第11話「突撃」

「ダリル、いくよ!」

「おう!」


 エンデュリングの主砲が敵旗艦に命中したのを見て、突撃艇は速度を上げる。

 今頃、ヒメロペ艦内は大混乱だろう。どの部隊も自分の乗る艦に攻撃を受けた経験をしていない。砲弾が装甲を貫通し、艦の至るところに真空に通じる穴が空けば、誰だって大騒ぎする。


「旗艦ヒメロペは速度を落とした。今だ、突入する!」


 クリッシーの号令で、突撃艇は敵戦艦に景気よく体当たりを敢行する。

 艦首は頑丈に作られており、こうした運用を想定したものだった。戦艦の装甲に食い込み、がっちり戦艦に取りつくことができた。

 海兵隊たちは突撃艇から飛び出し、装甲の裂け目から侵入していく。ダリルもライフルを持って、それに続いた。


「潜入成功!」


 クリッシーはご機嫌に親指をダリルに見せる。

 海兵隊の装甲服はゴテゴテとした装甲に覆われ、ヘルメットも安全のため、目の部分以外は鉄板で覆われている。そこからのぞかせる、クリッシーの目は少年のようである。

 敵地でのその余裕は、ダリルをほっとさせるもので、思わず苦笑してしまう。


「潜入じゃないだろ……」


 大胆な潜入で、艦内は警報がけたたましく流れ、侵入者が現れたことを告げる。


「よし、野郎共! ブリッジに向かうぞ!」


 クリッシーの顔が一気に変わる。優しく頼もしいお姉さんは終了し、戦闘モードに切り替えたようだ。

 クリッシーを先頭に海兵隊たちが統制の取れた動きで、ブリッジに向けて突き進んでいく。

 敵船員は砲撃とこの襲撃で慌てふためき、右往左往していた。

 マニュアルに対処法は書いてあり、訓練は何度もやっているはずだが、実際に起きたこととなるとまったく対応できていない。

 海兵隊は艦内の隔壁を操作して、進路を切り開きつつ、敵を分断していく。

 両軍の能力差は明らかだ。ダリルはこのまま難なくブリッジを制圧できるだろうと思った。


「皆、うろたえるな!」


 突然、警報に混じって艦内放送が流れる。

 銃撃や爆発音のせいでよく聞こえないが、女性の声だった。


「我らは悪を断つ剣なり! 奴らはこの神聖なるヒメロペに土足で足を踏み入れた! 断じて許すわけにはいかぬ! 皆、剣を取れ! 悪賊を生きてこの艦から出すな!」


 司令官に違いない。船員を励ます放送を艦内に流しているのだ。


「へえ、面白い奴がいるもんだね」


 クリッシーは強敵と巡り会えて嬉しいようだ。

 それから戦況は一気に変わった。

 敵兵はこれまで怯えてろくな抵抗をしてこなかったのに、バリケードを作り、隙間から銃撃してくるようになったのだ。

 だがそれで怖じる海兵隊ではなかった。

 銃撃による牽制、そして装甲服を頼りに突っ込み、ハンドアクスでバリケードを打ち壊していく。

 そのあとは乱戦だった。狭い通路に両軍の兵士が入り乱れ、格闘戦を行う。女性だけで編成されたセイレーン隊も奮戦するが、この狭い場所は数の利を生かすことができず、次々に撃破されていってしまう。個々の戦闘能力では海兵隊のほうが圧倒的に上なのだ。

