第4話
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「この子を助けて協力させるのだケロ」
元からボロボロだった服をはだけさせると、そいつの体はさらにボロボロだった。
あちこちが炭化して焦げ付いており、首の下は全部、得体の知れないツタ植物に覆われている。寄生されているのだ。顔から下の肉は鬱血なんてレベルじゃないぐらいに変色していて、もはや死肉だ。この状態で、どうして生きていられるのだろう。
「臓器はほとんど機能してない。たぶんこれは魔物指定“
「そ、そんなことって……」
やばい植物だと聞いたことがある。生きている動物に寄生し、そいつが死ぬ寸前にまで弱まると発芽、急速に成長する。そいつの生命維持に必要な部位だけを生かして、後は放置し腐らせる。腐った死肉に蛆や蠅が溜まることから“蠅の揺り籠”なんてあだ名がつけられた。
何より恐ろしいのは発芽していても、獲物には意識があることだ。植物が伝える猛烈な寒さの情報は、瀕死の犠牲者を陽のあるところへと走らせる。陽当たりの良い場所で獲物が死ぬと、“
美しく香り高い、紅の花を。
「私が、この植物の
「お、お前がいうんなら、そうなんだろうけど……」
グラノールが逆立ちして、小声で呪文を唱え始めた。
声が幾重にも重複する独特の発声法によって織りなされる、複雑で難解な言葉の羅列が綴られてゆく。
すると少女を纏っていた植物たちが少女の体と融合を始めた。肉の内部に沈み込み始めたのだ。同時並行で少女用の義足と義手が組み立てられてゆく。少女の全身は出血と止血を繰り返し、やがて背中の肉を裂いて、何本もの太い蔓たちがあふれ出した。ツタは少女の体をまるで揺り籠のように優しく包み込み、少女に干渉しようとするグラノールを警戒するように這いまわる。
「……っぐ」
ツタの先端がグラノールの首に絡みついた。
俺はグラノールの足を掴んでいた右手を離し、剣を使ってその蔓を切り落とそうと試みる。
「待ってッ! このままで、良い……ケロ」
グラノールがそれを呼び止めた。
ツタを伝い、グラノールの体から目に見えるほどの膨大な魔力が、少女の体へと注がれてゆく。
魔力奔流の負荷に耐えきれず、ツタはすぐに焼き切れて、揺り籠の内部へと戻ってゆく。するとまた新しいツタが伸びてきて、グラノールに絡みついて、栄養を吸収する。それが何十分も続いた。
十分すぎるほど栄養を与えられ、体のあちこちからツタを生やした少女は、今や別のモノになり果てていた。
「……人間、なのか」
「でも、生きてるケロ」
ツタによる義手と義足の縫合が完了する。
グラノールが大きく息を吐き出すと、地面を支えていた両腕を脱力させた。
グラノールの体がカクンと折れて、倒れこむ。
「おいッ、大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと、頭に血が上っただけだ……ケロ……」
助け起こしたが、グラノールに意識はなかった。脈はあるので時間が経てば回復はしてくれるだろう。
問題は少女の方だ。ツタは少女の体の内部へと収束を始め、凝縮してゆき、肌色の人間らしい色合いを取り戻している。義手も義足も肌色で、肉質があった。きっと魔術的に融合させたのだろう。完全にツタを体の内側へ収納しきると、小さな体がパタリと地面に倒れる。
近寄るのは少し気が引けたが、俺はボロボロの衣服を拾って、そいつにかぶせてやることにした。
「……無茶しやがって」
気絶したグラノールを抱えて地面にそっと横たえると、俺は地面にあぐらをかいて座った。
手に抜き身の剣を持って、じっと少女の方を見守る。待つのは得意だった。
何か変な動きでもしたら手足でも切ってやろう。
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先に目を覚ましたのは青髪の子供の方だった。
覚醒するやいなや、小動物にも似た素早い動きで立ち上がり油断なく周囲を見渡す。
「……ッ。……ここはッ」
そして少女の青い瞳が、俺の方を向いた。
「だ、誰ですかッ」
「俺はカジュだ。そして後ろで寝てるのがグラノール。俺たちはお前を助けてやった」
俺は剣から手を離さないままで答えた。
「信用できません。だって、私は……」
寄生されていたことを思い出したようだ。そいつは自分の五体を見まわして、驚いた。
「……臓器を売ってたな? 切開の痕があったぞ。俺もそうだった」
「心臓も食われていたはずです。一体、どうやって治療したのですか」
「植物で置換した、らしい。そこで寝てる女に感謝するんだな」
少女はもう一度しげしげと自分の体を眺めて、それから地面に落ちている自分の衣類に気がついて、いそいそと身につけた。ボロボロでヘソが見えている長袖のシャツに、片足が破り取られているダボダボの長ズボン。破れて使い物にならないであろうリュックサック。ほとんど燃えてしまって袖を通しても着られないジャンバーは、少し悩んでから投げ捨てていた。
「……別に頼んでないのです」
身につけ終わってから、ぬけぬけとそいつは言った。
「命乞いしてたそうだが」
「記憶にないのです」
「でも、助けてやった。感謝しろよ」
「はい。感謝します。ありがとうございました。さようなら」
「待て」
俺は歩み去ろうとするそいつを呼び止めた。
「名は?」
「グレシア」
「じゃあ、グレシア。どうしてお前はこんなスタート地点間際にいる。もう七日目の午後だぞ? 仲間はどうした」
「正直に答えたら、解放してくれますか」
「追いかけねえよ。俺は三歩しか歩けないんだ」
「はぁ? つまんない冗談ですね」
