第7話「窮地」

 不意撃ちで友軍機を失った戦闘機部隊は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 その様子をレーダーで確認したダリルは、ふぅーと長いため息をつく。


「一つしのいだが、あとは……」


 主砲やミサイルが使えないなら、機銃で撃ち落としていくしかない。だが、同じ手は通じないだろう。

 相手はあのロルフ・シュテーグマンだ。次はどの手で来る……。

 士官学校時代、教官であったシュテーグマンとは対立して、よくしごかれたものだ。彼は小さな反発も許さないし、自らも起こさない忠実な軍人だ。融通は利かないが、経験は豊かで頭がいい。簡単にあしらえる敵ではなかった。


「対艦ミサイル、来ます。狙いは本艦ではなく、ウォーターフロントです」

「ちっ! そう来たか……」


 ケラウノスの分析に、ダリルは舌打ちする。


「どういうことですか?」


 副官のネリーが問う。

 なんでも聞けるのは新人の特権だ。ダリルはこんな状況だが、副官にも分かっておいてもらいたいことなので、思ったことを説明する。


「戦闘機を下げて、今度は遠距離でやろうってんだ」

「それは……被害を抑えるためですね」

「そうだ。それでコロニーを狙ってきたのは……」


 ダリルは歯がみする。


「敵はできるだけ無傷でエンデュリングを手に入れたい。だから……コロニーを人質にして、私たちを脅そうというんですね」


 ネリーに細かい解説は不要だった。

 ダリルは静かにうなずく。新人ながら、副官として任じられる能力があるのだと、ダリルは思う。

 ミサイル攻撃はただの脅しで、本気でコロニーの民間人を皆殺しにしてやろうという気は、さすがにシュテーグマンにもない。エンデュリングが降伏すれば、ミサイルを自爆させてくれる。ミサイル到達までの時間は猶予時間で、それまでに降伏せよと、シュテーグマンは無言の圧力を掛けてきているのだ。


「アイギスさん、対空ミサイルは撃てますか?」


 ネリーが自ら動いたことに、ダリルは驚く。


「アイギスでいいよ、ネリー。防衛系は特に制限受けてないから、問題なし! いくらでもいけるよ!」

「艦長! やりましょう!」

「分かった。対空ミサイル、発射してくれ!」

「りょーかい! 対空ミサイル、全基発射!」


 アイギスが返事すると、バトルユニットのミサイル発射口が開き、次々にミサイルが発射されていく。

 発射されたミサイルは、敵ミサイルに向けて一直線に飛んでいく。敵ミサイルを追尾、高速で接近する。そして、ミサイル同士は物理的に衝突した。そのエネルギーでミサイルは起爆し、大爆発が起こる。

 いくつもの大きな火花が宇宙に飛び散っていく。


「やったぁー!」


 ネリーは喜びのあまり、ついダリルにハイタッチを求めてしまう。


「あ……すみません」


 顔を赤くし、手を下ろそうとしたとき、ダリルは手のひらをちょんと押しつけた。


「やったな、ネリー」

「はい!」


 自分の提案がうまくいったことで、ネリーは年相応に無邪気な笑顔で喜んでみせる。


「あわわわわ……! ダメ! ダメだ、これ!」

「どうした?」

「何発か抜ける! なんとかして!」


 アイギスはAIらしからぬ取り乱しようだった。

 抜けるのは当然ミサイルだ。


「なんとかってっ!? おい!」


 火花と爆煙の中から、ミサイル4発が顔を出した。そしてコロニーに向かって突き進んでいく。

 このままコロニーはぶつかれば、無事では済まないだろう。ビーム攻撃でコロニーにはすでに穴が開いていて、これ以上の攻撃を受けたらバラバラになってしまう。そうなったらコロニーの住人はどうなるか、考えるまでもない。


「避難状況は?」

「壊滅的です。初動が遅れたこともあって、全然進んでいません……」

「くっ……」


 ダリルは決断を迫られていた。

 敵艦隊の降伏に降伏するか、それともコロニーを諦め、その上で戦うか逃げるか。

 降伏すれば、武力や戦争に屈することになり、平和の象徴たるエンデュリングは敵の手に渡ってしまう。

 だが……人々の命を守れないで何が平和の象徴か……!


