第5話「出撃」
エンデュリングは急いで出港準備に入る。
「搬入は中止。物資は投棄せよ。すぐに出るぞ!」
「ええ~もったいないよぉ……。むうぅ、りょーかい!」
アイギスはしぶりながらも、すぐにドローンへの命令を変更する。
外に係留されているバトルユニットへの搬入が中止され、物資は宇宙空間に投げ捨てられていく。
「艦長、まだ乗り込めてない人がいます!」
艦長席の隣にある席に座ったネリーが、たくさんの情報が表示されているスクリーンをせわしなく操作しながら、ダリルに報告する。
「あとで回収する。今は発進を優先させろ」
「あ、はい。ドックとの接続、すべて解除します……」
ネリーも思うところがあるが、経験のない自分が何か言えるときではないと、命令を素直に実行する。
接続部のシャッターが降り、エンデュリングを固定しているアームが外される。
「ウォーターフロントは被害多数。外壁を破損し、死傷者が出ています。市長から問い合わせが!」
ケラウノスの報告に、ネリーはマユをひそめる。
これは本当に戦争なんだ……。人が死んでいるんだ……。そこに私がいるんだ……。
自分が戦艦に乗っていることを、嫌でも感じさせられる。
「今は何もできん。あとで連絡すると伝えてくれ」
「はい、了解しました」
戸惑っているネリーとは対照的に、ケラウノスはダリルの指示に従い、冷静に的確に対処していく。
「ダリル、すべて準備完了! いつでも出られるよ!」
アイギスはウインクして、親指を突き立てて合図する。
「よし! エンデュリング、発進!」
ドックのハッチがゆっくりと開き、ブリッジから宇宙空間が見える。肉眼では見えないが、暗黒の先に敵艦隊がいるはずである。
エンデュリングのブースターに火がつき、ゆっくり前進していく。
ドックを出ると、ウォーターフロントの様子が肉眼で見えた。
コロニーに大きな穴が開き、空気が漏れ出し、外にコロニーの中にあったはずのものがあふれ出して来ている。車や木、そして人や動物……。さっきまで動いていたものは、活動を停止して冷たい宇宙をさまよい始める。
それを見た者は、すぐに目をそらしてしまう。
「こんなことが……」
ネリーは目に涙をため、絞り出すように声をもらした。それ以上は何も言えそうにない。
「見るな。見たところで何もしてやれない。今はやるべきことに集中しろ」
「は、はい」
すでに壊れたものを元に戻すことはできない。できるのはこれ以上壊させないこと。
そのための戦艦。そのためのエンデュリング……。
「バトルユニットと合体する。アイギス、火器の封印を解除する。だが命令があるまで絶対に発砲するな」
「任せて、ダリル!」
「アイハブコントロール。バトルユニットの制御をいただきます」
この状況で怖じることなく、任務を遂行するダリルとAIたち。ネリーには彼らが頼もしく見え、同時に役に立たない自分を呪った。
バトルユニットのエンジンに火が入る。コアユニットは合体すべく、バトルユニットにゆっくり接近していく。
「か、艦長! やっぱりマゴニアから返答ありません!」
イレールはマゴニアに呼びかけ続けていたが、結局、相手は通信を遮断し、何も言ってこなかった。
「やっぱりそうか」
「やっぱり? どういうことですか?」
ネリーはダリルに尋ねる。
「返答しないが、続けて攻撃もしない。つまり、奴らはエンデュリングを沈める気はないということだ」
「そ、そうなんですか?」
「おそらく、取り囲んで無傷でこの船を奪おうとしてるんだ。目的は分からないがな」
相手は始めに降伏勧告をしたまま何も言わないので、何を企んでいるのか知ることはできない。
だが、危機が迫っている以上、手を打たなければならないだろう。
「ねえダリル、それで結局戦うの? 連合軍の奴らと」
皆が聞きにくかったことを、アイギスが率直に言ってくる。
相手は敵対行為を取っているとはいえ、同じ軍に所属する仲間。その艦隊と戦ってよいのか、皆疑問だったのだ。
「俺にはこの艦を、この船員を守る義務がある。奴らは軍隊であり軍人だが、民間人を殺した。俺はこの行為を許さない。艦隊ごと軍を抜け、海賊となったと断定する。海賊がエンデュリングを奪おうとするならば……俺は戦う!」
ダリルは覚悟を決めていた。
誰だって仲間と戦いたくはない。けれど、コロニーは被害を受け、死者が出ているのだ。もしかすると、船員もすでに巻き込まれているかもしれない。
「でも、戦力差は明らか。戦えば負けるよ?」
ネリーやイレールがダリルの言葉に奮い立つものを感じたのに、アイギスは空気を読まず、話を折ってくる。
