第9話
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天候は曇り。薄暗く、蒸し暑い斜面をゴーレムが走っている。
俺は剣を振って、後ろから追いすがってくる城壁モグラの腹を切り裂いてやった。モグラがもんどり打って倒れこみ、その衝撃で大地が震える。すると俺たちを食ってやろうと集まっていた獣たちが驚いて、散っていった。
獣ならまだいい。問題は魔物だ。中には食べるためでなく
「グレシア。怪我は?」
「ないのです。ご心配なく」
ゴーレムのテーブルの真ん中に仁王立ちして、真正面に向き直る。
乗り物酔いでひどく気分が悪いが、我慢した。
見通しは最悪の中をグレシアのゴーレムが縫うようにして走り抜けてゆく。
しばらくして、枝と枝の狭間にわだかまる黒いボールのようなものを見つけた。
俺はすぐさま手首から血を伸ばして槍とし、そのボールを刺しつらぬいた。ボールから噴水のように赤い血しぶきがふきあがる。ボールをすぐさま遠くへ放り投げて、ゴーレムの進行方向から除去した。
「あのボールはなんだったのです? 見たことありませんでした」
グラノールが訊ねる。
「分かんない。魔物ケロ。殺して正解だったと思う」
“火の山”の生態系は俺の良く知るそれとは大きくかけ離れている。どいつもこいつもそこらの肉食獣以上の獰猛さを持っているので、気をつけてかからねば即死だ。
「カジュ。後ろから城壁モグラが来たケロ」
「またか……」
俺は振り返り、モグラと対峙する。
モグラは四足歩行で木々をなぎ倒しながら迫って来ていた。思ってたよりも速い。
「カジュ。前の方に敵の魔法使いチームがいるのです」
「なんだと」
挟み撃ちじゃ無いか。
俺は血の棘で城壁モグラの目を潰し、すぐさま前を向いて剣を構えた。
振り返れば魔法使い三人がこちらに杖を向けて何やら呪文を詠唱しており、力を合わせ、巨大な火の球を繰り出してくるところだった。
俺は剣に対幻想用の機能を持たせ、その火の玉を横殴りに切りつける。
火球は軌道をそらされ、山の下方へと転がり落ちていった。
攻撃を弾かれたことに魔法使いたちは驚き、そしてその頭上に俺たちのゴーレムが迫り、そのまま踏み潰した。
背後を振り返ると、倒された三人と目を潰された城壁モグラが対峙していた。
「……これで何チーム目だ」
「五だったケロ」
十五人か。俺たちを見かけるとどいつもこいつも攻撃を仕掛けて来た。だいぶ気が立っているらしい。
城壁モグラは際限なく襲いかかってくるし、休む暇がない。
「薄暗くなってきた……。もうすぐ“夕闇まどわせ”の生息地なのですよ」
幻惑系の魔物“夕闇まどわせ”。こいつはガス状の生物なのだが(生き物なのかどうかも本当は分かっていないらしいけど)、追い払っておかないといつのまにか物理法則の通用しない異世界へと転生させられてしまうという、とんでもない魔物だ。そんな所に放り込まれれば精神など壊れたも同然で、たとえ救出されたとしても廃人になるしかない。
「よしこい。見つけ次第、斬る」
対幻想用の機能を強め、周囲の気配に身を浸す。
初めは花が咲いているのかと思った。
右の前方、遠くにウェディングドレスを纏った美しい骸骨が
俺は少しだけ恐怖を抱きながら血の槍を伸ばし、そいつのヒラヒラした服らしきモノに突き刺した。骸骨から女の絶叫が上がり、遅れて真っ赤な鮮血が溢れ出してゆく。骸骨なのに、あの服の中には血が通っているのだ。何がどうなったらあんな化け物が生まれてくるんだろうか。なんとも気味が悪い魔物である。
「正面。二体。くるよ」
俺はゴーレムテーブルから跳躍して、並んで立つ骸骨たちの前に飛び降りた。剣を振って、その胴体を薙ぐ。鮮血が飛び散ると同時にジャンプして、ゴーレムテーブルの上へと戻って来た。その場で足踏みして、呪いをカウントを三歩以上にし、転んでおく。
