第2話「副官」

 副官の配属は、ダリルが要望を出して行われたものだった。

 戦艦エンデュリングは、軍事予算の縮減と、AIの進化でほとんどが機械任せになっていて、万年人手不足だった。いつも決められた定員の3割足らずで運航している。

 そのため市長への挨拶など面倒ごとも、艦長自らがしなければならず、自分の作業を手伝ってくれる人員を求めていた。だがその要望はなかなか通らず、数ヶ月が経過していたので、望んだダリル自身もすっかり忘れていた。

 もちろん、近いうちに副官が配属されると通知は来ていたのだが、今日であるとは完全に失念していた。多忙と緊張感の欠如。戦争のない軍艦の艦長とは、そういうものなのかもしれない。


「まさか子供とはね……」

「何か言いましたか?」


 思わず漏れたぼやきを聞かれてしまった。


「いいや、何でもない」


 本当は内容もはっきり聞こえていたのだろう。少女の問いには少しトゲがあった。着替えをのぞかれたことを怒っている可能性もある。


「飛び級で士官学校を卒業して、すぐこの艦に配属だっけ?」


 軍の人事部からは、彼女の経歴や士官学校での成績が書かれた資料が送られていたが、ダリルはまったく目を通していなかった。当然、そんなのは上官失格だ。ダリルは相手の見た目からプロフィールを推測して、ごまかそうとする。

 エンデュリングは軍艦といっても、戦闘することはなく、各地を回って航空ショーをするだけ。副官には事務能力さえあればいいと思っていたので、あまり誰が来るかには興味がなかったのである。

 いったい何歳だろうか。こんな少女がわざわざ軍艦に乗ることもあるまい。きっと優秀な人材なのだろうが、そういう人間は本部務めと決まっている。ならば、何か問題を抱えているのでないか。ダリルは不思議で仕方なかった。


「はい! この艦に乗るのが夢だったんです!」


 少女は打って変わってハキハキと答えた。


「へ?」


 ダリルは思わず間抜けな顔をしてしまう。


「平和の象徴! 戦艦エンデュリング! 最新鋭技術の詰め込まれた人知の結晶! 生で見る超巨大主砲はやっぱたまりませんね!! 今日という日をすっごく楽しみにしてたんです!」


 副官ネリーは生き生きと語る。

 年相応の喜びっぷりなのだろうが、その対象が戦艦というのは不思議なものである。


「戦艦好きか……」


 ダリルはようやく合点がいった。

 この男女平等の時代、女性が軍人になるのも珍しくもない。しかしそこには、軍隊でも人殺しをやるわけではない、というのが大きく影響している。戦争は100年以上起きておらず、軍隊は連合政府によって保護され、安定した給料をもらえる安心安全の職場なのだ。

 ミリタリー女子は自立した女性像として、女性からも男性からも人気が高く、結婚するまで軍隊に入っている女性は少なくない。軍もイメージアップ戦略として、簡単な仕事を用意して、アイドル活動をする女性兵士も抱えている。

 だから、わざわざ戦うための船、戦艦に乗りたい女性は非常に珍しい。その理由が戦艦好き、というのは分かりやすい理由だ。

 ミーハーな子か。

 面倒だなとダリルは思う。

 戦艦や戦闘機、大砲やミサイル。そういった兵器に憧れて軍隊に入る人は珍しくない。だが、それを使う機会は少なく、夢破れてやめていくことも多いのだ。

 可愛い子だから残ってほしいけど。


「よかったねー、副官が来てくれてー」


 突然、目の前に女性の立体映像が飛び出してくる。

 これはエンデュリングを制御しているAIの一つで、名をアイギスと言う。女性の姿と人格が与えられている。


「今日来るなら、教えといてくれよ」


 ダリルはAIに対して愚痴る。


「だって、言わないほうが面白いと思ってー」


 アイギスはイタズラっぽく笑った。

 彼女は黒を基調とした軍服を着ているが、極端に短いミニスカートをはいていて、若い女性のデザインということもあり、女子高生のように見える。しゃべり方や性格も、女子高生らしさを強調することになっている。


「私は反対したんですよ。言わなきゃダメだと」


 今度は男性の立体映像が飛び出してくる。

 彼もアイギスと同じAIで、ケラウノスと呼ばれている。アイギスと同じで、黒い制服を着ている。上着の裾が長いデザインが燕尾服のようで、若執事といった印象を受ける。落ち着いた物腰が、その姿にぴったりハマっていると好評だ。

 二人は、戦艦エンデュリングの全システムを統合管理する自律型AIである。戦艦の全機能を二人で動かすことができ、いちいち人間の命令を受けなくても、自分で判断して行動できる。

 人間に高価で危険なものを任せるのは不安だという考え。そして、一人でも軍人は少ないほうがいい世論から生み出され、乗組員1000人カットを実現した超高性能AIなのである。

 艦長を補佐するために生み出された存在なのだが、開発または成長に問題があったのか、うまく機能しないことも多くなってきている。ダリルは彼女らとはすでに一年以上の付き合いがあり、その人間くささが逆に好ましく思え、今さらそこに突っ込んだりしない。


