第10話


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 休憩タイムが終わり、ゴーレムの移動を再開させる。

 それからも魔物や敵魔法使いチームとの戦闘は続いたが、チラチラ視界に入る青いポンチョの姿が目について仕方がなかった。しかし今の所近づいてくる気配はないので、放置することにする。


 あっという間に日が落ちて夜になったが、ゴーレムでの移動は続いた。

 夜になると流石に城壁モグラは襲いかかってくることはなかったが、夕闇まどわせの動きが活発になった。夕闇まどわせは夜の闇の中では微妙に発光しているので見つけやすく、対処は簡単だ。大変なのはそれ以外の名前も知らないような雑魚の魔物で、体にへばりついてくるそいつらを切り捨てるのはかなり大変だった。

 グレシアもグラノールも口数が減っていた。流石に疲れてきたのだろう。


「……わ。霧だ」


 グレシアが呟いて、ゴーレムを停止させる。

 周囲の夜の闇がぼやけている。気がつけば月明かりも閉ざされてしまい、完全な暗闇になった。

 湿度が上昇している。火の山の中にしては、ちょっと信じられないくらいの湿り気だった。

 グラノールがすぐさま幻想計測器を取り出して確認する。


「やっぱり魔法だったケロ。カジュ、相手をお願い」


 湖で戦った奴らの顔が嫌でも思い出される。


「……ったく。しつこい奴らだ」


 どうやって追いついて来たのか。

 再び俺たちに喧嘩を仕掛けてくるとはどういう魂胆なのか。

 そして、霧を出していた魔法使いはどいつだったのか。

 色々と疑問はあるがそれらは置いとくとして、俺は“威圧”の魔法を強めて周囲へ放ち、殺気にまで研ぎ澄ませた。

 左足を踏み腰を落とす。剣は右下、腰だめに構えて魔力を練り上げ、全開で迎え撃つ体制を整える。


「二人とも、伏せてろよ」


 霧の中に高笑いが響く。


「カーカカカカッ‼︎ どうだ、見つけてやったぞ契約主あるじよ!」

「はーはっはっは‼︎ さすがは僕のライコウ! やい! さっきはよくもやってくれたな! お前たちにはおしおきが必要だ!」


 この間の抜けた笑い声は“宝鳥”のクアンチャと“空歩”のライコウのもので間違いない。

 ライコウがクアンチャをおんぶでもして空中を走ってくれば、追いつけないことはないはずだ。

 問題は俺のロアストライクを三発も受けたくせに、ライコウが生きていたことである。ちょっと頑丈すぎやしないか。


「やっぱお前たちか。この野郎どもめ、自信を失くしちゃったじゃねえか!」


 必ず殺せるからこそ、必殺技ロアストライクなのに。


「でもな。言っておくが、ここは地上だ。もはや俺にハンデはねえ」


 霧の向こうに潜んでいるであろう二人に警告する。


「たわけ。この夜霧だぞ。何も見えんだろう?」


 だからと言って、降参するわけにはいかない。


「いや見える」

「嘘つけ」

「見えるッ!」

「嘘だッ!」


 よし。声の方向で相手の居場所はつかめたぞ。


「ええい黙れ! おしおきしてやるっ! してやるんだからなーっ!」


 クアンチャが叫んだ。キハラとは大体同じ場所にいるらしい。


「……ど、どんなおしおきなのですか?」


 グレシアが訊ねた。


「斬首の刑だ! やれライコウ!」

合点承知がってんしょうち!」


 ライコウが命令を受け、霧を突っ切って飛び出してきた。先日の戦闘の時もそうだったが、こいつの攻撃は単調である。読みやすい奴なのだ。


 ライコウの頭が間合いに入ったと同時に、俺は剣を振ってライコウの首を狙った。

 攻撃がライコウのあごに直撃したが、やはり切り裂くことはできなかった。こちらにむしろ剣が弾かれるほどだ。


 ライコウはすぐさま霧の中に隠れ、再び攻撃をしかけてきた。移動速度はとてつもなく速いが、俺が剣を振る方が速い。俺だって剣士だ。反応速度には自信がある。それに、こうしてわざわざ刀で攻撃してきたことから推察するに、奴らには飛び道具がないらしい。好都合である。

