十二ノ巻 覚醒スル、魂(一)


 小さい頃、将吾郎はよく1人で近所の神社に出かけた。

 床下の暗がりで独り、身を潜めるのだ。

 なにが楽しかったのかはもう思い出せない。

 そもそも『楽しさ』を求めてはいなかった気もする。


 最初の頃は、両親を困らせるのが目的だった。

 ずっと隠れていれば父と母が自分の不在に気づいて、心配して、探しに来てくれる。


 けれど、迎えなど1度も来なかった。

 陽が落ちて辺りが真っ暗になって、根負けして帰ってきた将吾郎を、両親は責めもせず家に入れた。

 むしろ、その時になってようやく、将吾郎がいなかったことに気づいたようだった。


 それからは、孤独を慰めるのが目的になった。

 日の光の差す自室より、じめじめした暗がりのほうが自分をわかってくれる。受けいれてくれる。そんな気がしていた。


「みぃーつけた」


 初めて将吾郎を『見つけた』のは、同い年の子供だった。

 ひどく疲れた気分になったのをおぼえている。


 同年代の子供は苦手だ。

 マンガやアニメやネット動画、彼らにとって大切なものを将吾郎はなにも知らない。

 母親から禁止されていたからだ。

 級友と接することで自身の欠落を見せつけられるのは、幼い彼にとって小さからぬストレスになっていた。

 向こうだって、話が合わない奴の相手は嫌だっただろう。


「こんなところでなにしてんの?」

「さあ」


 僕はなにをやっているんだろう。

 むしろこっちが聞きたい、と思った。


「ユウ、お友達?」


 子供は姉らしき年上の女性を連れていた。

 髪を後ろで縛った、ジャージ姿の気の強そうな女性。


「うん、同じクラスの奴。根生っていうの」


 目の前の子供が同じクラスの人間だったのには驚いたが、自分などの名前がおぼえられていることに、将吾郎はより衝撃を受けた。

 それでもなんとか表面上は平静を保ち、余所行きの顔をして女性に模範的な挨拶をした。


「ちゃんと挨拶できてえらいね。将吾郎……ショウ君かあ。あたしは奈々江。裕飛のお姉ちゃんだ」


 そう。出会いは向こうからだった。


 将吾郎がなにもせずとも、待っているだけですべて上手くいく。丸く収まる。

 エルフの森では、ポンテが勝手にかばってくれた。

 城壁では衛兵を憑鉧神が蹴散らし、その憑鉧神は裕飛が1人でやっつけた。

 その後も。その後も。


 むしろ自分が下手に関わろうとすれば、かえってよくない結果を招く感すらある。

 いつもそうだ。

 逸花が助けてほしい相手は裕飛なのに、できもしないのに助けようとした。

 もし上手くいっても、きっと彼女は微妙な気分になっただろう。

 

