十三ノ巻 地下洞窟、攻防(一)


 目の前から、死体が消えてくれない。

 逸花はそっとこめかみを押さえた。


 朱天王に追いつめられた2人は、機体ごと近くにあった大穴へ飛び込んだ。

 そこは複雑に絡み合った横穴によって天然の迷宮となった地下洞窟であり、ドワーフという種族の巣でもある。


 招かれざる客人をドワーフたちは歓迎しなかった。

 村の外れで焚き火を熾すことは許してくれたが、それ以上は取引さえ拒絶された。

 出て行こうにも、朱天王は唯一の出入口に門番よろしく立ち塞がっている。


 今にも消えそうな火を見ていると、逸花の脳はいやでもオトワ・エルフたちの無惨な屍を思い出してしまう。

 闇の中からは今にも死者が手を伸ばしてきそうだ。


「――おい、聞いてんのかよ、逸花」


 焚き火の向こうから、声が投げられた。

 頭から毛布を被った裕飛がこっちを睨んでいる。

 逸花は慌てて取り繕おうとしたが――言葉は出てこなかった。


「……ごめん、聞いてなかった」

「まったく……しょーがねーな」


 言い方はともかく、裕飛の口調は優しい。

 彼の目は逸花の右腕に巻かれた包帯に向けられていた。

 エルフの矢によって負った傷だ。


「……悪い、オレが……」

「ユウのせいじゃないよ」

「けど……」


 悪いのは戦場で不用意にコクピットを開けた自分だ、と逸花は思う。

 しかし裕飛はすっかり自分の責任だと抱え込んでしまっているようだ。

 腫れ物に触るような対応が、むしろ逸花にとっては居心地悪い。

 だからといって、明るく振舞ってみせるのは、やっぱり今の逸花にはできなかった。


 あんなにも多くの子供を殺した自分がまた無邪気に笑える日は来るのだろうか、と逸花は思う。


「聞いてなくてごめん。もっぺん最初から話し――くしゅっ」


 逸花がくしゃみをしたので、裕飛は火の勢いを強めた。

 上から水滴が降ってきて、ぴとん、と岩盤の上ではねる。


 それに混じって、誰かの近づいてくる足音がした。

 間もなく、焚き火の光が届く範囲に、それはぬっと顔を出す。

 逸花の肩より背が低く、そのぶん横に広がったような体躯の小男。

 髪と髭で覆われた顔から、高い鼻が1本そびえ立っている。


 ドワーフ――その中でも『地潜り』と名乗る集団だ。

 エルフからはモウルエルフ、キョートピアンからはウェアモウルと呼ばれている。


「おや、こんにちわ。外は絶好の晴れ模様のようですよ」

「そうですか」


 通りすがっただけらしく、ドワーフはひょこひょこと歩み去って行った。


「……なにあれ」

「催促だろ。早く出て行けって」


 逸花は天井を仰ぐ。

 水晶でできた岩盤の向こうに、小さな光が舞う。

 星空が踊っているようだ。

 洞窟の上には水脈があって、そこに棲む発光魚がプランクトンを誘き寄せながら泳いでいるのだ。


 幻想的な光景だが、『雨漏り』はひどいし、肌寒い。

 テントなしでキャンプするには辛い場所だ。


 逸花は裕飛同様に頭から被った毛布――コクピットに常備されたサバイバルキットに入っていた――の前をぎゅっと合わせた。


 清姫プルガレギナを起動させれば少しは暖かいかもしれないが、それでは鬼火でこちらの位置がバレてしまう。

 今のところ、脱出しようとしないかぎり朱天王は攻撃してこない。

 とはいえ、わざわざこちらの居場所を教えることはないだろう。


 そういう意味では焚き火もよくないのだが、風邪をひいては元も子もない。

 ドワーフの集落の明かりに紛れるはずだ、たぶん。


「……寒いだろ」


 頭に被さる毛布が重みを増した。

 裕飛が自分の毛布を掛けてくれたのだ。


「いらないよ。あんたが風邪ひいたらどうすんの」

「大丈夫だってこれくら――ひゃっくしょおおう!」


 盛大なくしゃみ。

 言わんこっちゃない、と思ったが、こういうとき裕飛がそう簡単に気を変えてくれないのはわかっている。


 だから。


「……しょうがないな。はい」


 逸花は毛布の端を持ち上げた。


「……入れば?」

「…………」

「黙り込むな! そんなんじゃないから! 緊急避難? なんですけど!」

「お、おう、キンキューヒナンな……」


 毛布が引っ張られ、裕飛が隣に潜り込んでくる。

 今更だが恥ずかしくなった。裕飛に目を向けられない。

 肩と肩が触れ合う。

 裕飛が小柄なのは知っていたけれど、肌を通じて知覚したその体格は、思っていた以上に小さかった。まるで小さな子供だ。


 こんなにも小さかったっけ。

 あと、やけに体温が高いのはともかく、妙に毛深い。

 なんか、ぬいぐるみというか、猫みたいな――。


 気恥ずかしさよりも違和感が勝った。

 逸花は隣を見る。

 毛むくじゃらの顔が、逸花を見返した。


「うわ――っ!?」

「あ、すいません、驚かせちゃって」

「な……なんだ、トゥペーラか……。いつの間に……」


 トゥペーラ。

 長い前髪と、頬にびっしりと生えた長い産毛――髭というのが適切かもしれないが、女の子に対してそれはどうかと逸花は思う――で顔を隠したドワーフの少女。

 排他的な他のドワーフと違い、彼女は態度こそ控えめだが好奇心旺盛で、裕飛たちに好意的だった。


 トゥペーラは両手で抱えたタッパーを差し出す。


「あの、お腹減ってるかと思って、お食事をお持ちしました。少量ですが」

「ありがとう。なにこれ?」

「はい! 乾燥ミミズと地下ダイコンのサラダです!」

「……あたしはお腹減ってないから、ユウどうぞ。それより、なんでここに? 他のドワーフに見られたらまずいんじゃなかった?」

「オレが呼んだんだよ。作戦に協力してもらおうと思って」

「作戦……?」

「もちろん、朱天王を倒して、ここから出る作戦だ」


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