 ライコウの五度目の攻撃。剣と刀がぶつかり合い、動きを止めたライコウのあごに、蹴りを食らわせた。


「あ、ぐっ……」


 予想していたが、ライコウの顎はとても硬い。足の指が折れそうだった。

 俺はけ反ったライコウの脳天へ、さらに剣を振り下ろした。


 攻撃を受けたライコウの体が思いきり地面に叩きつけられる。渾身の斬撃を受けて、さすがのライコウも頭から血を流していた……が、死んでない。


 硬いなぁ。なんでだ。一体どんな肉体改造を施してやがる。

 俺はゴーレムから飛び降りて、着地して、転んだ。

 すぐに起き上がる。


「が、は、アハッ、剣より蹴りの方が強いとはどういうことだッ⁉︎ やはり敵わんっ! ますます好きになったぞ!」

「そうか。死ね」


 もう一度、剣を振りかぶってライコウの頭めがけて振り下ろした。


 ガキンッ。ギンッ。ゴンッ。ガンッ。ギンッ。ギンッ。


 同じことを繰り返す。頭を狙う。執拗に。丁寧に。単調に。

 きちんと攻撃を行う。ちゃんと殺せるまで繰り返す。教えられた通りに。教えられた通りに。

 ライコウは攻撃の隙をついて、這いつくばった体勢から抜け出すと霧に紛れて逃げようとした。


「逃がすかよ」


 俺は血を伸ばしてライコウを突き刺し、地面に引きずり倒した。

 仰向けになって俺の前に横たわるライコウの顔に、初めて恐怖の色が現れていた。


「か、か、か……」

「なんだ、そんな顔もできるのか」


 いくら頑丈だからって、痛い攻撃はやっぱり嫌に決まっている。繰り返していれば、いつかきっと死ぬだろうし。こいつも人間だったってことだ。

 グレシアみたく、実は面白い奴なのかもしれない。

 首輪もしているし、よく考えてみればこいつはクアンチャの奴隷なのだ。

 あの外道な性格は、ただ主人に言われるがまま演じていただけなのかもしれない。

 初対面は最悪だけども、友達にだってなれたかもしれない。


 ……なんてな。


 だとしても、それ・・これ・・とは別の話だ。


「死ね」


 剣を顔に振り下ろしたが、ライコウの両腕に阻まれてしまった。


「なんだライコウー。見えんぞー。どうなってるんだー? 使えん奴だな」


 のんきなクアンチャの声が霧の向こうから聞こえて来た。

 知るか。俺は攻撃を繰り返す。


「…………あ……る、じ」


 ライコウの体に傷はほとんどついていないが、衝撃はちゃんと伝わってくれているらしい。ぐったりしていた。それでも両腕は顔の前でクロスさせたままで、戦意は失っていないようだ。見上げた奴だ。