グレシアが鼻で笑った。口の片端を釣り上げる皮肉った表情だ。
子供がする表情とは思えないな。
「森の中で
淡々と説明された。
ヘラヘラ笑いながら説明を続けるグレシアの狂気的な目つきに、俺はぞっとなった。
なんてやつだ。
本当になんてこともなく、世間話のように答えてやがる。
「あれ? ちょっと同情しちゃいましたですか? なんて優しくて良い子なのでしょう。カジュ、でしたっけ。身なりの良い服を着ていますね。もしかしてどこかの王族とか。だとすれば、仲良くなって置いて損はないかもしれないのです。きし、きししし」
本気でやばいやつだ。
人種が違う、のか。
「お前は、どうしてこの試験を受けているんだ。何か大事な使命があるのか?」
「使命なんてありませんよ。ただ、私はこの試験を受けるために命を抵当に入れている」
学園に入って稼いで命を取り戻すのか、道半ばで挫折して奴隷としての道を選ぶか。
狂気的なまでに強い意思を感じた。まだ俺より小さいというのに、こいつは何を背負って生きているのだろう。どうしてそこまでしてこの試験を受けたがるのだろうか。
「……なあ、グレシア。俺たちに協力してくれないか」
「ふん。やっぱりそうきたか。お断りですね」
相手にしないとばかり、グレシアが手をひらひらと振る。
「お前にとっても悪い話じゃない。メリットはある。いいか、俺たちは
魔物指定“
「おやおやカジュさま。寝言は寝て言えですね。そんなぶっ飛んだことができるのは今期の受験者でも上位三名ぐらいですよ……。……あれ、ちょっと、待ってください。……カジュ? ……赤い猫の耳。……ね、猫耳ッ!」
よかった。この猫耳ヘアバンドに見覚えはあったようだ。
「そう。俺は最速の合格候補とか言ってチヤホヤされてた、あのムカつく赤猫のカジュだ。俺は訳あってリタイアすることにしたが、こっちの
グレシアの形相が変わった。
猛獣を前にした兎のように俊敏な仕草で、近くの木の陰へ隠れる。
「ば、馬鹿なッ! なんでお前たちみたいな化け物が、まだこんなところにッ!」
「まだ諦めていないってことは、お前には移動手段があるんだろ?」
「……ッ!」
図星らしいな。
「まあ、聞け。三人一組とは言うが、それは形式上の話だろ。他のチームと手を組んだっていいんだよ。協力すれば、緑蛙のグラノールがお前の体を絶対に守り抜く。そこは保証する」
少しの沈黙があった後、グレシアが木の陰から顔を出した。
「その話を信じるならばこれ以上に美味い話はない。まずは理由からです。お前はどうしてこんなところにいるのですか?」
俺はかまわず全てを話すことにした。
「一日でコースを踏破した俺たちは、魔法学校のちょうど門の前で、理科教諭を名乗る女と鉢合わせた。おそらくあれが試験の最終関門ってやつなのかもしれない。俺たちはそいつに敗れ、六日間昏倒して、目をさますとスタート地点にいた。歩行を妨害する呪いを受けてロクに進めず、この通りだ」
「……このコースを一日で踏破できるものなのですか」
「可能だ。大きく迂回して、砂漠地帯を走った。あそこの魔物は強力だが、障害物がない。だから本気で移動できるんだ。まあ、今は三歩しか歩けないから無理だけど」
グレシアは押し黙ったまま目の中で打算の色をちらつかせていたが、やがて木の陰から出てきた。
「きししっ。つまり、困っているのは移動のただ一点のみなのですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「きしっ。私は土くれからゴーレムを創り出すことができる。操作技術なら負けません。妨害もなく夜通し稼働させ続ければ、七日以内にはたどりけるでしょう。そこのグラノールという方も……もちろん足の使えないカジュも運べます」
まるで真っ暗な闇の中に、一すじの蜘蛛の糸がおりてきたかのようだった。
「ほ、本当なのかッ」
俺は転びながらグレシアにすがりついた。
「は、話はあなたの剣の腕を試してからです。くっつくな! それから、」
グレシアは条件をつけ足した。
「入学してからは私の学費の援助することを約束してください。あ、あと、私の身の安全を保障することと、それから、私が困った時は絶対に駆けつけるのです、あとは」
「当たり前だろッ! 全部俺がなんとかするよ。約束するよ! 絶対に!」
安いものだ。諦めていた夢が、首の皮一枚で繋がったのだから。
俺はまだ冒険をしていられる。
「本当ですね? 本当なのですね⁉︎」
「ああ! 絶対だ!」
俺とグレシアは肩を震わせると、それから手を取りあって飛び跳ねた。
「っっしゃああああああ‼︎」
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
三回飛び跳ねると、俺はその場ですっ転び、寝転がってガッツポーズをとった。
グレシアは嬉しさのあまり泣きだしていた。ほらみろ。裏切られて囮にされて死にかけて、それで笑っていられるわけがない。こいつだって本当は不安でいっぱいだったのだ。
歓喜に包まれていた二人の間の空気は、ちょうど目を覚ましたグラノールのわざとらしいあくびによってかき消された。
「くぁー。 ……よく寝たケロ。ここはどこケロか?」
「なあ! 聞いてくれよグラノール! 俺、まだ諦めなくてすみそうなんだ!」
俺が満面の笑みで言うと、グラノールものんびりとした笑顔を返してくれた。
「じゃー、また
「ああっ!」
俺の冒険はまだ終わっていなかったのだ。
待ってろよ理科教師。今度こそ絶対に校門までたどり着いてやる。
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