第8話「反乱」

「エンデュリングは撤退する。アルバトロス隊を収容しろ」


 スクリーンの映し出される火球を見て、皆が呆然としている中、ダリルは色のない声で独り言のように言った。


「艦長……撤退って……」

「俺たちの負けだ。逃げるぞ」

「でも、ウォーターフロントの人たちが……! それに乗れなかったクルーも!」


 破損したコロニーの人々を置いて逃げ出すことはできない。ネリーはダリルに反論する。


「俺たちがいるほうが危険だ」

「あ……」


 敵艦隊はエンデュリングを手に入れるために、コロニーを襲撃したのだった。それに今は、コロニーを破壊されたくなかったら降伏しろ、と脅されている状況だ。エンデュリングがいれば、さらなる攻撃を受けることになる。


「艦長、アルバトロス隊回収しました」

「エンデュリング、180度回頭。全速力でこの空域を脱出する」


 イレールの報告を受け、ダリルは航行システムを管理するケラウノスに命じる。

 エンデュリングは振り返ることなく、一目散で逃げ出した。煙幕を展開し、後続の視界を断ち切る。

 しばらく警戒していたが、シュテーグマン艦隊は追撃してこなかった。


「見逃してくれたか……」


 ダリルはため息をついきて、シートに倒れ込む。

 そのとき、ブリッジのドアが開いた。

 入ってきたのはアルバトロス隊のノイマンだった。宇宙育ちの長身で、筋肉質の厳つい男だ。

 ノイマンは一直線にダリルのもとへやってくる。


「ノイマン大尉? ご苦労だった」

「ご苦労だった、じゃねえ!」


 ノイマンはいきなりダリルの襟首を掴み上げた。


「なんだあれは! あれが戦争か! ふざけんじゃねえ!」


 ダリルはノイマンが何を言っているのか分からなかったが、戦死したアルバトロス隊のフーバーのことを言っていることは推測できた。


「フーバー少尉のことは残念だった……」

「残念だと……!」


 ノイマンはダリルを横に突き飛ばし、ダリルは転倒する。

 上官に暴力を振るうのは、軍人には絶対許されない行為だ。

 ブリッジにいる船員は戸惑い、止めることもできず呆然と見ていた。ネリーたちでは体格からして、ノイマンを止めることはできない。


「ミサイルが撃てれば、フーバーは死ななかったんだ! 今すぐロックを外せ! あと何人殺す気だ!」


 ノイマンはエンデュリングおよびエピメテウスの主兵装が使えない状態であることを言っていた。これを解除するには、宇宙連合軍の許可が必要だ。


「あれは……」

「外せないからって、そのままにしておくのかよ! 逃げたってことは降伏しないってことなんだろ! また戦うってことなんだろ!」


 武器がない状態で戦うなど馬鹿げている、というのだ。また戦闘になれば一方的にやられて、船員が死ぬことになるだろう。部下を失ったノイマンにはそれが許せなかった。


「お取り込み中のところ、すみませーん!」


 アイギスが二人の間に現れる。


「こちらをご覧くださ~い」


 そういうと、スクリーンにテレビ番組の映像が流れ始めた。


「これは……!?」


 皆、驚愕した。

 画面には「平和の象徴エンデュリング虐殺」という文字が大きく書かれている。ニュースキャスターは、戦艦エンデュリングがコロニーを爆撃して多くの死傷者を出したと報道している。

 現場の映像として、実写ビデオも流れている。エンデュリングの機銃が連合軍の戦闘機を打ち落とし、対空ミサイルがコロニーを打ち込んでいる。映像は意図的に編集され、エンデュリングのミサイルがコロニーを破壊したかのように見える。


「なんですか、これ!?」


 ノイマンの件は一気に吹き飛び、ネリーは驚きの声を上げる。


「これが全世界で流れてるよー。たぶんシュテーグマン艦隊が撮影してたんだねー。編集が早すぎるところを見ると、はじめから放送する予定だったのかな」


 とアイギスは分析する。


「はめられたってことか……」


 シュテーグマン艦隊の目的は、エンデュリングを手に入れることではなく、エンデュリングを裏切り者だと、全世界に知らしめることだったのだ。


「でも待ってください、なんでそんなことを? 私たちを落とし入れたところで、意味があるようには……」

「それは……。放送されてないようだが、おそらく連合軍本部はあいつらの一味に占拠されてるはずだ」

「本部が!?」


 ダリルはネリーに推論を語り始めた。他の船員は手を止めて、ダリルを注視する。


「今日、軍の一部がクーデターを起こしたんだと思う。それも世界各地で。ここでの戦闘はオトリだ。奴らはこのエンデュリングが欲しかったわけじゃなく、世間の目をこちらに向けるために、わざわざ俺たちを襲ってきたんだ」

