十話 ループゲーム

「当主様、少々お話がございます」


「よう。ちょっと聞きてえ事がある」


 当主と呼ばれる青年は扉を半分ほど開けて、全く感情の無い目で俺とマリスを見た。


「やあマリス。そしてフラン殿。この前は随分と無礼を働いてしまったな。謝罪しよう。もう貴方は僕の同胞、いやそれ以上の家族だ」


 あまりにも意外な返答でぞっとした。マリスは目を大きく開いて固まっている。


「お、おお? そ、そう? 実は…」


「だが済まない。先約があって家族と言えどそれは覆らないんだ。時間は限られていてね。どうしてもというのなら弟のラスに話を通してくれないか? 彼もああ見えてこの家の第二席だ。頼りになるよ」


「あ、ああ。いや、こっちもいきなりだもんな。解った」


 当主はそれではと頭を軽く下げて扉を閉めた。


「拍子抜けだな…最初の印象じゃ俺の話なんざ聞きゃしねえと思ったが…」


「わ、私もあんな当主様は初めて見ます…」


 一晩悩んだが当主に話をする事にした。彼はマリスと歳が近い。マリスが生まれた時に当主は五歳なので呪いをかけた候補から外している。


「さてラスお坊ちゃんね…」


 藁半紙を雑貨鞄から取り出して家族構成を確認した。フルグライト家第二席ラス。年齢は十三歳で性格は活発。屋敷の訓練場によく籠っている。彼も外して問題ない。


「ふーん? 魔法の訓練でもしてんのか?」


「ラス君は魔法よりも剣術の訓練をしております。ティータとよく遊んでいたものです」


「剣ねえ…」


 屋敷から一旦出て中庭を突っ切った奥に離れがあり、その一部が訓練場になっているようだ。

大きい扉がぎいと音をたてて開いた。しっかりとした作りだが随分と古く感じる。そういえば屋敷も年代を感じる作りになっていた。数百年前の竜の魔法使いの血を引いているという話もあながちホラではないかもな。生き証人が俺の隣に居るし。

 訓練場の中はかなりごちゃついており、人型の藁がいくつも置かれていたり、的らしき丸い皿や妙な形の木が天井からぶら下がっている。


「はあっ!」


 掛け声と共に人影が動いた。それは次々と藁や的を打ち抜き、妙な木をばちばちと滅多打ちにした。


「ほお大したもんだな。一呼吸でこれだけ打ち込めるとは」


 栗色の髪をした彼はあどけない少年にしか思えなかったが、裸の上半身には年齢には不釣り合いな筋肉がついていた。


「ラス君。お話があるんだけどいいかな?」

 

