第5話
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夜が明けて、朝がやってきた。俺たちはグレシアが作り上げたテーブル型四足歩行ゴーレムの上に座って、夜通し移動を続けている。ちなみに車椅子はもう使うことはないと判断して捨てた。
「……つ、使えねぇー。最高の安パイを引いたと思ったのに、お前らは使えねぇポンコツ共なのです」
グレシアが吐き捨てるように言った。
俺は、とても気分が悪かった。乗り物酔いである。吐き気を根性でこらえて、座っているのがやっとだった。油断するとリバースしそうになるので、慣れるまで目を閉じてあぐらをかいて、瞑想することにしていた。もちろん狩りや見張りなんてできるわけがない。
「ポンコツじゃないケロ。グラノールだケロ」
「名前で呼んで欲しかったら、逆立ちを続けるのです。自力で逆立ちし続けていられるのが十秒って、根性はないのですか。根性は」
「お、お前を助けた時は、補助付きで、何十分もやってたんだ、うぷっ。こいつはやればできる子なんだ、おぷっ。あまりせめるな」
「やらなければできないのと同じです」
「う、うるさいケロ。無理なものは無理ケロ」
テーブルゴーレムはかなり大きくて、中央で焚き火ができるくらいには広かった。俺もグラノールもグレシアも上着なんて持っていなかったので、暖をとれる焚き火は必須だ。しかし焚き火は燃料を消費する。グレシアは魔法の火の玉で暖は取れないのかと言いだした。
グラノールは逆立ちをして火をつけたが、一瞬で消えた。
このままでは戦力にならないと危惧したグレシアは、グラノールに無理やり逆立ちの練習をさせている。
この振動の中で逆立ちの練習をしているくせに、全く酔う気配がないのはどうしてなのだろう。
「ううぅ~~。もういやケロ。マカロン食べたいケロ。おふとんに入りたいケロ……」
とうとうグラノールのヘタレスイッチが入ってしまった。
何か声をかけてやりたいが、吐きそうなので今はちょっと無理だ。
「なんてわがままなやつ」
グレシアが追撃の言葉を放った。
ゴーレムの上に寝そべって「やだやだやだやだ」と泣きわめくグラノールは、何を思ったのか唐突に両手でゴーレムの台を掴むと、そのまま自分の胴体を持ち上げ、足をピンと伸ばし、そのまま倒立してみせた。
「え?」
「は?」
「あ。逆立ちできたケロ」
こうしてグラノールは補助なしの逆立ちを習得することに成功したのだった。
グレシアはポカンと口を開けたまま、綺麗な逆立ちを続けるグラノールを見上げ、感動したのか頰を赤く染めていた。グラノールは倒立をやめてグレシアの前に立つと、両手を広げた。
「ふふふ。さあ、お姉さんの名前を呼ぶケロ」
「グ、グラノール……」
「よくできました、グレシア。今日からお友達ケロ」
グラノールはそのまま両腕でグレシアをぎゅっと抱きしめて、そのまま数秒間硬直して、ゆっくりと離れていった。
「……グレシア。とりあえずお風呂に入るケロ?」
「え? なんでなのです?」
ああ、そういや忘れてた。確かにこいつの薬品臭さときたら異常なのだ。
「この先、湖があるだろ。そこで水浴びしろよ。お前、髪の毛とか刈り取る前の羊のごとくゴワゴワだぜ」
「……え、えと、水は、苦手なのです。できれば顔もつけたくない。勘弁して欲しいのです」
グレシアは本気で嫌がっているようだった。
孤児院から貴族に買い取られた古馴染みと偶然会って、話をすることがたまにある。聞けば嗜虐目的のために買い取られた可哀想な養子は、水を怖がるようになることが多いらしい。水系の拷問は簡単だ。水面器に水を張って、そこに顔をつけるよう命じる。そして後ろから頭を抑えれば、溺死の真似事をさせることができるのだ。
……まあ、間違いなくグレシアは恵まれた環境で育ってはいないのだろう。
「そんなことよりも、次の“沈む湖”についてなのですが、ちょっと問題があるのです」
話題を逸らしたようだが、水が苦手なのは次の関門に差し障りがあるんじゃなかろうか。
ちょっと、乗り物酔いしてる場合じゃなくなってきたぞ。
「どうした?」
「どうも入学志望の何チームかがそこで集まって狩りを行なっているらしいのです。ちょっとした戦争です。私のチームは事前に情報を得ていたから、迂回することにしていました。でも、あなたたちなら違いますよね」
「当然ケロ。まっすぐ突っ切っていくケロ。迂回する時間なんてもうないし」
コース一周目の俺たちは、湖そのものを迂回して陸地を歩いて踏破したので、全く関係のない話だった。
「それに、悪い奴らはカジュが全部斬ってくれるケロ。ね?」
「ああ。だが、剣の間合いにも限度ってもんがある。……なあグレシア。湖を渡るためのゴーレムは、だいたいどれぐらいの大きさなんだ?」
