第9話「休息」
戦闘活動を始めてから、20時間が経過しようとしていた。
これまで戦闘を経験したことのない船員たちには疲れの色が見え、これ以上、警戒態勢を続けるのは困難だった。
そこで多くの作業をAIに任せ、交代で休みを取る。もともと定員に満たない人数で運営しているため、人を減らすことに不安はあったが、他に方法はなかった。
ダリルも自室に戻り、シャワーを浴びて休んでいた。普段はあまり酒を飲まないのだが、今日ばかりは飲みたくて仕方なかった。部屋のインテリアにするぐらいの気持ちで買ったウイスキーを、酔わないぐらいにちびちびと飲む。
そうやってくつろいでいるとき、ドアがノックされた。
副官室をつなぐドアからなので、相手はネリーに違いない。
「どうぞ」
そう言うとドアが開き、ネリーが姿を現す。
ダリルは制服を脱ぎ捨て、ラフな格好をしていたが、ネリーは制服のままだった。
「休んでないのかい?」
「いえ、少し休みました」
真面目な子だとダリルは思う。
おそらくこんな状況で、何かをしなければと心を動かされ、あまり休んでいられないのだろう。しっかりした服装で来たということは、個人的な話ではなく、仕事の要件のはずだ。
「それで何か用?」
「お疲れのときに申し訳ありません。どうしてこんなことになったのか、知りたくて……」
「戦争になったこと?」
「はい……。戦争はもう100年以上起きていません。それなのにどうして急にこんなことになってしまったのでしょう……」
ネリーはしゅんと落ち込んでいる。
平和のために軍人になったのに、初日に戦争とはついていない。
「急ではないな。この世界は少しずつ綻び始めていたんだ。これまでにも小規模の戦闘は起きている」
「反政府運動ですね」
「ああ。人類が宇宙に進出したことで、人口は爆発的に増えた。宇宙戦争で多くの人が亡くなったが、この100年の平和でまた増えたんだ。人が増えれば、どうしても組織としてまとまらなくなる。同じ習慣や考えを持っている人が集まり、独自に国を持とうとするんだ。でも、連合政府はそれを許さない」
「そして、取り締まりに反対して、暴動が起きる」
「そう。政府は戦争を起こさないのが前提で動いているから、武力衝突が起きても戦争という表現は使わない。だから、大きな問題にはなっていないが、世界は完全な平和というわけじゃないんだよ」
エンデュリングが各地を回って慰問のようなことをやっているのも、暴動の抑止のためである。不満のガス抜きを行うと同時に、こんな地方でもしっかり連合軍は監視しているんだぞと思わせるのだ。
「今回のクーデターはやはり、その流れなんでしょうか?」
「その可能性は高いな。どこかの地域の運動が軍部と結びついて、軍事蜂起ということになったんだと思う。武力なしに独立が成った例はほとんどないからな」
「武力……」
さらに落ち込んだ様子で、ネリーは肩を落とす。
「戦争を起こさないためにある軍隊が戦争を引き起こすとは、皮肉だな」
「はい……こんなの間違っています」
おそらく反乱軍は、利権につられてクーデターを起こしたのだろう。独立が叶ったときには、独立政府から相応のポストが用意されているのだ。独立運動の精神に共感し、政府打倒を目指して軍事蜂起したとは思えない。
「ああ。それを糺すのが俺たちの役目だ。このエンデュリングを持って反乱軍を打ち倒す。そして、平和を取り戻すんだ」
「はい! そうですね、艦長!」
ネリーの目が輝きを取り戻す。
「エンデュリングにはそれができると思います。なんたって、平和の象徴ですから!」
「はは、そうだな」
ネリーの熱意に、ダリルは微笑をもらす。
「ところでネリー。聞きたかったんだが……」
「はい? なんでしょう?」
ダリルは少し悩んで、直球で尋ねることにした。
「どうして軍人になろうと思ったんだ?」
「え?」
「君の成績ならどんな職にでも就けただろう。なのに、軍隊に入り、わざわざ戦艦に乗り込むなんて。ただの戦艦好きとは思えない」
「そのことですか……」
ネリーはどのように説明しようか考えているようだった。
「実は……私の両親は、反政府運動のテロで亡くなっているんです」
「え?」