 マリスはそう言って両手で顔を隠している。息を切らせたラスは俺たちを一瞥し、あからさまに不機嫌になった。


「チッ。君付けするんじゃねーって言ってんだろブス」


「あ、ごめん」


「おい! 今見たろ!? 俺に顔を見せんじゃねーって言ってんだろ! ブス!」


「…初めましてだな。ちょっと話があるんだが…」


「あ? 誰だよオッサン。黙ってろよ」


 こいつ殺そうかな。


「ごめんねラス君。でもお姉ちゃんのお話聞いてくれないかな?」


「誰がお姉ちゃんだ! てめーみてーなブスは家族でもなんでもねえよ!」


 決定。ぶち殺す。


「マリス、封印を解け。竜の魔法使いの力を見せてやれ」


「もう。何を言っているんですかフラン様」


「ああ…? うるっせーな。訓練の邪魔だ! 消えろよ!」


「お話を聞いてくれないとお姉ちゃんずうっとここにいるよ?」


「何なんだよ! ブスにオッサンにうざってえ!」


「マリス、さあマリス。死をくれてやれ」


「フラン様は少々お待ちくださいね」


「出てけよ! でーてーけ! でーてーけ! ぶーす! ぶーす!」


「昔のラス君は素直で可愛かったんだけどなあ。お姉ちゃんお姉ちゃんってティータと一緒についてきたのに」


「なっ!? ばっ!? ばっかじゃねーの!? し、知らねえよ!」


「一緒にお風呂に入った事も…」


「あああああ! うるせえうるせえうるせえうるせえ!」


 顔を真っ赤にしたラスは藁人形を一生懸命叩いている。


「解ったよ! もう解った! 何の用なんだよ!?」


「当主様とお話したいんだけど、その前にラス君に話をつけてって言われて」


「ん? 兄ちゃんと…? じゃあプラボに話をしてくれよ。難しい話ならあっちだろ」


 シッシと右手で俺たちを追い出したラスは訓練を再開しているようだった。


「マリス…よく怒らねえな」


「子供の言う事ですから」


 第三席プラボ。年齢十二歳で性格は内向的。自室に籠る事が多く滅多に姿を現さない。当然だが彼女も候補から外した。


「家に籠る人多くない?」


「家柄ですかね? 黙々と一人で何かするのがみんな好きなんです」


 プラボの自室に向かうと妙な光景が広がっていた。赤い髪をした給仕係の人形が扉の前に置かれている。髪が目を隠しており顔には平面的な赤い唇しかないので不気味だ。


「なんじゃこりゃ」


「フラン様、あまり近づかないでください」


 マリスは人形へじりじりと近づき、あと一歩というところで止まった。


「こんこん、プラボちゃん。ちょっとお話があるんだけどいいかなー?」


 耳を澄ますと中から低い音が聞こえる。カチャカチャと金属をいじるような音も聞こえてきた。


「プラボちゃーん。お話しなーい?」


 中から聞こえる音はマリスの声に全く反応していないようだ。


「…めんどくせえから入っちまおうぜ」


「あ!」


 俺が扉へ近づくと人形が急に震え、上半身だけをすごい勢いでぐるりと回して手刀を繰り出してきた。ばきん! と大きな音が廊下に響いたが結界に守られた俺は無事だった。


「うおおお! びっくりしたー!」


「大丈夫ですか!?」


「…に…」


 扉の奥から微かに声が聞こえた。


「…いまのおと…なに…?」


 扉を見ると給仕係の人形が音もなく戻っていた。


「え、ええと、大丈夫だよ。マキ―ナはどこも壊れてないから!」


 扉の奥は無音と化している。丁度いいので話を聞いてもらおう。


「えーと、あの、お嬢ちゃん? ちっと話を…」


「ぱぱにいって…」


 その言葉を最後にプラボからの返答はなかった。


「焦ったぜ。何だありゃ?」


「ライデン石を動力にした機械仕掛けの鉄人形です!」


 マリスは目をきらきらさせて鼻息を荒くしている。


「昔はプラボちゃんとよくライデン石について語り合ったものでした! もっと効率を上げる方法は無いか? 小型化は? 軽量化は? 遠隔で動かせないか? あとは…」


「あのごめん。次にいっていい?」


 第四席エレクト。当主のジョイン、弟ラス、妹プラボの親にあたる。良い奴だが残念ながら呪いをかけた候補の一人だ。


「親の席が子供より低い位置にあるのって珍しくねえか?」


「そういった事は私さっぱりで…」


 昨日も行った庭園に行くといつもの光景のようにエレクトが雑草を抜いていた。


「どうも。ちょっといいか?」


「やあマリス、フランさん」


「叔父様。当主様に取り次ぎを願いしたいのですが」


「ジョインに話が? なら私じゃなくて妻の方がいいね」


「そ、そうか…」


「リリベル様はどこにいらっしゃいますか?」


「台所じゃないかな。今は料理が趣味らしいから」


 第五席リリベル。エレクトの妻で公国の都出身。飽きっぽくてハマりやすい性格。彼女が候補二人目だ。


「いつになったら話が進むんだ…?」


「あと少しですよ!」


 台所に着くと一心不乱に野菜を切っている女性がいた。一つにまとめた濃い茶色の髪とエプロンドレスを揺らしてひたすら包丁を動かしている。


「ん? あらこんにちは。ごめんなさいね。いま手が離せないの」


「そのままで結構だ」


「リリベル様。当主様にお話があるのですが取り次いで下さいませんか?」


「あら? 慣例だと私じゃなくて第六席にお話を通さないといけないわ」


「だ、第六席…?」


「はい。私です」


「…マリス。当主と話がしてーんだけど…」


「そうですね。では当主様に直談判しに行きましょう!」


「馬鹿かあああああああああああああああああああああああああああああ!」



※ ※ ※



「この野郎! 最初っから話を聞く気なんざ無かった訳か!」


 荒々しく扉を開けた俺を当主は小馬鹿にしたように首を振った。


「当主の部屋にノックも無しに入るとはよほど無教養と見える」


「うるせえ! それより聞きてえ事があるんだよ!」


「…っ。僕は無いな」


 当主は頭を抑えて苦悶の表情を浮かべた。無意識に《厄》を見ると黒く濁っている。


「あん? どっか悪いのか? 病気か?」


 俺の言葉に当主の眉が一つ跳ねた。


「耳障りな声を聞けば具合も悪くなる」


「そーかい。だがなかなか治らないみてぇだな」


「話にならないな」


「その通り。実力行使に来たんだよ」


〈ラックリング〉を発動させて当主の胸倉を掴んだ。


「おい…!?」


「この坊ちゃん当主の悪運を俺に寄越しな!厄奪バッドスティール!」


 マリスの悪運とは比べ物にならないほど軽いがきっちりと悪運を吸ってやった。その途端に窓ガラスが割れて炎の礫がいくつも飛び出してきた。俺は結界に守られているし、当主は幸運状態だったので誰にも当たらず床に散らばった。