「比重の軽い土を魔法で集め、加工して、水面に浮かぶゴーレムを作ります。推進力として水面下に巨大なプロペラゴーレムを付けるので、こんなに大きなゴーレムの台座までは作れません。三人で腰掛けられる程度の岩を作って、その上に座る形になるのです。足はずっと湖に浸かりっぱなしでしょう」
「お前、水が苦手なんだろ」
「ふんっ。そんなもの、我慢すればいいだけの話です」
気がつけばグレシアは、あの狂気的な笑みを顔にはりつけていた。
「きしっ。体を焼く火炎だろうと私は滅せないのです。身が朽ちてゆく激痛だろうと私は滅びないのです。私の魂は不滅。たかが溺れ死んだぐらいで崩れるような精神など私には不要なのです。私は死なない。天使様の加護がある限り、絶対に私は死なない。死なない。しなない。きし、きしししし……」
ずいぶんと鬼気迫るつぶやきだった。
なんだよ天使様って。やっぱりこいつはちょっと頭がおかしいのか。
「じゃー、私と一緒に水浴びするのも怖くないケロね?」
グラノールがたずねた。
「と、とととーぜんなのです」
おい、さっきと言ってること逆じゃねえか。
「……あー。つまりグレシアが言いたいのは、根性で乗り切ろうって話だな。それはまあ、良い意気込みだと思うぜ」
俺は拳と拳をぶつけて、パシンと音を鳴らした。
森の中じゃロクな戦闘がなかったが、ここからは本領発揮だ。
湖の上とはいえ、戦うことができるのなら万々歳だろう。
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森を抜けると、水平線の彼方まで続く巨大な湖が広がっていた。“沈む湖”。学園が保有する最大の人工水源地帯だ。多種多様な淡水魚から、人を丸呑みにするウミヘビ、そして幻想鯨までサイズもまちまちである。水龍まで住んでいるという噂も聞いたが、真偽は定かではない。
グレシアが岸辺の土をかき集めてゴーレムの部品を作っている最中、俺とグラノールで敵の哨戒を行った。
敵の姿は見えない。もう八日目だ。さすがに折り返し地点を過ぎてまで、この“沈む湖”にとどまっているような物好きは少ないのだろう。
端末で確認すると、合格者は二十七人に増えていた。これからどんどん数を増していくはずだ。急がないと。
「水浴びするケロよー」
グラノールが呼びかけると、グレシアがびくりと肩を震わせた。
そのまま動かないでじっとしているグレシアの手を掴んで、強引に水辺へと引っ張りこんでいく。
俺は、後ろを向いていることにした。
グレシアは観念したのか、悲鳴をあげることはなく、粛々と水浴びを受け入れたようだ。
水の中でジャバジャバと洗って、火の玉で乾燥させてやると、変化は見違えるほどだった。
特に髪の色。くすんで暗い青色だったのが、今やふわふわとした淡い空の色を取り戻し、肌の色も白さを増していた。もしかするとこいつは、どこか良いとこのお嬢さんだったんじゃないだろうか。
「良い感じだな。薬品臭さも取れて、すっきりしたんじゃねえか」
「ふ、ふん。たまには良いかもしれないのです」
褒めるとちょっと照れていた。
「服がボロボロなのが残念ケロ。というか、むしろそのへんの葉っぱで作った服の方が暖かいんじゃないケロか?」
「服なら魔法で作れますが、見た目がかなり悪いので、こっちの方がいいのです」
ボロボロよりもダメな服ってどんなのだよ。
「そんなことせずとも、俺の服を貸せばいいだろ」
「……やめて。トランクス一丁の猫耳少年になるケロよ」
俺も水浴びをしておきたいな。
二人からちょっと離れたところで服を脱いで、頭のてっぺんまで水の中に浸かることにした。
顔を出して空を見上げると、晴れ渡った青空の中で太陽が輝いていた。
なんて壮大で美しい景色なのだろう。いつまでもこうしていたいところだが、見とれている時間はない。
水から上がって服を取り、水の中でジャバジャバと洗った。洗っていると、グラノールの方から火の玉が飛んできた。
これで乾燥させておけとのことなのだろう。
俺は砂浜にあがると浮かぶ火の玉の真下に衣類を置いて、自分も火に当たった。
それからは魔法を行使し続けていたグレシアに仮眠を取らせ、俺は食料採取に奔走することにした。
湖を渡りきる準備を整える。
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砂浜で組み上がった湖用ゴーレムの部品を、ノーマルゴーレムが湖の中まで運んでゆく。
プロペラ部分を水の中にいれて沈ませると、次に比重の軽い台座部分の輸送に取りかかる。台座は着水すると、沖の方まで自分で泳ぎ始めた。
「……プロペラと台座の合体は、ある程度の深さのある沖まで行かないとできないのです。私たちもそこまで泳がないと」