 ポンテが捕まったとき、自分は彼の味方だと言いたかったけど、誰1人としてそんなこと望まなかった。

 そうとも、無能な仲間なんて誰も求めやしない。


 昔、母の日にカーネーションを贈ったことも思い出される。

 あの時も、母は「ゴミになるのに」と迷惑そうに吐き捨てた。

 望んでもいないものを押しつけて、不快な思いをさせてしまったわけだ。


 余計なことなどしなければよかった。そうすればゴミ箱へ突っ込まれたあの花も、本当に必要とされる誰かに買われて、綺麗な花瓶に飾られて、もう少し長生きできただろう。


 将吾郎が誰かのためになにかすれば、その誰かが嫌な気分になる。

 そうならなかったのは裕飛くらいなものだが、それももはや必要ないらしい。

 将吾郎だって好んで誰かを傷つけたいわけではないのだから、もうなにもしないほうがいい。

 それが1番だ。


 ゆえに将吾郎は今、真っ暗な部屋の中でじっとしている。

 普通の人間にとってはなんでもない、鍵さえかかっていないただの部屋。

 だがシャーマテックを使えない将吾郎には、脱出不可能の千年牢獄だ。


 ノックの音がした。


「ショウゴロウ君、いるかい?」


 ハルアキラだった。

 会いたくない。居留守を使おう。

 だが無情にもドアは音もなくスライドした。


「やっぱり起きてるんじゃないか。いや、大事な話だから是非伝えようと思って」


 ハルアキラは両手で盆を持っていた。

 盆の上には、スイカくらいの大きさの物体が1つ、ちょこんと載っている。


 それは、


 ポンテの、


 生首だった。


「ひっ……!」


 足から力が抜け、将吾郎は無様に尻餅をついた。


「君がなんにもしないから、処刑が済んでしまったよ。ねえ?」


 ポンテの生首が血の涙を流す。

 色を失い、かさかさにひび割れた唇が震え、恨めしげにこう言った。


「……どうして、一緒に、いてくれなかったの……?」





「――わあああああああああ!」


 将吾郎は目を開ける。


 夢だった。

 やけにリアルな夢だった。


 暴れまくる心臓と乱れた呼吸。

 それらが収まるまで、数分を要した。


 真っ暗な部屋。

 ポンテに利用された失態の責任とやらで、将吾郎は自室に軟禁されている。

 その点は夢も現実も変わらない。


 身を起こそうとすると、空腹に胃が呻き声をあげた。

 食事はちゃんと差し入れると言っていたくせに、もう何日も誰も来ていない気がする。


 なにか大きな揉め事があって、将吾郎などにかまっていられないのか。

 それとも役立たずなどこのまま餓死させるつもりか。

 あるいは将吾郎の時間感覚が、もう狂いはじめているのか。


「ショウゴロウ君――?」


 ノックの音とハルアキラの声に、せっかく収まった心臓がまた暴れ出した。

 さっきの夢は正夢なのでは、とバカバカしい発想が脳裏をよぎる。


「は、はい?」

「一応、君には伝えておこうと思いましてな」


 夢と違って、ハルアキラはドアを開けない。

 将吾郎は壁を手探りしながら、ドアの前に移動する。


「ユウヒ君とイチカ君がオトワ・マウンテン征伐に参加したのですが、行方がわからなくなりました」

「わからなく!?」

「まあ、なんだ。安心してくだされ。死んだと決まったわけではないのですぞ」

「安心できるわけないでしょ! それで!」

「ですよな……。いやあ、あちこち大騒ぎでして。コレチカ派はウチの責任だと責め立てるし。ショウゴロウ君、相変わらずシャーマテックは使えませぬか?」

「憑鉧神を倒す奴がいれば、あんたらにはどうでもいいのか!」

「そうは言っておりませぬぞ。ボクらだって血の通った人間なのですから、よき隣人の危機には心を痛める」


 裕飛が、いない――。


 将吾郎は力なく床に尻を落とした。


 いくら今の裕飛でも、ポンテを平気で死なせるようなことはしないはずだ。

 あいつに頭を下げてでも、上手く取り計らってもらおう――そう思っていたのに。


 いつものように「裕飛を助けなければ」とは思わなかった。

 いやというほど理解しているからだ。今の自分にはなにもできない。


 そうだ、自分などが出しゃばるべきではないのだ。


「ああそうそう、もうひとつ連絡事項がありましたぞ」

「なんですか」

「コルネロ君でしたか、それともカルロス君でしたか。本日、処刑されました」

「!?」

「たいしたことは知らないくせに非協力的でしたので、見せしめに。おかげでポンテ君の口が軽くなってくれて、助かりました。まあ、あの子も明日には処刑ですが」

「な……!?」

「そうそう、カルなんとか君から、ショウゴロウ君に伝言をことづかっております」

「伝言……?」

「敵にそこまでしてやる義理があるのかは疑問ですが、死者をないがしろにするのも、やはり後ろめたいわけでして――」

「いいから! なんて言ってたんです、カルネロは?」

「『俺の最期の言葉、ちゃんと受け取ってくれたよな』……以上です」


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