第4話「急転直下」
ダリルはエレベーターを使って、甲板へと上がった。
甲板はほとんどが真っ平らで、視界が開けている。背の小さいネリーの姿も、簡単に見つけることができた。
エンデュリングのコアユニットには、51センチ3連装砲が前部に2基、後部に1基が設置されている。当たったら何でも破壊できるのではないかと想像させる巨大さがあるが、基本的に撃つのはパレード用の祝砲だけである。それでも大きな砲塔から発射される花火は大迫力で、その轟音から健康被害を訴える人が時々いるくらいだ。
ネリーはぽつんと一人で、その砲塔を見上げていた。
「やあ」
ダリルは髪を手ぐしで整えてから、ヘラヘラした顔で片手を上げて、差し障りのない挨拶をする。15年下の副官に謝りにいくというのも、ちょっと恥ずかしいのだ。
「艦長」
ネリーはダリルに気づいて振り返る。
「さっきは」
「さっきは」
声がかぶる。
「あ……。さっきはごめん」
「いえ、私こそ生意気なことを言ってすみませんでした……」
ダリルが先に謝り、これで一応、年上の面目を保つことができた。
「ネリーは戦艦が好きなのか?」
「はい。小さいころからの憧れでした。この大きな主砲、とてもカッコイイです」
ダリルはネリーの子供っぽい意見に微笑する。
「戦艦は戦うための船です。人や物を破壊するだけで何も生み出しません。この主砲も弾を撃てば、多く命を奪うことができてしまいます。でも、戦艦は戦うことで守れることがあることを教えてくれる存在だと感じてます」
「戦うことで守れる?」
「人を守るには力がいるんです。もちろん力は人を傷つけるものなので、それを保持したり見せびらかしたりするのは、嫌われても仕方ありません。けれど、戦艦は堂々とここに居座っています。人に嫌われようと、蔑まされようと……決して逃げたりしません。人々を守るために」
「ネリー……」
ネリーの言うことに感じ入ってしまう。ネリーはただの戦艦ファンというわけではなかったようだ。何が15歳の彼女にこう思わせたのか、ダリルは不思議だった。
「この主砲はお飾りなんですよね」
ネリーは寂しそうに言う。
「ああ。未だに訓練以外で実弾を撃ったことがない」
「でもそれは、平和ということですよね。撃たないほうがいいですよね」
「そうだな。退役するまで一度も撃たない、それが平和の象徴であるこの艦の本懐かもしれない」
「ちょっと残念ですけど、それが一番ですね」
ネリーはてへへと無邪気な笑みを浮かべる。
「まあ、たまにある実弾訓練では撃つこともあるさ。そのときは戦艦のかっこよさを味わおう」
「はい! そのときを楽しみにしてます!」
それがいい、本当に。
ダリルはネリーの笑顔を見て、改めてそう思った。戦艦は戦うよりも、眺めているほうがいい。象徴として存在し、皆にかっこいいと思われているくらいがちょうどよいのだ。
「艦長! すぐ来てください!」
当然、ケラウノスが現れる。冷静沈着な彼が慌てているのは非常に珍しい。
「どうしたんだ?」
「ここでは言えません。ブリッジへ早く!」
ダリルとネリーは顔を見合わせる。
いったい何が起きたというのか。
「分かった。すぐ行く」
ダリルは甲板から高くそびえ立つブリッジへと向かう。
だがすぐに足を止めた。
ネリーがついて来なかったのだ。
「ネリー、どうした?」
「重大なことが起きているんでしょう?」
自分には聞く権利がないほどの大きな事件が起きている。ネリーはそう思っているのだ。
「ああ、重大なことだ。だから付いてきてくれ」
「え、でも……私なんかが……」
ネリーは恐縮している。新人の自分が大事に関わってはいけない、という思いがあるのだろう。
「君でいいんだ。だって、俺の“副官”だろう?」
「あ…………。はいっ!」
ネリーは少し考えてから、元気よく答えた。そして大きく跳躍し、ひと飛びでダリルに追いつく。
だが、そのままダリルを飛び越してしまいそうになる。低重力下の動きにまだ不慣れなのだ。
「手を」
ダリルは手を伸ばして、宙をただようネリーの小さな手を掴んで引き寄せる。
その勢いのまま流れていきそうになるのを、吸着力のあるブーツで甲板を踏みしめてとどめる。
「す、すみません……」
ダリルの胸の中で、ネリーは恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。
「慣れていけばいいさ」
ダリルはネリーの手を引いて跳躍し、ブリッジに直接行き来できるエアロックに飛び込んだ。
「いったい何事か」
ダリルはブリッジに入るなり問う。
ブリッジには通信士のイレール、操舵手のルーファス、そしてAIのケラウノスとアイギスの姿があった。
「連合軍所属艦マゴニアから通信が入っています」
イレールは画面を凝視したままダリルに答える。
金髪碧眼の女性で、髪を一つに束ねている。普段は優しいアナウンスが船員の心を癒やしてくれるが、今は低く落ち着いた声で話している。
