第3話「乗艦」

 ダリルはケラウノスに言われて、エンデュリングがあるドックと港湾施設共用部をつなぐゲートにやってきた。

 ゲートには見ただけで軍人と分かる、迷彩服を着たガタイのいい屈強な男女が20人ほど集まっていた。


「おー! ダリル、久しぶりー!」


 その一団の一人がダリルの姿を見つけて、手を振る。

 男性の中に交じっても埋もれない、長身な女性だ。短髪で、はつらつとして爽やかな印象を受ける。


「クリッシー? こんなところでどうしたんだ?」


 クリッシーはダリルの同期で同い年の30歳。お飾りの軍人が多い中、実戦部隊である海兵隊に所属していた。海兵隊は上陸作戦、敵地に攻め込むのを得意としている部隊だ。その中でも、クリッシーは潜入や破壊工作に特化したエリート特殊部隊にいる。つまり、正真正銘の戦闘のプロである。


「任務だよ、任務。しばらく世話になるよ」

「へ? エンデュリングに乗るのか? 海兵隊がなんで?」


 エンデュリングは広報用の象徴船。とにかく目立つために存在するもので、特殊部隊が乗るような船ではない。


「さあ? 詳しいことは聞いてないけど、ここでエンデュリングに乗り込めって命令なんだよ。ただの相乗りで、どっかの港で、別の船に乗り込むのかもな」


 まさか特殊部隊が目立つ艦で移動するわけない、という真理を利用した作戦なのだろうか。軍の偉い人が考えることはよく分からない。


「ケラウノス、何か連絡を受けているか?」


 ダリルは左腕につけた時計型インターカムで、ケラウノスを呼び出す。

 基本的にAIは、全乗組員のマイクで拾った音声をすべて聞いている。自動で情報を選別し、必要があれば反応してくれる。


「いえ、それが何もないのです」


 それがケラウノスの言っていたトラブルなのだろう。あらかじめ人事部より連絡があれば、艦長に確認取ることなくネリーを艦に入れたように、この件もケラウノスが判断して対応してくれたはずだ。


「クリッシー、乗艦について何も連絡が来てないようなんだが……」

「ええっ? そんなバカな。これを見てくれよ」


 クリッシーは荷物から紙切れをダリルに手渡す。

 それは軍の命令書だった。


「今時、手書き……?」

「うちらでは珍しくないさ。急によく分からない命令を渡されるんだ。とりあえず言われたところに移動して、現場で細かい説明を受ける」

「へえ、そういうものなのか」


 命令書には確かに、ウォーターフロントでエンデュリングに乗艦するようにと書かれていた。偉い人のサインもしっかり入っているので、間違いなく本物だ。


「分かった。乗艦を許可するよ」


 海兵隊員たちはざっと音と立てて足をそろえ、手を頭の横に当て敬礼する。

 突然のことで、ダリルはビックリしてしまう。


「クリッシー・スフィフト少尉、以下海兵隊24名! しばらくの間、お世話になります!」


 クリッシーはきびきびとした言葉、真剣な顔で告げる。

 軍隊の儀礼とは無縁な緩い生活をしていたので、ダリルは戸惑ってしまう。やや遅れて、敬礼を返す。


「それじゃあ、よろしくな。ダリル」


 敬礼を崩して、クリッシーがニカッと笑う。

 それはダリルのよく知る同期の顔だった。




「ダリル~、次はこっち来てくれない?」

「こっちってどっちだよ」


 アバウト過ぎるAIアイギスに呼ばれて、今度は物資搬入口に来ていた。

 仕方ないので船下部に接続されている物資搬入口へ向かう。

 そこには船に運ぶべきコンテナが、大量に置き去りにされていた。


「これはどういうことだ……?」

「だからトラブルなんだって!」


 仕事をしてくれないAIに対して、ダリルはあきれ顔だ。

 人の手を減らすためにAIがいるはずなのだが、最終的な判断は人間がしなければいけないことも多い。

 アイギスの場合、めんどくさがって自分で判断しないこともある。自分で判断する能力はあるのだが、AIが勝手に判断してあとでトラブルになるケースもあるため、アイギスは先に人間に確認を取ってから、行動するようにしている。ダリルも変なことをされるよりか、そっちのほうがいいと、アイギスに伝えてある。


