。おそらく、他にも宇宙艦隊の多くが受けているのではないだろうか」
「やっぱりそうか……」
ダリルは天を仰ぐ。
連合軍すべてが敵ということだ。本部が敵に乗っ取られているのかもしれないが、本部から命令が下っている以上、公式の命令となり、エンデュリングは正式な賊なのである。
「私は何も疑わなかった。ニュースでエンデュリングがコロニーを撃ったと聞いて、自分こそが悪を断たなければならないって……」
そう言ってルイーサは、両腕を抱え込んでうなだれる。
肩にはセイレーン隊のマークがついている。上半身が人、下半身が魚の人魚。その女性が剣を持っている。これは悪を断つ乙女の剣、という意味を持っていて、隊のモットーとなっている。
「気にするな。誰だってあのニュースをみればそう思うさ。俺たちだって、きっと反乱軍を倒しにいったはずだ。な、ネリー」
「え? あ、はい。そうです!」
自分に話を振られると思わず油断していた。
けれど、ダリルが自分もエンデュリング側の人間だと認識してくれているようで、ネリーは嬉しくなった。
「ありがとう。今はその気遣いが、嬉しいよ」
ようやく、ルイーサの柔らかい顔を見られた気がする。
「それで、本部はどうなってるかは把握してるか? シュテーグマン隊がウォーターフロントが撃ったことは?」
「シュテーグマン隊が? いや、何も知らされてない」
ダリルは簡単にこれまでに起きたことを話した。
ウォーターフロントで補給中、シュテーグマン隊が襲ってきたこと。攻撃を受けて、コロニーで多くの死者が出たこと。本部との連絡を遮断されていること。
「エンデュリングははめられたということか……」
「おそらく、な」
「確かに、直接本部に行って確かめる必要がある。命令に従うだけではダメだったな。エンデュリングは悪ではなかったのだし」
ダリルは目を丸くして、ルイーサを凝視する。
「ん? 私の顔に何かついているか?」
「いや、そうじゃなくて、俺たちが悪じゃないと認めてくれたんだなって」
「そういうことか。……私は悪を断つ剣だ。誰を撃つべきかは心得ているつもりだ」
ルイーサはふっと笑い、ダリルもそれに合わせてはははと笑った。
「では! さっそく作戦会議と行きましょ! ね!」
ネリーは割って入るかのように大声で言った。
「あれー、ネリーちゃん、嫉妬~?」
これまで黙って見ていたアイギスが、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
「しっ!? 嫉妬なんかじゃありません! ただ、任務に忠実なだけです! 我々はですね、一刻の猶予もない状況なんです! 直ちに手を打たなければ、大変なことになるかもしれないです!」
「あー、はいはい。分かった分かった。ネリーがそう言ってるから、あたしから、エンデュリングの状況を報告するね」
エンデュリングの物資は豊潤。食料は、自給自足プラントがバトルユニットに備わっていることもあるが、一ヶ月は補給はいらないらしい。弾薬類も、激しい戦闘をしなければ、何度か耐えしのぐことができるようだ。
艦の被害も軽微で、航行や戦闘にまったく影響がないという。
「シュテーグマン隊の動向は不明です。依然、軍のネットワークにアクセスできないため、他の艦隊の位置も分かりません」
今度はケラウノスからの報告。
本来であれば、どこの艦隊がどこにいるか、極秘裏に行われる任務でない限りは分かるようになっている。だが、エンデュリングは情報を遮断され、地球にある連合軍本部までの道のり、どんな障害が待ち受けているか知ることができない。
「おそらくだが……いきなりエンデュリングが裏切ったと聞いても、素直に命令に従う艦隊は多くないと思う」
ルイーサが話し始める。
「この100年、戦争は起きておらず、まさか本当に戦闘をおっぱじめていいと言われても、なかなか信じられないはずだ。だから、地球降下までは進路を妨害されることはないと思う。しかし」
