第10話「主砲発射」
「艦長、クリッシー少尉が出撃許可を求めてます」
ダリルはセイレーン隊とどのように交戦すべきか、考えているところだった。
「クリッシーが出撃? イレール、つないでくれ」
いろいろありすぎて、海兵隊のクリッシーが乗艦していることをすっかり忘れていた。
スクリーンにクリッシーが映し出される。
「出撃とはどういうことだ?」
「そのままだよ。あたしらも出させてくれ」
「出るってなんだよ。艦隊戦だぞ」
こちらはエンデュリング1艦。セイレーン隊は5艦。
戦艦同士の撃ち合いになり、歩兵の海兵隊が出る幕はない。
「それに、お前たちはエンデュリングとは何の関係もない。こんな危険な作戦に巻き込むわけには」
「水くせえこと言うなよ。まさに乗りかかった船だ」
「クリッシー……」
「ってわけで、突撃艇を貸してくれ」
「突撃? ってまさか……」
「そのまさかだよ」
クリッシー隊の十八番は、少数による特殊作戦だ。ごく少ない人数で、重要拠点を破壊したり、捕らわれた要人を救出したりする。
今回やろうとしていることは……戦艦の奪取だ。
「旗艦に乗り込むのか? 無茶だ」
「無茶なもんか。こっちは百戦錬磨の海兵隊だ。あっちはお飾りのセイレーン隊だろ。戦艦を乗っ取るなんてわけないね」
セイレーン隊は他の部隊より訓練を積んできている優秀な部隊だが、実戦経験はほとんどない。軍としては、彼女たちを民衆に愛されるミリタリーアイドルにしたかったので、危険な作戦には参加させなかったのだ。
だがクリッシーたちは違う。あえて危険な作戦ばかりに参加させられる、特殊なチームなのだ。
「止めたって行くんだろ」
「分かってるじゃないか。じゃ、船借りるぜ」
「護衛を出す。エンデュリングが敵を引きつけているうちに、旗艦に取りついてくれ」
「あいよ」
「あ、待て。俺もいく」
「は?」
ダリルの言葉には、クリッシーだけでなく、ネリーも驚かされた。
「艦長、何を言っているんですか!?」
「俺が行って、奴らと話をつけてくる」
「危険ですよ、そんなの!」
「一応訓練は受けている。それに、これはセイレーン隊を倒す作戦じゃない。できる限り損害を抑えて突破し、地球にある連合本部へたどり着くのが目的だ」
「それはそうですけど……」
できれば話し合いで解決したい。それがダリルの答えだった。
強引に突破しようと思えばできるかもしれない。だが、それでは双方に多大な損害が出てしまうだろう。仲間を撃つのは本望ではないし、損害を受けては地球にたどり着けないかもしれない。ならば可能性が低いのを分かっていても、敵の司令官と交渉し、平和的に解決したい。
「大丈夫だ、心配するな。ちゃんと戻ってくる」
ダリルはネリーの頭をポンと叩き、ネリーは顔を赤くする。
「そういうわけで、ネリー、エンデュリングは頼んだぞ」
「ええっ!? 無理ですよ、そんなの!」
「この艦のことはよく知っているだろ」
「そうですけど、艦長みたいにうまく指揮できるかどうか……」
「俺だって実戦指揮は初めてだった。お前は学校で学んだばかりだろ、できるさ」
「で、でも……」
ネリーは混乱し、後ろ髪をくしゃくしゃといじっている。
ネリーに能力があることは分かっている。そして戦争に臨む意気込みは立派で、芯がしっかりいるのも知っている。足りないのは勇気だけだ。
「お前ならできる。副官だろ、俺を支えてくれ」
そう言ってダリルは、ネリーの頭に自分の艦長帽をかぶせた。
「え……」
「みんなを守ってくれ。このエンデュリングとともに」
「艦長……。はい! できるだけやってみます!」
ネリーはダリルに敬礼してみせる。
「アイギス、ケラウノス、ネリーをサポートしてやってくれ。情報は早めに、必要なものに絞って」
「アイアイサー!」
そう言ってダリルはブリッジを出て、バトルユニットにある格納庫へ向かった。
ダリルはクリッシーたち海兵隊とともに突撃艇に乗り込んだ。
先にアルバトロス隊が発進し、続いて突撃艇も出る。
「勝算はあるのか?」
ダリルは装甲服に身を包んだクリッシーに尋ねる。
海兵隊は特殊な宇宙服を持ち込んでいた。通常のものより視界は悪いが、各所に装甲がつけられ、かなり頑丈にできた戦闘服だ。
手には銃を、腰にはハンドアクスを下げている。
「狭い艦内の戦闘なら負ける気しない。問題は……」
「問題は?」
「敵艦にたどり着けるか、だな」
「ああ……そうだな……」
船を出る前に落とされては話にならない。
突撃艇が敵艦艇にたどり着けるかは、エンデュリングの援護に掛かっている。
「きっと大丈夫だ」
「お、信じてるんだね、部下を」
「まあな。腕と情熱なら、どの部隊にも負けんさ」
「ははっ、それはウチも同じさ。殺しても死なない奴らばかりさ!」
クリッシーに合わせて、海兵隊の隊員たちも豪快に笑う。