「通信? 読み上げて」
「読み上げます。エンデュリングに告ぐ、ただちに武装を解除して降伏せよ、です」
ダリルは耳を疑った。
それは海賊の常套句ではないか。なぜ同じ軍隊に所属する艦がそんなことを言ってくるのか。
「え? マゴニアが俺たちに? 間違ってないか?」
「はい。間違いありません。マゴニアからエンデュリング宛てです」
冗談を言っているわけではないのは、声のトーンから伝わってくる。
ダリルは艦長席に座り、ネリーはすぐ横に立った。
「マゴニアの位置は?」
「ウォーターフロントから300キロ。微速で接近してきています。数は12。シュテーグマン艦隊の全艦艇が集まっています」
かなり近い。すぐに手を打たなければ、包囲されてしまう距離だ。
「どう思う、ネリー……?」
状況がぶっ飛びすぎていて呆れることしかできず、隣にいる副官に相談したくなったのだ。
「ど、どう思うと言われても……」
ネリーはきょどるばかり。
艦長でも分からないことが、今日配属されてきた新人に分かろうはずがない。
「イレール、とりあえずマゴニアに事実確認をしてくれ。ケラウノス、本部に問い合わせを」
イレールはすぐに無線でマゴニアに呼びかけ始める。
「何のつもりなんだ……」
「イタズラじゃない?」
緊迫した空気の中、軽い感じで話しかけてくるのはアイギス。
「そうならいいんだが、イタズラにしては度が過ぎてるだろ……」
「頭おかしくなっちゃった? 相手の艦長もしくはAIが」
「暴走? ……そんな馬鹿な」
ファジーな言動をするのは、この艦のアイギスとケラウノスぐらいである。他の艦のAIは人間の言うことに忠実で、不確実なことを絶対に言わない。ましてや、他の艦に降伏勧告を勝手に送るなど、あり得ない。
「艦長、念のため全乗組員に乗艦命令を出したほうが……」
ネリーの助言で、ダリルは自分も気が動転していたことに気づく。
「ああ、そうだな。ありがとう、ネリー。アイギス、総員に乗艦指示を。あと、物資搬入はどうなってる?」
「もう少し掛かるよ。急がせるから、あと一時間待って」
「上出来」
あれだけの量の物資を一時間で詰め込めるとは、たいしたものだとダリルはアイギスを褒める。
「艦長、何度呼びかけてもマゴニアから応答ありません! どうしましょう!?」
イレールが悲痛な声を上げる。冷静さを失いつつあるようだ。この異様な状況、訓練でもあり得ないのだから仕方ない。
「乗艦および搬入が終わり次第、発進する。ケラウノスは各所に通達。イレーヌはマゴニアには呼びかけ続けてくれ」
「は、はい! 艦長!」
こういう事態では、おのおのに分かりやすい仕事を与えた方が安定するものだ。イレーヌは懸命にマゴニアに連絡を取ろうとする。操舵手のルーファスも、出港に向けて、計器やデータの確認作業に入る。
「大丈夫ですよね、艦長……」
ネリーは不安そうな目でダリルを見る。
「大丈夫だ。どうにもならないさ」
ダリルはネリーに、そして自分自身に言った。エンデュリングが主砲を撃つことになんて、絶対にならない。そんなことあってはならない。
ダリルは相手の艦隊司令官を知っていた。
ロルフ・シュテーグマン。50歳近い、質実剛健の軍人らしい軍人だ。士官学校の教官を務めていたこともあり、ダリルは昔教わったことがある。
馬鹿なことをやる人じゃないさ。
ダリルはそう思いながらも、心臓が高鳴るのを感じていた。イタズラや遊びでこういうことをやる人ではない。だが、本気だったら……?
「高エネルギー体、接近!」
ケラウノスが叫ぶ。
「撃ったのか!?」
ダリルは思わず席から立ち上がる。
敵はビーム砲を撃ってきたのだ。
「艦長……」
ネリーが今にも泣き出しそうな声で訴えてくる。
「威嚇だ。当たらないさ」
まさか撃ってくるとは思わなかった。しかし、それは威嚇でも、実弾を撃ってきたら、もうイタズラでも訓練でもなく……戦闘だ。
突然、轟音とともに強い衝撃が走る。
船が大きく揺れ、席を立っていたダリルとネリーはバランスを崩して転んでしまう。
ダリルはネリーをかばって下敷きになる。
「ご、ごめんなさい……」
ネリーはすぐに立ち上がって、ダリルに手を差し出す。
「くっ、何事だ?」
「マゴニアの主砲がウォーターフロントに直撃しました!」
すぐにケラウノスが報告する。
「民間コロニーだぞ!?」
本気だ。奴は本気なんだ……。
最悪な事態が訪れてしまった。被害が出てしまった以上、対処しないわけにはいかない。何かの間違いだと認めないのは、軍人には許されない行為。
ダリルはごくりとツバを飲み込む。
「これより、エンデュリングは緊急発進を行う。各員、配置につけ!」
エンデュリングは初の戦闘行動に入った。
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