「はは、分析ありがとう。相手は戦艦12隻、こっちは1隻だ。ウォーターフロントを守りながら戦って勝てるわけがないな。だがみすみすエンデュリングをくれてやる気はない。それに、この艦とて無能ではないさ」
エンデュリングには巨大主砲がある。全長1キロに及ぶバトルユニットがある。1隻とはいえ、そんじょそこらの戦艦とは違うのだ。
「艦長、連合軍本部との連絡が取れません」
地球にある国際宇宙連合軍の本部に、事実内容を確認していたケラウノスが告げる。
「ジャミングか?」
「いえ、通信は届いているはずなのですが、なぜか返答がないのです」
「どういうことだ……」
ダリルは後ろ髪をくしゃくしゃとかく。
本部はシュテーグマン艦隊の叛意を知らないのか。把握しているが何も対応しないのか。それとも、この攻撃自体が本部の指示なのか。そうだった場合、なぜエンデュリングが狙われなければいけないのだろうか……。
「艦長、シュテーグマン艦隊、再び発砲しました。今度は複数!」
ケラウノスの通達後、数秒してから数本のビームが付近と通り過ぎていく。またも威嚇射撃だ。ウォーターフロントの外殻をかすめて、破片が飛び散っていくのが見える。
「艦長、このままじゃ……」
ネリーは不安に押しつぶされそうになっているようだった。
「ああ、分かってるさ。シュテーグマン艦隊を敵性勢力と認定。エンデュリングはこれより、艦隊戦に入る。アイギス、こちらも撃つぞ!」
ダリルは意気揚々と言い放つ。
「ダリル、ごめん! やっぱダメっぽい。撃てないやー」
「へ?」
「メイン兵装はすべてロックがかかってる。本部から認可が下りないと、一発も撃てないよ!」
そうだった……。
軍隊の軍事行動はほとんどのケースで認められていないため、本部が必要と認めないことには攻撃できないことになっているのだ。
平和時における軍隊というのは、こういうものである。
「ちょっと待て。なら、なんであいつらは撃ってきてるんだよ!」
「知らないよ~!」
ダリルの疑問は当然だった。
あっちもこっちも条件は同じはずだ。どうして向こうだけが撃てるのだろう。
「奴らには命令が下りている……?」
考えたくもない。本部はシュテーグマン艦隊にエンデュリング攻撃を命じたのか。
「いや、本部も攻撃を受けて……システムを掌握された……?」
本部を乗っ取られた。つまり、クーデターだ。軍の一部が離反して、本部の機能を手中に収めた可能性がある。その場合、シュテーグマンはその手先なのだろう。
「そんな、馬鹿なこと……あり得るのか……」
100年の泰平を打ち壊すのは、国家間の戦争ではなく、軍部間で行われたクーデターだったとは。
シュテーグマン艦隊がエンデュリングを押さえようとしているのは、クーデターの一環なのだろう。そう考えると、いろいろ合点がいく。
「バトルユニットとの合体完了。全システム、オールグリーンです」
ダリルが考えている間に、エンデュリングはバトルユニットと合体した。1キロある巨体にすっぽり収まるようにドッキングする。コアユニットは、上甲板にある主砲とブリッジ部分が表に出ている形だ。
「艦長、敵艦が接近してきます……!」
イレールが叫ぶ。
スクリーンに映し出された拡大映像には、艦隊のブースター放つ光が複数見える。
「艦長、どうしますか……?」
ネリーが震えた声で言う。
「艦長、ご命令を」
ケラウノスはどんな命令でも実行すべく待機している。
「ダリル、逃げたほうがいいんじゃない?」
アイギスは状況を見て、最適と思われる答えを提案する。
ダリルは拳を強く握り締めていた。怒りや迷いが一度に襲いかかり、手が震える。閉じた手を開いて、また閉じて。
「……………………戦う」
ダリルは少しの沈黙のあと、力強く言い放った。
「全兵装、実弾を装填! ミサイルも一応、用意しとけ! ドローンは全機発進! アルバトロス隊は何機出られる!?」
「え、あ……戦闘機全4機、スタンバイできてるって!」
「オーケー! 装填完了次第、すぐに発進させてくれ」
「アイアイサー!」
アイギスは楽しそうに応答する。
ただ無邪気な少女だった。火器管制を司るAIとして、ようやく戦えることが嬉しいのだろう。
「さて、どうしたものか」
ダリルの額に冷や汗が流れる。
啖呵を切って意気は高揚しているものの、このあとどう事態が転ぶかは不安でしかなかった。ダリルもこのエンデュリングでの実戦は初めてなのだ。
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