 こっちの剣はもうボロボロだ。俺は鋼剣を投げ捨てて、ライコウの手から刀をもぎとることにした。


「カジュ。もうこっちの火力じゃこいつは殺せないことは証明されたケロ。こいつに有効な手はおそらく……」

「……ああ。分かってるよ」


 グラノールに言われた通り、俺はライコウへの攻撃をやめて、その代わり、霧の向こう側にいるであろうクアンチャの方へ歩み寄った。

 クアンチャは簡単に見つかった。隠れるどころか、岩の上に腕を組んで堂々と構えていたようだ。人のことは言えないが、試験をなめているにもほどがある。

 俺はクアンチャへにじり寄って、その首根っこを抑えた。


「や、やめろ! 僕を誰だと思っている!」


 暴れるクアンチャを引きずってライコウの前まで連れてくる。


「僕は“宝鳥”クアンチャ様だぞ! こんな無礼を働いて、タダで済むと思っているのか⁉︎ 狩人は僕だ! 獣は獣らしく、おとなしく狩られていればいいんだ!」


 俺はライコウの前でクアンチャの首に剣を突きつけた。


「ライコウ! なんとかしろ! この無能め! また拷問されたいのか⁉︎ 帰ったらお父様に言いつけてやるんだからなーっ!」


 剣を突きつけても全く恐れていない。どんな神経してやがるんだ。


「おい、お前たち。何人殺した?」

「カカッ! 数え切れないほどいっぱいだ」


 ライコウが答える。


「そんな楽しいか」

「当然だ。契約主はそう考えている」

「仮にこいつが事故で死んだとして、俺たちがお前を雇うことは可能か?」

「できん。私はこいつの親にも雇われている。契約主あるじの死は、私の死である」

「俺たちがこいつと敵対した場合にこうむる不利益を答えろ」

「宝鳥財閥の権力は世界随一。絶大だ。逃げも隠れもできん。お前たちも運が悪かったな。カッカッカ」


 わめき続けるクアンチャを無視して、俺たちは交渉・・を続けた。


「……じゃあこうしよう。こっちで新しく戸籍を用意するケロ。だからこいつを殺して逃亡して欲しいケロ」

「ばれるに決まっているだろう」

「私は受験者でも随一の治癒魔法使い。この子を殺った後、顔を焼いて逃げ出してくれたなら、私が元に戻してあげるケロ」


 グラノールがとんでも無いことを言った。


「ダメだ。顔を変えたぐらいで逃げ切れるとは思えない」


 ライコウが断った。


「お前は奴隷の待遇に満足しているケロか?」

「契約主の前でそれを言わせる気か?」

「この子との関係は円満なままで、奴隷をやめることができる画期的な魔法があるケロ」

「馬鹿め。そんなものがあるものか」


 あったらとっくに使っているとでも言いたげな口調だった。


「じゃあ、第二案ケロね。ちょっと耳を貸して……」


 グラノールはライコウに近づくと、何かを耳打ちして小瓶を手渡した。

 するとライコウがはっと驚いた表情になる。

 どんな案を話したのかは知らないが、手応えはあったみたいだな。


 俺はクアンチャを突き飛ばして、解放してやった。

 クアンチャがライコウのそばで尻もちをつく。


「あはは! 馬鹿め! そんな話にライコウが乗るはずがないだろう! ライコウはとってもいい子なんだぞっ! こいつは家畜をいたぶることと、僕の命令を聞くことにしか興味がない! そう言う風にしつけられているんだからなーっ!」


 ライコウはゆっくりと起き上がると、クアンチャを背後から抱きしめた。


「ライコウ?」


 クアンチャが顔を上げて、ライコウを見上げる。


「……すこし考えさせてくれ」


 ライコウは小さな声で答えた。

 どんな心境なのかは知らんが、できることなら一晩中そうしていてほしい。


「今のうちにズラがるぞグレシア。ゴーレムを起動させてくれ」

「え、でも」

「大丈夫ケロ」


 グラノールが断言した。


「……あいつからは私と同じにおいがする。狂ってるけど、打算で動くタイプケロよ」

















 + /余節: A quencher's bad end …… lovely lovely my contractor


「……あぁ、許可なく抱きついたことをお許しください、契約主あるじよ」


 ライコウはクアンチャの背中に顔を埋めたまま、許しをこうた。


「な、なんだよ急に敬語になって……」


「不快ですか」


「なんだとーっ! そんなわけあるか! お前には毎日僕が調合した香水を食わせているんだぞ! 僕を侮辱するのか!」


 クアンチャの叱咤を受けて嬉しくなったライコウは、抱擁する両手にぎゅっと力を込める。


「光栄です。あぁ、本当に嬉しい。私は今、あなた様のような美しい存在を抱きしめて、受け入れられているのだから」


 クアンチャは奴隷の感謝を受けて、得意そうな顔をした。


「ふはは。僕が美しいのは当然である。僕は“宝鳥”クアンチャ様だぞ」


「あなた様は世界で一番美しい」


「その通りだ」


「他の誰よりも美しいのです」


「褒めるな。当然であろう」


 やがてライコウの手がクアンチャの体のあちこちをまさぐり始める。


「美しい黄金の髪。こうして指でくと……なんて心地よい感触。頰はふっくらともちのように弾力があって……小さな紅葉のような手は、握ると温かくて、アぁ、クアンチャ様はなんて……なんて可愛らしいのでしょう!」


「ぅ、や、やめんかっ。くすぐったいではないか」


 クアンチャは笑いをこらえながら、ライコウの無礼を叱る。だが、気を悪くした様子ではなかった。ライコウの愛撫は続く。


「私は、契約主あるじほど純粋で美しいショタを見たことがなかったのです!」


「ショタ? ……お前はいつも気を良くした時にそのショタという言葉を繰り返し使うが、どんな意味なのだ?」


 クアンチャがきょとんとした顔をして、問いかける。

 ライコウは答えなかった。


「こんな世界に転生して、しかも奴隷になって、最初は死のうかと思っていました。しかしそんな絶望のさなか、あなた様があらわれた。奴隷会場の中で手を引かれて歩くあなた様のお姿は、それはそれは神々しくて、天使のように清らかで……私は、一目見たときから契約主あるじが好きになった。こうして触れてみたいと、一心に願いました」


 優しく髪を梳かれながら、クアンチャは初めて聞く奴隷の話にじっと耳を傾けていた。


「ふんっ。ならば今のお前は世界一の幸せ者だな」


「思えばあの時もこんな傷だらけだった。鉄格子から手を伸ばして、この手をあなた様に見初みそめられたのですよ。覚えていますか? 本当に、嬉しかった。あの時から私はあなたのことが欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくてたまらなかったのですから」


 欲望を抑えきなくなったライコウは、とうとうクアンチャを押し倒す。

 もちろんクアンチャのが単なる愛玩動物ペットにすぎないライコウの方に向くなど、彼女は欠片も思っていなかった。


 だが、いまやライコウの手にはグラノールからもらった媚薬ホレグスリの小瓶が握られている。それはグラノールの言葉を信じるならば、伝説級のマジックアイテムだ。古代の帝王をたらし込み、国を破滅へと追い込んだ伝説の魔女“緑蛙リョクア”の末裔まつえいの、究極の媚薬。


 驚いたクアンチャはのしかかる体重に顔をしかめながら、ライコウの顔を見上げ、そして、


「あァ、なんて美味しそうな・・・・・・……」

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