「リストにない荷物がたくさん入ってきちゃってるの」

「リストにないもの? 多いってもんじゃないぞ、これ……。合わせると船よりデカイんじゃないか……」


 大型貨物を搬入するための通路がコンテナで埋まっている。長い行列はどこまでつながっているのだろう。エンデュリングに収まりそうもない。


「誤発注じゃないよな?」

「それはないよー。あたしが発注したんだもん」


 物資の管理はすべてAIが行っている。

 間抜けそうなAIだがこう見えて高性能、そしてしっかり者のケラウノスと相互チェックをしているから、こういうミスはめったに起きないのだ。


「困ったな。返品してもらえそうか?」

「無理だねー」

「無理? なんでだ?」

「調べてみたけど、支払い済んじゃってるんだよー、これ」

「え? 誰が?」

「分かんないー。名義はいつもと同じ、軍の経理部扱いなんだよ」


 通常は納品後に支払うことになっている。リストに載っていないものが支払い済みとは不思議な話だ。


「経理が気を利かせてくれた……わけないよな」

「ファンからの贈りものじゃない?」


 アイギスがにやっと、悪いことを考えていそうな笑顔をする。


「もらえるものはもらっちゃえ、ってことか」


 当然、ファンがこんな大量な物資を送ってくれるわけがない。外面のいいピエロ隊としてそれなりに民衆の人気はあるが、そもそも軍隊なので嫌われ者の一人である。


「そういうこと!」

「まあ、支払い済みなら断る理由ないよな。バトルユニットになら詰めるよな?」

「もっちろーん! 名前ばかりのバトルユニットは、武器ほとんど積んでないもんね!」


 戦艦のAIとして、船を活用できることは嬉しいようだ。すっからかんの艦内は寂しいのかもしれない。


「ああ、適当に積んどいてくれ」


 全長1キロもあるバトルユニットは、その名の通り、武器満載の戦闘用パーツであり、巨大戦艦である。だが、戦闘目的に使われることはないので、ほとんどの武装は眠ったままになっている。見た目だけがデカくてすごい、ハリボテなのである。

 バトルユニットはドッグの外、宇宙空間に置いたままになっている。ここへ物資を運ぶのは骨が折れるが、機械に任せておけば何も問題はない。労力はすべてドローンがまかなってくれるし、運ぶ手順や効率はAIが考えてくれる。人間がやったら何日あっても終わらないだろう。




 ダリルはようやく艦長室に戻れた。

 髭を剃りたかったのに、トラブル続きで無精髭がそのままになっていたのだ。こんな顔で、市長やクリッシーと会っていたのかと思うと少し恥ずかしくなる。

 生活感だらけだった部屋は片付いていた。脱ぎ捨てた服は畳まれ、食堂から持ってきたままになっていた食器やトレーはなくなっている。

 おそらく副官のネリーがやってくれたのだろう。副官室においたままになっている私物も、艦長室に移されていた。


「あとで礼を言っとくか」


 ネリーとはいわばケンカ状態。それでもネリーは艦長室まで掃除をしてくれたのだ。

 ダリルは髭を剃って身なりを整えると、副官室につながるドアをノックする。

 今度はしっかりした格好をしているし、不意打ちもしない。嫌われる心配はないだろう。しかし、年齢がダブルスコアというのは、急に年を取った気がする。

 反応はなかった。

 そのままドアを開けてもよかったのだが、副官室はもう彼女のものだ。他人の部屋を勝手にのぞくわけにはいかない。


「ケラウノス、ネリーは?」


 AIは艦内の情報をすべて管理している。

 艦長ならば、職務に関わる情報、そしてある程度のプライバシーも聞き出すことができる。


「甲板におられます」

「分かった、ありがとう」


 ダリルが礼を言うと、ケラウノスは畏まって頭を下げる。


「主砲を見にいってんのかな」


 ネリーは戦艦好き。エンデュリングのコアユニット最大の特徴である主砲は、戦艦好きにはたまらないものだ。

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