十二ノ巻 覚醒スル、魂(六)


 傍らのヨリミツが止めるのもかまわず、ミチナガは前に進み出た。

 目の前には、斬首を待つかのように膝をついた深紅の清姫プルガレギナ

 コクピットのある部分を見上げ、装甲の奥にいる将吾郎に向かって、ミチナガは問う。


「――なぜ、逃げなかった」


 ミチナガには不思議でならない。

 憑鉧神の出現を、逃走の手助けにするならまだわかる。

 だが将吾郎は戦った。頼まれもしないのに。


「面白みのない小役人のような男かと思っておったが、なかなかどうして酔狂者よな。ダークエルフを救いたければ、この場に留まるは下策とわかっておったはずだが」

「――それでも」


 返事は期待していなかったが、少年はその思念をミチナガの脳に投げ返してきた。

 奈々江やハルアキラから聞いたときは半信半疑だったが、認めざるをえない。

 将吾郎はシャーマニュウム通話を使いこなしている。


「それでもそれは、誰も代わってくれない、僕のどうしてもしたいことだからです」

「憑鉧神を倒すのが、そちの本当の望みだったのか? ダークエルフを救うのではなく?」

「ポンテも助けるし、憑鉧神に襲われた人は野良ソクシンブツであろうと助ける。そしてこれから、裕飛を助けに行く」


 ミチナガは口角を吊り上げる。


「だが現実は、誰1人救えん。おまえはダークエルフともどもここで捕まり、ユウヒを救いに行くこともできぬ。今日助けた人間も、明日には別の憑鉧神に殺されておるかもしれんな。……欲を張るからだ」

「…………」

「おぬしの敗因は、選ばなかったことよ。己の手で掴みきれないものまで掴もうとするから、すべて失う」


 救うべきものに優先順位をつけ、最も順位の高いものを救うために順位の低いものから切り捨てる。

 それをする覚悟がなかったがゆえに、将吾郎はすべてを失った。

 ミチナガはその弱さを笑う。敗者の悔しがる顔こそ彼にとって最高の娯楽だ。


 だが、将吾郎から返ってきたのは、歯ぎしりではなく乾いた笑いだった。


「もう少し大物かと思ってたけど、面白みのない小役人みたいなことをおっしゃるんですね、ミチナガ様?」

「なに……?」

「そんなの、あんたに言われなくてもみんな知ってる。誰だってやってる。だからこそ、それをしない者にこそ、僕は惹かれる。それ以外に、僕の考えるヒーローはない。大切な者、愛する者しか守らない奴なんて、僕にとってヒーローたりえない」


 だから裕飛を好きになった。

 誰彼かまわず助けようとする彼だからこそ、手伝う値打ちがあると思ったのだ。


「僕は別にヒーローになりたいわけじゃないけど……。どうせなら全員助かるほうがいい――と言ったら、あんたみたいな人は子供の戯言と嘲笑いますか」

「いいや」


 ミチナガは首を横に振った。


「笑わんとも。だがそれを本気で言うならば、ショウゴロウ、そちは儂らに手を貸すべきだ」

「え……?」

「全人類、いや全知的種族の救済。それが超次元風水計画の最終目的だからである」

「なに言ってんだよ!」


 ポンテが叫ぶ。


「あちこちの国を滅ぼして、アタシの村も滅茶苦茶にして! なにが全知的種族の救済だよ!」

「東西南北上下左右、八神相応の地を完成させれば、究極の楽園浄土が生まれる。その時こそ、異種族どもに対して奪った以上のものを与えることができよう。それでは、いかんのか?」

「結局、今を生きている異種族たちが犠牲になることには変わりがないじゃないですか」

「だが、それさえ越えれば、最大限の幸福が手に入る。生きて浄土を拝めぬ者どもには悪いが、大事の前の小事よ」

「…………」


 ミチナガは手を差し伸べる。


「ショウゴロウよ、1歩目から完璧な人間などおらぬ。終点に辿り着いた時に完璧であればよいのだ。今の無力を苦にするあまり、目指すべき場所を見間違うな。儂とともに完全なる平安の世界を作ろうではないか」


 わずかな沈黙を経て、将吾郎は静かに言う。


「……ミチナガ・ノ・フジワラ。あなたは、この世界の地図を見たことがありますか」

「それがどうした?」

「こうして見ると、キョートピアは大きい。でも、ヘイアンティス大陸全体からすれば、ちっぽけなものだ」

「……なるほど」


 将吾郎の意図を察したミチナガは笑みを深くし――高らかに笑った。


「なるほどなるほど、そちにとっては、儂らこそが小の虫であったか!」

「いつでも自分が切り捨てる側に立っていると思うな。同じ切り捨てるなら、僕はあんたたちを切り捨てる。あんたたちを滅ぼして、それ以外の平和を守る。犠牲にされる側になる気分はいかがですか、専務殿」


 将吾郎の息は整ってきた。

 ならばもう、ここに長居をする必要はない。


「――おぼえていろ、ミチナガ……! たとえ誰のためであっても、それですべてが丸く収まっても、あんたが切り捨てたものは、決してあんたを許さない! 僕は、その怨念を背負って戦う!」


 清姫プルガレギナが浮き上がると、武士たちからどよめきが上がった。

 彼らにとって将吾郎の回復は予想以上に早いものだったからだ。

 MF部隊は臨戦状態になる。

 だが、ミチナガはそれを制した。


「よい。ユウヒを連れ戻してくれるというなら、願ったりである」


 ミチナガは去って行く清姫プルガレギナに背を向けた。


「ショウゴロウ、あいつ、やっつけちゃわない?」


 小さくなっていくミチナガを見下ろし、ポンテが言った。

 バルカン砲の弾丸はまだ残っている。

 確かに今ここで、ミチナガを挽肉に変えておくべきと思わないでもない。


「……いや、いいんだ。あいつを殺したって、他の奴が計画を引き継ぐだけだ。殺してもなにも変わらないなら、死ななくていい――切り捨ててはいけない奴なんだ、たぶん」


 大鴉が翼を広げる。

 銃身後方のブースターノズルからジェット噴射。

 Gレイヴンに曳航されるかたちで、清姫プルガレギナはオトワ・マウンテンへ飛んだ。

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