「まだいる。今度は左。一体だけケロ」
「おう」
血で突き刺して、斬りかかって、斬り捨てて、血で突き殺す。
十体目を殺し尽くしたところで、山の斜面に変化が生じる。
木々の連なりが途切れ、視界が一気に開けた。下方には湖が見えた。
「なんだ? まさか、異世界か?」
「いや、単に道がひらけただけなのです」
見通しの良い平原の右手奥には、巨大な熊が見えた。“
幸い、気づかれることなく平原を抜けることができた。再び斜面になって、ゴーレムは森の中を突き進む。
「休憩するケロ」
グラノールが唐突に言った。
「俺は大丈夫だが?」
「私もまだいけるのです」
「“
「あー。そっか。一理ある」
グレシアも納得したらしく、ゴーレムを停止させた。
グラノールから手渡された乾パンや干し肉に二人でむしゃぶりついておく。
「あとどれぐらいなのです?」
「これで四分の一だケロ。速いペース。このままなら本当に二日以内で踏破できるケロ。二人とも、仮眠を取っておいて。これから先は眠れなくなるケロよ?」
俺は言われるがまま横になり、剣を抱いて眠ることにした。
が、ちょっと視界に変なものが映ったので上体を起こした。
木々の合間から見える山頂付近に大きな
「どうしたケロ?」
「なんか、ワイバーンを頂上付近が飛び回ってるんだけども……」
“火飛龍”ワイバーンは“火の山”のヌシであり、とてつもなく強力な魔物だと聞いている。人の魔法だけでは戦ってもまず勝ち目はないし、逃げることすらできないので、ただ近づかないよう気をつけるしかない。
「ここのワイバーンは温厚だし、火口に近づかない限り襲いかかって来ないって話ですよ。怒るとしたら財宝泥棒ぐらい。まあ、試験中にそんな馬鹿をやる魔法使いなんているはずが……」
いや、待て。飛龍が何かを追いかけているぞ。
目をこらすと、点のように小さな人間が飛び回って、ドラゴンの吐く火線をかわし続けている。
長い髪のすらりとした美丈夫で、そいつは目立つ青色のポンチョを着ていた。
その奇妙な風体に、俺は見覚えがあった。
「……あれ。ウメガじゃねえか?」
「ウメガ?」
グレシアが問い返す。
「私たちのチームの三人目。おそるべきトラブルメーカーだケロ。……見なかったことにして、今は眠るケロ」
グラノールはちらりと青ポンチョを見上げてから、すぐに目をそらした。
リョクアの里の“
特技は浮遊魔法。というか、重力の縛りを受け付けない体質だ。
常時浮遊状態だから重りをつけて、ひも付き風船のような状態になって生活しているトンデモないお兄さんである。髪型も表情も言動もふわふわしており、計画立てて行動することなんてせず、風に吹かれてどこかに消えてしまうのが常だ。
思えば試験開始直後もそうだった。
“うんっ。一緒に頑張ろうね、カジュ。僕は年長者なんだからみんなを引っ張らなきゃ……と、言いたいところだけれど、なんだかやる気が出ないなぁ。あ、そうだっ! 僕は空を飛べるんだし、風の魔法でひとっ飛びだよ。先に行って待ってるねっ。じゃあ、競争っ。頑張ってねぇー”
そんなことを言った後、ウメガは重りを外して空に浮かび上がってゆき、風に吹かれてどこかへと消えていった。
まったく頼りにならない奴なのだが、自分の生存能力に関して言えば抜群に高い。
飛龍相手に逃げ回れているのがその証拠なのだ。
インドア無気力系のグラノールと
リョクアの里の、のどかな空気が生んだ二種の天才魔法使いである。
「まあ、わき道に
休憩がてら、俺はグレシアにウメガの人となりをかいつまんで説明してやった。
「……試験前の情報板にはそんな人物のことなんて一言も書かれてませんでしたよ。なんという自己隠蔽術」
グレシアは逆に戦慄していた。
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