「はあ……。お前たちは、挨拶済んでるのか?」


 ダリルは二人のAIに尋ねる。


「もっちろーん! もうネリーとはお友達だよ!」


 アイギスはネリーにウインクする。

 ネリーは小さく手を振り、微笑で応えた。

 補佐する務めの二人が仲良しなことはよいことだと、ダリルは思う。


「手続きはすべて済ませておきました」


 とケラウノス。

 手続きとは転属と入艦のことに違いない。艦の管理システムであるこの二人は、ネリーが副官として着任することを知っていて、当然のように艦内に引き入れたのだ。どうりで艦長の存ぜぬところで、副官室に入り込めるわけである。


「年は15歳。あたしたちと同い年なんだ! つまり! 艦長のちょうど半分ね!」

「15歳?」

「あっ、15歳に見えないって顔してるー」

「いや、そんなことは……」


 アイギスの言う通りである。もっと幼く見えたのだ。

 ネリーの身長は150センチもないだろう。人類が宇宙に出て、一番大きく変わったのは身長だ。重力に縛られることが少なくなり、この200年で平均身長が10センチ以上高くなった。といってもそれは宇宙暮らしをしている人たちのことであって、ずっと地球にいる人たちは変わらず、両者に大きな差ができている。そんな事情もあって、ダリルはネリーを12歳ぐらいなのではないかと思っていた。

 ちなみに、アイギスとケラウノスはエンデュリングの就役日を誕生日として、15年ということである。


「地球生まれかい?」


 ダリルはネリーに尋ねる。


「はい。宇宙の経験は、旅行や士官学校の授業ぐらいです。でも、一通り訓練は受けていますし、ここに来るまでも問題ありませんでした」


 地球育ちはただ背が低い、という意味だけではない。エリートという肩書きがついてくる。

 人類が宇宙に進出した要因は、地球の環境破壊が深刻化したからである。連合政府は宇宙移住を推進して、地球は限られた者しか住むことができなかった。それが特権化していき、生まれの良いものだけが地球に住めることになっている。

 これは丁重に扱わないといけないな、とダリルは思う。15歳の天才少女は、艦長付きの雑用がかりではなく、箱入り娘のお客様のようであった。確かに小さいながら、気品があるような気がする。


「艦長も地球生まれなんですよね?」

「ああ」


 ダリルが若くして艦長をやっている理由の一つに、地球生まれがあるのは否定できない。

 ダリルにとっても、あまり好きな自分のプロフィールではなかった。


「君と同じで変わり者だよ。地球に引きこもってればいいのに、わざわざ特権を捨て、軍隊に入って宇宙をさまよってるんだ」


 ネリーはむっと不機嫌そうな顔をする。


「艦長といっても、戦わない戦艦の艦長。飛行機飛ばしてお金もらってるピエロさ」

「なんてこと言うんですかっ!」


 ネリーが突然、高いトーンで叫ぶ。


「戦艦は戦艦です! エンデュリングは平和のために戦う船なんです! 艦長もピエロじゃありません! その戦闘機で何人もの命を救ったじゃないですか!!」


 ネリーは懸命だった。これが上官に対する態度ではないことに気づいていない。

 こいつ、俺を知っているのか……?

 ダリルはネリーの主張に気後れしてしまう。


「戦う、か……。何もしてないさ。俺たちがなんて言われてるかは知ってるだろ? ピエロ隊さ。軍のパフォーマンスのために踊る道化師さ。君が何をしにこの艦に来たか知らないが、特にやることはない。だいたい椅子に座ってるだけ。自慢の主砲は撃つこともないんだ」


 自嘲気味に話すダリル。


「もういいですっ! 失礼しますっ!!」


 ネリーはダリルを押しのけ、部屋を飛び出してしまう。


「若いな」


 あっけにとられ、開け放たれたドアを見つつダリルはぼやく。


「何言ってんの、ダリル! 今のひどいよ!!」


 そして、AIのアイギスに猛烈なダメ出しを受ける。

 ダリルもやってしまった、とすぐに自分の行いを悔いる。どう考えても大人のやることではない。新任の少女の夢を破壊するなんて最低だ。

 なんでこんなこと、言っちまったんだろうな……。

 ダリルは倒れるように椅子に腰掛け、そのままのけぞって天を仰ぐ。


「座ってないで、さっさと謝りにいく! ほら!」


 アイギスは主人たる艦長を敬うことはなく、命令する。

 だがAIに言われても、謝りにいきたいとは思わない。

 子供がすねて飛び出しただけじゃないか。 


「艦長、私がこんなことを言うのも差し出がましいのですが……」


 へつらうことをしらないアイギスに対して、ケラウノスは慎ましい。


「ああ、言って」

「ではお言葉に甘えて。ネリー様は艦長に会うために、この艦を希望されたようです」

「俺に? なんで?」


 あいつは何か知っているのか……。俺が何をしていたのかを。

 ダリルは頬をこすって考え込む。

 そして、じりっとした感触に、髭を剃っていなかったことを思い出す。


「話が変わって、申し訳ありません。ゲートでトラブル発生です」


 艦の情報をリアルタイムに知るAIケラウノスが告げる。

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