「本命は本部ってことですか……?」

「ああ。攻撃をしてくるころには、本命は落ちていたんだろう。その証拠として、俺たちが武装を使えない。システムを乗っ取り、あいつらだけ使えるようにしてるんだよ」

「そんな……」


 声をもらしたのはノイマンだった。

 敵は用意周到で、弾の入っていない銃を持つ者にいきなり発砲するという、必ず勝つ条件で戦闘をしかけてきたのだ。

 戦ったら死ぬ。アルバトロス隊には出撃したときから、それが運命づけられていた。


「ケラウノス、軍のネットワーク、データベースにはアクセスできるか?」

「いえ、できません。完全に遮断されていて、本件や本部がどうなっているか、調べることができません」

「そういうことだ。だが、それがあいつらに本部を落とされた結果なのか、本部がグルで俺たちを落とし入れようとしているのかは分からん」


 皆、息をのむ。

 本部が落ちたとなれば、クーデターは成功し、連合軍は乗っ取られたということだ。後者の場合、何が理由かは分からないが、エンデュリングは全力で抹殺されようとしている。


「今、俺たちがやらねばならないことは、情報を集めることだ。だが、シュテーグマンが襲ってきたように、今は誰が敵で誰が味方か識別できない。何が起きたか確かめるには。本部に行く必要がある。本当にクーデターが起きていたとすれば、エンデュリングは本部を奪還しなければならない」

「それはそうですけど……今の放送を見た人はエンデュリングが反乱軍だと思いますよね? そうすると、私たちのほうが追われる身になるんじゃ……」


 ネリーの言葉に、船員たちは頭を抱える。

 あの放送を見た友軍や民衆は、シュテーグマン隊より、エンデュリング隊を反乱軍だと思うはずだ。そうなれば補給港に入るのも難しくなり、仲間に撃たれる可能性も出てくる。


「決断をしなくちゃいけないな」


 ダリルは自分の席に深く腰を下ろし、ノイマンを見る。


「今の俺たちに戦う力はない。このまま本部に向かっても、どこかで捕まるか、打ち落とされるだろう」

「どうするんだ? ロックを解除できるのか?」


 部下の死から来た激情を押さえ、ノイマンは冷静に問う。

 ここで艦長を追い詰めても仕方ないことは分かっているのだ。


「アイギス、何か方法はないか?」

「無理~。軍の忠実な犬であるAIがそんなことできるわけないじゃん」

「だよな。ということは……そうでなくなればいい、よな?」

「んん? どういうこと?」

「軍を抜けるんだ。軍を抜ければ、もう制限に縛られることはない。君はエンデュリングの全システムを掌握できるはずだ」


 ダリルの提案に、皆は言葉を失ってしまう。


「ぐ、軍を抜けるって。それ、脱走じゃないんですか……?」


 操舵手のルーファスが震えた声で言う。


「そうなるな。だが今は反乱軍扱いだ。どちらにしろ、このクーデターを阻止しない限り、俺たちに未来はない」

「そんなぁ……」


 ルーファスは情けない声を出す。

 エンデュリングの乗組員の多くはルーファスと同じ感想だろう。戦争がないから軍隊に入り、戦闘がないからエンデュリングに乗っているのだ。それなのに、なぜ脱走兵か反乱軍にならないといけないのだ。クーデターを起こした者の勝利に終わり、軍事法廷が開かれれば、間違いなく死刑である。


「俺は乗るぜ」


 そう言ったのはノイマンだった。


「このままじゃ八方塞がりだ。それなら軍を抜けようとも、武器を使えるほうがいい。すべては生き残ってからだ。何より、やられっぱなしは趣味じゃねえ」


 一番面倒で、一番頼もしい人間に同意を得られ、ダリルはふっと笑う。


「ネリーはどう思う?」

「わ、私ですか……!?」


 配属初日に脱走兵とは泣きたくなってくる。ようやく憧れの軍人になって、憧れのエンデュリングに乗り込んだのに。


「私は……艦長に従います。何が正しいのか、私には分かりません。でも、私は軍人です。こうしてエンデュリング隊の副官になったからには、艦長に従うことが一番正しいと思います」

「ははっ、なんだそりゃ」


 ダリルは思わず噴き出してしまう。


「だが、俺としては嬉しいね」


 ダリルにウインクされ、ネリーは少し恥ずかしくなる。


「さてと、全クルーへの説明はあとにして……。アイギス、全武装を使えるようにしろ」

「えー、それって軍規違反ですよー?」


 アイギスは心にもないことを言う。軍に従うAIとして、一応軍の命令に従っているのだ。


「いいからやってくれ。これは艦長命令だ」

「アイアイサー! その言葉、待ってたー。ちゃんと録音してあるからね。じゃ、もろもろ手続きして、全武装ロック外しまーす!」


 艦長に従ったと言えば責任を取らされることはない。命令に従って、やりたいことをやれるとは最高だ。ネリーとは違う理由で、アイギスはダリルに従ったのだった。

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