第6話「戦闘」

「敵艦、砲撃! すべて威嚇です」


 ブリッジにケラウノスの声が響く。

 執事のような格好をしているケラウノスは至って冷静だ。


「だが、コロニーには当たる! シールドドローンを展開させろ!」

「了解、艦長!」


 ケラウノスはドローン群を制御して、コロニーの前面に移動させる。

 ドローンは折りたたまれた装甲を開き、十字型の盾のような形になる。

 敵艦の放ったビームが接近する。

 ドローンはビームの射線上に先回りし、そしてビームをその装甲で受けた。装甲は高熱で一瞬にして融解し、ドローンは跡形もなく消え去る。

 ビームはそのままコロニーに向かって直進するが、次に回り込ませたドローンが受ける。ドローンはまた四散するが、ビームは次第に威力を失っていき、コロニーに当たる前に途絶えた。


「ビームはもう来ない! 次は戦闘機が来るぞ!」

「あ、その通りです! 敵艦隊、戦闘機隊を出撃させました。その数……30、いえ……50機はいます!」


 イレールはレーダーの捉えた数をカウントする。

 多すぎる。こちらは戦闘をするために戦闘機を積んでいるわけではない。航空ショーで使うために、5機を持っているに過ぎないのだ。そのうち1機はダリルの搭乗機で、ダリルがブリッジにいる以上、出撃はできない。


「ダリル、アルバトロス隊、実弾の装填終わったよ。出撃は……やめとく?」

「そういうわけにもいかんだろ」

「でも、武器は機銃以外使えないし」

「あ……」


 アイギスの言うように、戦闘機も主兵装は封じられている。本部から許可が下りないことにはミサイルを撃てない。


「発進は中止だ」

「りょーかい」


 数の上でも武器の上でも相手のほうが上。このまま出て行っても、すぐに落とされてしまうだろう。


「艦長、アルバトロス隊のノイマン大尉がコンタクトを求めてます」

「ノイマン大尉が? つないでくれ」


 スクリーンに険しい男の顔が映し出される。アクロバットチーム・アルバトロス隊リーダーのフランシス・ノイマンだ。


「おい、出撃中止とはどういうことだ!」


 怒りに満ちた声がブリッジに響く。

 ダリルは反射的に苦い顔をする。航空ショーのときは彼の率いるチームと一緒に飛ぶが、どうも苦手なのである。自分より年上で、態度が大きく反骨的。どっちが偉いのか、分かったものではないのだ。


「どうもこうもない。武器が使えないんだ。出て行ったところで、ただの的になる」

「俺が墜とされるとでも? 馬鹿言ってんじゃねえ!!」

「今言い争ってる時間はない。とにかく出撃は取りやめだ」

「知らねえ! こっちは死ににいくつもりで、スタンバイしてんだよ! それを中止とはどういうことだ! 説明しやがれ!」


 現場のピリピリした様子が伝わってくる。

 戦闘機隊は母艦を離れて戦うことなり、最も敵に近く、最も死が近い。彼らはすでに覚悟を決めた上で、戦闘機に乗り込んで出撃を待っていたのだ。

 ダリルは迷っていた。彼の意気込みを買ってやりたいが、艦長として無駄死にをさせるわけにはいかない。


「くそっ! 出撃を許可する!」

「艦長!?」


 思わぬ判断が下り、ネリーが素っ頓狂な声を上げる。


「話が分かる艦長さんだ! アルバトロス隊、出撃するぜ」


 対して、ノイマンは180度変わってご機嫌だった。


「本艦の直掩についてくれ。無理はしなくていい」

「あいよ。俺だって無駄死にする気はない」


 エレベーターが稼働し、バトルユニットの甲板上に戦闘機が4機並ぶ。

 翼を広げると、三角形がシルエットが特徴的な機体で、エピメテウスと呼ばれている。エンデュリングと同時期に開発されたものだが、最新機という扱いになる。戦闘機も戦艦と同じく、平和になったため技術の進化が止まり、長い間、新型機が開発されていないのだ。

 ただ機動性を重視した機体で、強力なブースターを持つ、各部にたくさん取り付けられたスラスターにより、宇宙空間を縦横無尽に駆け回ることができる。それはアクロバット飛行には優れた性能だったが、武装が非常に貧弱で戦闘機らしくない。そのため、出来の悪い愚鈍な弟神であるエピメテウスの名がつけられている。