「イレール……シュテーグマンに通信をつないでくれ」

「えっ、はい」

「待てよ、艦長」


 ダリルが降伏を決意したところで、アルバトロス隊リーダー・ノイマン大尉からの通信が割り込んで来た。


「諦めるのはまだ早いぜ。俺たちが行く!」


 アルバトロス隊の4機はダリルの返答を待たず、全速力でミサイルに急行していった。


「ノイマン、頼むぞ……」


 ダリルには拳を握り締め、ただ祈ることしかできなかった。




「こちら、アルバトロスリーダー。これより、ミサイルを狙撃する」


 ノイマン機に続いて、エピメテウス3機が突入していく。

 エピメテウスは他の機体に比べて断然、加速力が高い。こうした任務には最適と言える。だが、問題は射程の短い機銃しか使えないことだ。ぎりぎりまで接近して、ミサイルを銃撃するしかない。


「一人1個だ。競争しなくていいぞ!」

「おう!」


 ノイマンに勇ましい隊員たちが答える。

 ミサイルは戦闘機と違って回避機動を取ったりしない。打ち落とすのはそう苦ではないが、接近のタイミングを誤れば、ミサイルともども爆発しかねない。減速できず、そのままコロニーに突っ込むことだってある。


「1ついただき!」


 ノイマンはミサイルに対して垂直に突っ込み、ミサイルの土手っ腹に機銃を撃ち込む。

 ミサイルにはいくつものの穴が開き、火花が散ったかと思えば、周囲を包み込むほどの爆発が起きていた。

 ノイマン機は射撃後すぐに離れていたため、巻き込まれなかった。


「さっすが、隊長!」

「俺も行くぜ!」


 隊員たちは次々にミサイルに向かっていく。

 また1つ、ミサイルが花火のように宇宙を照らす。続いて機銃がうなり、ミサイルが消える。あと1つ。

 最後にアルバトロス隊3番機が機銃をミサイルに撃ち込む。弾はミサイルに命中した。だが、ミサイルは爆発しなかった。角度が浅く、ミサイルのボディを貫くことができず、はじかれてしまったのだ。

 ミサイルは何もなかったかのように、コロニーへ進撃していく。

 3番機は機体を旋回させて再びミサイルに向かうが、高速で一瞬通過しただけの距離がロスとなって、なかなか縮められない。

 破れかぶれになって機銃を放つが、ミサイルに命中しない。


「アルバトロス3、諦めるな!」


 ノイマンは叱咤する。

 それに応えて3番機はペダルを踏み込み、さらに加速する。


「よし、今だ!」


 3番機のパイロット、トミー・フーバーはミサイル撃墜を直感した。そしてトリガーを引く。

 だが弾が出なかった。

 何度も何度もトリガーを引いても、弾は出ない。

 これまでの戦闘で弾を撃ち尽くしていたのだった。


「アルバトロス3、俺が行く! 離れろ!」


 ノイマンは機体を返し、ミサイルに直進させる。


「ノイマン大尉! 俺がやります!」


 ノイマンはフーバーの言う意味が分かっていた。今からノイマンが向かっても間に合わない。フーバーは自分でなんとかする気なのだ。


「馬鹿野郎!」


 ノイマンは叫ぶが、次にどう命じていいのか分からなかった。ただペダルを踏み込み、戦闘機をフーバーに近づけることしかできない。

 フーバーが止めなければ、ミサイルはコロニーに命中する。だがフーバーは……。


「人を守るのが仕事だぁぁーっ!」


 フーバーはミサイルの進路をふさぐように突入した。

 フーバーの読みと腕は一流だった。

 フーバーの乗るエピメテウスの腹は、ミサイルの頭とぴったりぶつかる位置で交差した。ほんの一瞬でもタイミングがずれれば、両者はむなしく通り過ぎてしまう。だがフーバーはやり遂げた。

 ノイマンの目の前で大きな爆発が起こる。


「フーバー!!」


 ノイマンの叫びは無線を通して、アルバトロス隊員、そしてエンデュリング船員の心を震わせた。

 エンデュリング隊、設立から15年。彼が初の戦死者となった。

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