「だったら肩車してやるよ。グラノールは泳げるな?」
「バッチリケロ」
グラノールはバックを頭の上に乗せて、スイスイと平泳ぎで進んでゆく。
俺はグレシアを肩車してその後に続く。強くしがみつかれる。グレシアの体がこわばるのを感じた。本当に水が怖いのだ。
「大丈夫だ。お前ならできる」
「あ、当たり前なのです」
沖まで泳ぎつくと、グレシアがゴーレムたちに指示を出した。
時間が経って、合体することに成功する。時刻は昼前だった。
三人はようやく完成した丸い台座に背中合わせに座った。
「……たゆまぬ努力と絶えぬ対価を求め、我はここに命じる。“他者掌握・
プロペラが駆動を始め、台座がゆっくりと進み出した。
波のない静かな水面に確かな波紋を生じて俺たちの舟は進む。
俺ばバックから道中に採取した果実を取り出して、グレシアにさし出した。
「お腹は空いてないのです。さっきも食べたし、必要性を感じない」
「そう言うなって。昨日の夜からずっと魔法を使いっぱなしなんだ。食っとけ」
グレシアはしかめっ面のまま果実を受け取ると口に放り込んだ。
「……あ、美味しい」
「私が選んだケロ。毒もなし。味のチョイスは抜群ケロよ」
「お前はほとんど何もしてないだろ。集めたものに口出ししただけじゃねえか」
「毒味ケロ。重要な作業ケロ」
食べ終えたグレシアがちらりと俺のバックを見やる。
俺はバックごとグレシアに差し出した。
「食えるだけ食っとけ」
「いいのですか?」
「日暮れまでには向こう岸につく計算だろ? 向こうでなんか殺して肉を食うよ」
グレシアはバックを受け取ると中身を覗いて、顔をほころばせた。
「ところでグラノール。思ったんだが丸太を切って、イカダを作ったらどうだったんだ?」
「ロープがなかったケロ。私の植物も使えるけど、種がもったいない」
「そうか」
ろくな休憩もできないだろうし、これから先は睡眠による魔力の回復も見込めないだろう。節約していかないとな。
「……む? 十時の方角。遠くになんかいるケロよ」
グラノールが言った。
指差す方向を見ると、浮き島の上に座っている三人の子供が見えた。ガタイのいい男。ヒョロヒョロの男。ふくよかな女。あっちもゴーレム舟に乗ってるみたいだ。考えることはどこも一緒か。
「て、敵なのですよ。どうするのです?」
グレシアが不安な声を出した。
「お揃いの上着を着てるケロ。……いいなぁ。毛皮で、とてもあったかそう」
グラノールが物欲しげな目つきで、三人のライバルを見つめる。
「欲しいか?」
「ケロ」
うし。じゃあちょっといってもらってくるか。
俺は浮島を降りて、水の中に飛び込むと、ライバルたちの方へクロールで泳ぎ始めた。
「うわああッ、なんかすごい速さでこっちきてるぞッ」「受験者よ! 敵襲!」「撃て! 近づかれる前にぶっ殺すんだ!」
バシャバシャと水音を立てて向かってくる俺の姿に気がついたらしく、三人はお揃いの杖をこちらに向けて、火の玉を放ってきた。
俺は深く潜って攻撃をかわした。頭上に火の玉が着水し、猛烈な衝撃を撒き散らす。
深度を保ったまま泳ぎすすめ、ゴーレムのプロペラを目印に浮島を目指す。
そしてゆっくりと浮上して浮島の真下に張り付いた。
「どこだ! どこにいった⁉︎」「消えたのか⁉︎」「まさか、見間違いだったんじゃ……」
俺は水から手を伸ばして、誰かの足を掴んだ。
そのまま水中に引きずり落とす。ヒョロヒョロの男だった。もがくそいつを殴りつけると、一発でグッタリとなった。解放してやると男が水面へ浮かびあがってゆく。
仲間がやられたことを知り、浮島の上から残る二人の悲鳴があがった。
そろそろ息が続かなくなってきた俺は、浮島に手をかけて、浮かび上がることにした。
俺の顔を見た二人は後ずさって、震える手で杖を向けてくる。
「……へへっ。やめておけ。仮に俺を殺せたとしても、俺はお前たちのうちのどちらかを道連れにしてやるよ。命が惜しければ、そのあたたかそうな上着をよこしな。三人分だ。そして男のお前は履いているズボンをくれ。それから干し肉を少し、あとは水筒だな。なァに、リタイアさせようって話じゃないんだ」
「ほ、本当だな⁉︎」
本当ならこのゴーレムをぶっ壊しているところだ。
男と女は急いで食料をかき集め、俺に渡した。容れ物がなかったので俺は気絶している男のバックを貰ってその中に詰め込むことにした。そして三人分の上着を奪った。ズボンも履いた。バッチリじゃないか。
やったぞ。これでこれからの夜はぬくぬくと眠れるに違いない。まあ、眠ってる暇なんてないけどな。
「すまんな」
俺は短く謝ってから水に飛び込んで、手荷物と共に仲間の元へと引き返した。
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