「根っからの戦好きは、エンデュリングの目的地だと推測して待ち伏せしていると」
「そうだ。目的地が本部だと分かれば、地球への入り口は多くない。必ずそこをついてくるはずだ。地球降下は隙が多いしな」
ルイーサの推測では、連合軍が地球上空で待ち伏せをしているという。
「それと心配なのが……月の動向だ」
「月?」
「月は敵の地球への侵入を防ぐ最終拠点だ。月には長距離砲がある。艦隊との連携があれば、地球降下部隊を狙撃する精度があると聞く」
「ううむ……」
他の連合軍の部隊に遭遇しなくても、地球に降りるには大きな難関があるということだ。
「では、こういうのはどうでしょう」
意気揚々とネリーが話し始める。
「まず始めに月を攻略しましょう。それから地球に降りるんです。月面基地は一応、重要拠点ということになっていますが、この長い平和のうちに施設は老朽化し、配属されている部隊も少なくなっています。クリッシーさん海兵隊の力があれば、簡単に制圧できると思うんです」
「なるほどな。安全に地球に降りるにはそれがいいだろう」
ダリルの同意を得られ、ネリーは頬を緩ませる。
「問題は艦隊が現れたときだ。数が多くなければ、追い払うこともできるだろうが、それなりの数を揃えられると急に苦しくなる」
海兵隊が月面基地を制圧している間、その場に留まって戦い続けなければならないからである。被害は避けられないだろう。
「ならば、私が艦の指揮を執ろう」
「え?」
ルイーサの提案に驚いたのはネリーだった。
「ダリル艦長は月面基地制圧の指揮を執られるのだろう?」
「え、ああ、そうだな」
ルイーサは自分の艦に乗り込んだダリルを見ているので、そういう戦い方をする人間だと思っているのだ。
「ならば私がこの艦を預かる。今度は決して油断しない。悪を撃ち、エンデュリングを守り抜いてみせよう」
「ま、待ってください!」
ネリーが言う。
「艦の指揮なら私でもできます。ルイーサ少佐にやっていただかなくとも」
「私のほうが適任だと思うが」
ルイーサの言うことのほうがもっともである。
ルイーサのほうが位は上で、艦長経験も長い。能力差は比べるまでもないだろう。
「で、でも…………。すみません、なんでもありません……」
ネリーは発言を取り消してしまう。
自分の言うことがワガママに過ぎないと思ったのだ。上官に向かって、オモチャを取られた子供のように文句を言うのは、あまりにも恥ずかしい。
「だが、確かにこの船に関しては、ネリー少尉のほうが詳しいな」
「え?」
「船の片方、バトルユニットを預けてもらおう。せっかく2つに分割できる船なのだ。それを利用せぬ手はあるまい」
「バトルユニットは単体での活動はできますが、そんな戦い方……」
「私が的になる。その間にネリー少尉が敵を狙い撃て。完璧な戦法ではないか」
「艦長、そんなのいいんですか……?」
ネリーはダリルに答えを求める。
ネリーとしては、自分がよそ者のルイーサに船をいじられたくないと思っているのか、作戦的によくないと思うから、ルイーサの提案を否定しようとしているのか分からなかったのだ。
「悪くはないと思う。だが、コアユニットから離れすぎると、AIからの支援を受けられなくなる。そうなれば、自分で判断して自ら操作するしかなくなる」
全長1キロの武器箱と呼ばれるバトルユニットは、AIが自ら判断して動かすことで、あまり人の手をかけずに運用できる。その支援がなくなれば、情報を自ら読み取り、一つ一つ命令しなければいけなくなる。
もちろん、最新型の戦艦として、艦長自らが機銃のトリガーを引かないと弾を撃てないということはない。そこは命令さえ出せば、機械がオートで射撃してくれる。
「やってみよう。受けた恩は返す」
ルイーサの目には強い意志と自信が感じられた。
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