この状況で笑えるとはすごいな。
何度も死線をくぐりぬけ、家族のような信頼と絆があるんだろうと、ダリルは少しうらやましく思った。
始めに撃ったのはセイレーン隊だった。
ビーム砲がエンデュリングに向けて放たれたが、ビームはエンデュリングの遥か上方を通過していく。
これはこれ以上進んだ場合、次は当てる、という警告である。
もしかすると、セイレーン隊も初の実戦で迷いがあるのかもしれない。威嚇射撃で相手が停船してくれるなら、絶対そっちがいい。
「ネリー、落ち着いて! 絶対当たらないから!」
「う、うん!」
エンデュリングのブリッジではアイギスに励まされ、ネリーが奮闘していた。
「シールドドローン、艦前方に展開させてください」
「オッケー! あたしの艦には傷つけさないんだから!」
「主砲以下、各武装も全部使えるようにしておいてください」
ネリーは自分で言っておきながら、やはり不安を感じていた。
主砲、撃つんだ、私……。この主砲を撃たないようにしたいと言ったばかりなのに……。
ネリーの小さな体が震える。
撃てば人が死ぬんだ。そんなの、平和なんてほど遠い……。
「ネリー」
「はい?」
「肩の力抜いて」
「きゃっ!?」
ネリーがバタンを後ろに倒れる。
アイギスが操作して、ネリーの座る艦長席の背もたれを急に倒したのだ。
「後悔はあとですればいいよ。生き残ったほうしか後悔はできないんだから」
「アイギス……」
ネリーにはアイギスの言いたいことがよく分かった。アイギスは気を遣ってくれているのだ。
ほんと、その通りだ。私も撃つし、相手も撃つ。何がいいとか、生き残ったあとに考えよう。
「敵艦隊、戦闘機を発進させました!」
イレールが報告する。
レーダーに敵と認定されて赤い点が増えていく。
「アルバトロス隊、交戦を許可します! 迎撃してください!」
「了解。アルバトロス隊、エンゲージ!」
無線でノイマンが答える。
アルバトロス隊の後方には突撃艇が控えている。エンデュリングはできるだけ、突撃艇の動きを隠さなくてはならない。
「ケラウノス、速度最大! 突っ込みます!」
「了解しました!」
「アイギス、ミサイル発射して。当たらなくてもいい!」
「花火ってことね! 派手にいこう!」
バトルユニットのミサイル発射口が次々に開き、一斉にミサイルが発射される。
すると敵艦もミサイルを発射して応戦する。
ミサイルが誘爆して、宇宙は無数の火球で埋まっていき、視界は白と赤で埋まる。
爆煙をすり抜けて、戦闘機同士が戦いを開始した。敵機の背後を取ってロックオンし、ミサイルを撃ち込む。この戦闘スタイルは旧世紀から変わらない。
アルバトロス隊は次々に敵戦闘機隊を落としていった。
「すごい……」
「伊達にアクロバティックやってないからねー」
ネリーはその戦果に驚くしかなかった。
アルバトロス隊は3機しかいない。相手は20機もいるのに、まったく怖じることなく突っ込んでいく。敵ミサイルを回避し、そのまま背後を取って、ミサイルを撃ち込む。敵機にすばやく接近して、機銃で翼を穴だらけにしてしまう。
セイレーン隊の戦闘機も頑張って、エピメテウスに追いつこうとするが、すぐに振り切られ、姿を見失ってしまう。探しているうちに狙われ、また一機撃墜される。
「ネリー少尉、敵艦との距離が縮まっています」
ついに主砲を撃つときが来たと、ケラウノスが告げる。
ネリーはツバをごくりと飲み込んだ。
「主砲、敵旗艦に向けてください。けど、ブリッジは避けて。ビーム砲は他の艦へ。牽制してください。ビーム砲、発射!」
「アイアイサー!」
アイギスがネリーに快く答える。実戦で全武装を使えるのがたまらない、という顔をしている。
バトルユニットの各所に設置された多数ビーム砲が発射される。それは光の雨となって、セイレーン隊に降り注ぐ。
この距離では当てることは難しく、目くらましと威圧の効果が高い。敵艦艇は熱線の弾幕にたまらず、速度をゆるめ、進路を左右に向ける。
こうして敵の陣形は容易に崩れ、エンデュリングと敵旗艦ヒメロペが一直線上に並んだ。肉眼でも相手の艦がよく見える。
「主砲発射!!」
ネリーが号令を下す。
エンデュリングの超大型主砲がついに発射された。
前方の51センチ3連装砲2基から打ち出された6つの砲弾が、セイレーン旗艦に吸い込まれていく。
「主砲命中!」
「やった!」
アイギスとネリーは飛び跳ねながら叫んだ。
砲弾は旗艦の砲塔、装甲を貫き、艦内部で炸裂した。
ヒメロペのあちこちで爆煙が上がっている。
こうしてセイレーン隊は、記念すべきエンデュリングの初砲撃を受ける名誉を賜ったのである。
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