「な、何だ!? なにが起きてるんだ!? は、離せ!」


 俺の右手を振り切った当主はその勢いのまま後頭部を壁に打ち付けた。


「ぐ!?」


「と、当主様!」


「大丈夫だ」


 当主はしばらく頭をさすっていたが、何かに気がついたように動きが止まった。首を回したり頭を注意深く触っている。


「頭痛だったか? ツイてるなあ。壁に頭をぶつけたら頭痛が無くなるなんてなぁ」


 当主は目を見開いて俺を見ていた。


「ティータの治療に呼んだ魔法使いってあれ本当はお前の為に呼んだんだろ?」


「えっ…? ふ、フラン様? どういう事ですか?」


「おかしいと思ったんだよ。マリスには危険な事をさせて妹は治療するなんてな。あのおばちゃんは痛みを弱める事しかできねえって言ってたろ? 意識がねえティータにやる意味が解らねえ。なら何の為にあのおばちゃんを呼んだのか? …てめえのためさ」


「それじゃあ…ティータの治療は…? う、嘘だったんですか…!?」


 当主は苦々しい顔をしてマリスを睨みつけた。


「僕は当主だ。この家を守る義務がある。その為ならどんな犠牲も構わない」


「どうして…! どうして私たちをそんな目の敵に…!」


「…直系の血筋を引いておきながら魔力の無いお前をどうして許せようか」


「! ふ、フラン様! 封印を解いてよろしいですか!?」


「軽めにな」


「はい!」


 マリスの目が輝きを取り戻し体の周囲が揺らめいていく。割れた窓から吹き込む風がマリスのワンピースを揺らして神々しさに拍車をかけていた。


「え…」


 当主の口が開きっぱなしになっている。よく見れば顔が赤い。


「よーく見やがれ当主様よ。これが本当のマリスだ。今まで見ていた不細工で魔法が使えないマリスは呪いのせいだ」


「ま…マリス…? 何だ…その姿は…それにこの魔力は…!?」


「当主様、これで私たちを許してくださいますか!?」


「ち、近寄るな」


 当主は接近するマリスからしどろもどろで何とか脱出を図ろうとしているが、ついに両手を掴まれて上目遣いで懇願されていた。


「解ったから…手を放してくれ…」


 顔を真っ赤にする彼はどこにでもいる年相応の青年にしか思えなかった。彼は彼で本当に必死なのだろう。そういうところはマリスによく似ている。


「…それで? 回復魔法で僕の頭痛を治療したから何だ? マリスに魔法の才能があったから何だ? 状況は何も変わらない。マリスは勝手に婚約の儀をしてしまった。そうである以上はマリスが当主になる事はもうあり得ない」


 ふてぶてしい当主は冷たい目に戻り、俺とマリスを睨みつけた。


「回復魔法じゃねえしその事情も知らねえし。俺が知りてえのはマリスの出産に立ち会った関係者だ」


 当主は首をかしげて視線を左上に流して黙った。


「…そんな事を聞いてどうする?」


 もっともな質問だがマリスの前でして欲しくなかった。


「…その中にマリスを呪った奴がいるかもしれねえ」


「え!?」


 マリスは驚愕して俺を見ている。誤魔化す事もできたがいずれバレるなら早い方がいい。


「ご冗談…ではないのですよね?」


「ああ。まだ可能性があるだけだ」


 当主はいつの間にか机に腰かけてため息をついていた。


「答えたらすぐにでも出て行ってくれるのかな」


「喜んで行くとも当主様」


 空中に視線を泳がせた当主はぽつりと呟いた。


「マリスの両親に僕の父エレクトと母リリベル。それに祖父のナブネス。あとはメイド長がいた」


「メイド長?」


「ユリアという名のメイド長だ。当時から高齢で数年前に引退している」


「…そうか」


「ま、待ってくださいフラン様。私の父と母も、叔父様と叔母様も、ユリアも…おじいさまも…そんな事をする訳ないです…理由がないです…!」


「可能性だ」


「そんなものだって一つもないですよ!」


 身内を疑う事になるとは思わなかったのだろう。マリスは混乱しているようだった。


「そんなの…そんなの…!」


 俺はそんなマリスの肩を抱いてやる事しかできなかった。

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