 そして、アクロバットで映えるようにと機体は白く塗られている。宇宙空間ではそれがとにかく目立つ。


「全機、着艦するまでがピクニックだぞ! アルバトロス隊、出撃!」


 ノイマンが号令すると、カタパルトからエピメテウスが次々に飛び立っていく。

 巨大なエンデュリングからすると、小さな白い鳩が飛んでいったようにも見える。


「艦長、大丈夫なんでしょうか」


 発進したばかりの4つの光と、遠くから迫ってくる無数の光を見比べて、ネリーが不安をもらす。


「大丈夫だ。きっとやってくれる」


 ダリルはそういうが、勝利のビジョンが見えないネリーは不安で仕方なかった。

 すぐに敵機との交戦が始まった。

 敵機はイエロージャケットと呼ばれている量産機。100年以上前に設計された機体だが、中身は新しいものに交換されていて、今も昔も連合軍の主力機となっている。黄色いボディがスズメバチのように見えることから、そうあだ名される。


「敵機、ミサイル発射!」


 敵の戦闘機部隊は、アルバトロス隊を追うチームと、エンデュリングを押さえるチームに分かれたようだった。

 アルバトロス隊は機体の特性を生かして回避に専念し、なんとか撃墜されずに済んでいるが、防戦一方だった。数が圧倒的に負けているため、どうしても追われることが多くなってしまう。

 エンデュリングは、イエロージャケットから発射されたミサイルの雨を食らうことになる。


「きゃあああっ!?」


 ミサイルがエンデュリングに命中し、船体が激しく揺れる。


「ひいい! エンデュリングのお肌がぁ! ダリル、反撃しないとやられちゃうよ!」


 自分の体を傷つけられたと同然のアイギスは、ダリルに喰ってかかる。


「まだだ! まだそのときじゃない!」

「何かっこつけてんのよ! そういうのは作戦があるときに言う台詞でしょ!」

「電磁装甲は稼働してるんだろ? 耐えろ!」

「そう言っても限界はあるからね!?」


 電磁装甲とは、戦艦の表面に付けられた特殊装甲で、電気や磁場の力で外からの威力を減衰させる。無敵というわけではなく、繰り返し使っているとオーバーヒートして、使い物にならなくなってしまう。


「よし、今だ! アルバトロス隊を艦の後方に下がらせろ!」


 ダリルの命令を素早くイレールがアルバトロス隊に伝える。


「従ってくれるでしょうか?」

「平気さ。ノイマンは作戦中に勝手なことはしない」


 さっきの言い合いを見たあとなので、ネリーはノイマンを疑ってしまう。

 だが、ダリルの言った通りになった。

 アルバトロス隊の4機が敵に背を見せ、エンデュリングに向かってきたのだ。

 敵機もそれを追うように、エンデュリングにすごい勢いで接近してくる。


「よし来た! よく引きつけて撃てぇ!」


 アルバトロス隊がブリッジのすぐ上を通過する。

 敵機がエンデュリングの先端にさしかかると、バトルユニットのあちこちから格納されていた機銃が展開し、ハリネズミの針のように逆立ち始める。そして、一斉に銃弾が放たれた。

 無数の弾が敵編隊を襲う。

 戦闘機は次々に穴だらけとなり、火の玉になって消えていく。

 勘のいいパイロットは機銃の火線を死に物狂いでくぐり抜けていくが、火線の道はどんどん狭まり、やがて袋小路となって最後は退路を奪い、戦闘機は砲火の壁にぶち当たる。


「ようし!」


 ダリルは大きく腕を振り上げ、ガッツポーズを取る。


「ちょっと、ダリル! そういう作戦なら始めに言ってよ!」


 アイギスがプンプンとしている。


「言わなくても分かったじゃないか」

「なっ!? ふん、あたしだからできたのよ! 感謝してよね」


 ダリルはあえて反撃をせず、近づいても危険はないと相手の油断を誘った。そこにアルバトロス隊が敵編隊を誘導することで、一気に大勢の敵を対空機銃の射程内に引き入れたのだった。

 アイギスはそれを直前で理解し、艦上の機銃を展開させ、敵機の進路や回避行動を予測して機銃で追い、多くの敵を一度に墜としたのだ。高性能AIのなせる技だった。


「感謝してるって。上出来、上出来」


 ダリルはアイギスの立体映像をなでる。


「すごい……」


 ネリーは驚くことしかできなかった。

 意思疎通を図らず、アルバトロス隊やアイギスと連携をしてみせたのだ。艦長の能力はもちろん、その信頼感もすごいと思ったのである。

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