 そして海兵隊は止まることなく突き進み、ついにブリッジの前まで来た。

 ドアについたキーを入力してもドアは開かない。ハンドアクスで破壊しても、結果は変わらなかった。


「時間がない。爆破するよ」


 そういうとクリッシーはドアに爆弾を設置し、数秒後に爆発した。

 それと同時に、海兵隊たちはドアを蹴破り、一気にブリッジ内部へなだれ込んでいった。

 爆煙が晴れ、ダリルが遅れて突入したときには、全乗員は床に伏せられていた。

 海兵隊はこの一瞬でブリッジを制圧したのである。

 事前に何も相談することなく、一糸乱れぬ連携でここまでやってのけるとは、さすがは海兵隊だと感心する。


「ダリル、こいつが艦長だ」


 クリッシーは一人の少女を突き飛ばし、ダリルの前につれてくる。

 もう戦闘は終わり、危険は去ったと判断したのだろう。クリッシーはヘルメットを外している。


「この子が?」


 明らかに子供だ。顔つきはきりっとして大人びているが、体はまだまだ成長しきっていない。背は160もないだろう。

 だが、服装は間違いないなく、この艦の艦長であることを示していた。


「殺せ! 逆賊に話すことなどない!」


 開口一番の台詞はそれだった。

 すぐにあの放送をした女性だと分かった。


「セイレーン隊、ヒメロペ艦長ルイーサ・コバスだな。艦隊司令官は不在だったようだ」


 クリッシーはブリッジの端末をいじりながら、仕入れたばかりの情報をダリルに報告する。


「じゃあ、この子が艦隊の指揮を?」


 こんな少女が艦隊を率いて、エンデュリングを臨検しようとしていたとは驚きだ。ネリーより少し年上だろうが、落ち着いた態度は確かに艦長の風格がある。


「ダリル、艦の制御は奪ったよ! 周りの艦隊には降伏勧告を出してある。あたしらの勝ちだ」

「さすが早いな」

「へっ、これがあたしらの戦い方さ」


 クリッシーは得意げに胸を反らしてみせる。


「くそっ! 油断さえしなければ、こんな輩に負けるはずが……」


 ルイーサは床に拳を叩きつけてうめいた。


「屈辱だ……。悪に敗れるとは……」

「まあまあ、アイドルにしてはやったほうさ。その意気込みは買うよ」

「アイドルではない! 戦乙女だ!」


 クリッシーの軽口に、ルイーサは突然立ち上がってクリッシーに襲いかかる。

 だがクリッシーは簡単にいなし、ルイーサは無様に床に叩きつけられてしまう。


「うう……。うっ、うぐっ……。なんと情けないんだ、私は……」


 ルイーサがいきなり泣き始めたので、さすがのクリッシーも驚き慌てふためいてしまう。

 少女の涙には誰だって罪悪感を感じてしまうものだ。


「おいおい、泣くなよ。それでも艦長さんなんだろ」


 クリッシーがあやそうとすると、ルイーサは腕を振り回して振り払う。


「そ、そうだ……。私は艦長なのだ……。だから……せ、責任を取る」


 そう言って腰から拳銃を抜き、自分のこめかみに当てる。


「おい、待て!」


 ダリルが止めようとルイーサに近づくが、それより早くクリッシーがルイーサの腕を蹴り上げていた。

 拳銃は遥か遠くに飛ばされ、壁にぶつかって落ちる。


「馬鹿野郎!!」


 クリッシーの激しい怒声には、近くで叫ばれたルイーサはもちろん、ブリッジにいる敵味方全員が驚いた。


「簡単に死のうとするな!」

「だ、だが……私は艦長で……」

「だからなんだ! 艦長なら死んでもいいのか!? 周りを見て見ろ! そこにいるはお前の部下だろ? 部下より先に艦長が死ぬとは、とんでもない臆病者だな! あまりにも無責任だ! 艦長なら部下の死を見届けてから死ねってんだよ!」


 まくし立てるクリッシー。

 ルイーサの目からこぼれる涙はいっそう勢いを増す。


「ああぁ……! う、ううっ……! わ、私は……どうしたらいい……」

「生きろ! ただ生き続けろ! 生きていつか名誉を挽回しろ!」


 そして、クリッシーはルイーサを抱きしめた。


「え……」

「お前は頑張った。もう休め」

「あ……うう……うああああ……!」


 ルイーサは周りの目など気にせず、号泣した。

 そこにいるのは1000人部下を持つ艦長ではなく、ただの少女だった。

 ルイーサを堅い装甲服のクリッシーにしがみついて、泣き続ける。

 敵味方の兵士たちは、その光景をじっと見ているほかなかった。


「ダリル」

「うん?」

「この子、連れ帰っていいか?」

「は?」


 ダリルはクリッシーの発言に口をあんぐりと開ける。


「エンデュリングに連れて帰る」

「連れて帰るって……」

「いいだろ? 部屋はたくさん余ってるんだし」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」

「じゃあ、この艦をもらう」

「な……」


 ダリルは困り果てて、ついに折れる。


「分かったよ。連れて帰ろう」

「やったー! ちゃんと面倒は見るからさ」

「捨て犬かよ。まあいいさ。どの道、そうしないと俺たちは帰れない」


 ダリルは、セイレーン隊を指揮していたルイーサを人質にしようと考えたのだ。

 旗艦を制圧したとはいえ、敵のほうが数は上だ。このまま泥沼の撃ち合いになっては、両軍無事では済まない。

 それよりかはルイーサを人質として停戦し、エンデュリングに帰ったほうがよいと判断したのだ。

 ダリルたちは連絡艇を接収して、エンデュリングに戻る。

 セイレーン隊は意気消沈し、その様子をぼんやりと眺めているだけであった。

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