今度驚くのはダリルの番だった。
地球出身で、士官学校を飛び級とはエリートに違いない。当然、幸福な家庭なんだろうと思っていた。
「私がまだ小さいときのことです。両親が乗っている船がテロに巻き込まれ、武装船に沈められたんです……。政府はテロリストを説得しようとしましたが、交渉はうまくいかず……。当時のこと、もうほとんど覚えていないんですが、両親を失って私は、こんな不幸なこと起きちゃいけないんだ、起こさせちゃいけないんだと思いました。そこに関われるのは軍隊だけです。政治家になって平和的な解決を目指す方法もあるとは思いますが、言葉は力に対しては無力なんです……。力には力。力のある者だけが平和を支えることができるんです」
軍が動いて、武装船を倒してくれれば両親が助かった、という思いがあったのかもしれない。
「そうだったのか……」
ダリルはようやく、こんな小さい少女が戦艦乗りを目指した理由を理解した。彼女の言うことは、幼さから来るきれい事ではなかった。
「艦長、すぐブリッジに来てください。緊急事態です」
突然、ケラウノスが姿を現す。
「追撃か?」
「いえ、別の連合軍です」
一難去ってまた一難かと、ダリルとネリーは顔を見合わせる。
「分かった。すぐ行く」
ダリルは脱ぎ捨ててあって軍服を着始める。
「エンデュリングの意味……」
ぽつりとネリーが口にする。
「へ?」
「エンデュリングは、“恒久の”平和を祈って付けられたと聞きました。破られた平和、すぐに元通りにしましょう」
「ああ!」
ダリルとネリーがブリッジに戻ってくると、通信士のイレールと操舵手のルーファスはすでに席に座っていた。
二人もあまり休息を取れていないようで、顔や声に疲れが見えた。
「イレール、報告を」
「はい。前方に連合軍の艦影あり。セイレーン隊と思われます」
「よりによってセイレーンか……」
セイレーン隊は女性だけで組織されたアイドル部隊であった。アイドルといっても、エンデュリング隊と同じように軍のイメージアップ活動をしている部隊ではなく、戦う女を象徴する部隊である。
「通信来ました。直ちに停船せよ。さもなくば打ち落とす。です」
「いきなりそう来るか……」
セイレーン隊は「悪を断つ乙女の剣」をモットーとしており、とても好戦的な部隊として有名だった。相手は反乱を起こしたエンデュリングを止めに来たのである。
「アイギス、武装ロックは?」
「解除完了! いつでも行けるよー」
「弾薬はどのぐらい残ってる?」
エンデュリングには戦うために航行しているわけではなかったので、一回の戦闘分だけしか弾薬を積んでいない。先ほどの戦闘でだいぶ使ったはずだから、残りはほとんどないはずだ。
「特に問題なーし! 全部補充済ましてるし、各種ドローンもいけるよ!」
「え? なんで?」
「ウォーターフロントで積み込んだでしょ? あれ、全部軍事物資だったんだー」
「は?」
補給港でリストにないコンテナを大量に詰め込んだが、あれが弾薬などの戦闘に必要な物資だったという。
弾薬類は規制が厳しくて簡単に補充できるものではないのだ。政治的にいろんな予算を通して、厳正にチェックされた上で購入することができる。
「どうしてそんなことが……。いや、今はラッキーと思っておくしかないか」
「どうします、艦長? 戦いますか?」
ネリーが尋ねる。
「頭デッカチ加減で言えば、トップクラス。話して理解してもらえるとは思えない。逃げるにしても、後ろはシュテーグマン艦隊がいるはずだ。正面突破といこう」
「はい! アルバトロス隊、出撃準備させます!」
ネリーはダリルの作戦を了承し、実行のために動き始める。
しかし、ダリルの心臓は激しく脈打っていた。
ネリーのことではない。自分のことでだった。
エンデュリングは充分な武力を得て、ついに相手と渡り合うことができる。だが、今度は確実に敵を殺すことになる。
自分の命令が相手を、それも全く罪のない同胞を殺す。ダリルは誰にも判断を委ねることができず、孤独に良心と戦っていた。
恒久な平和が聞いて呆れる。
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