十一ノ巻 朱天王、襲来(二)


 広がる草原を風が凪いでいく。

 その上には澄み渡った青空が広がり、2羽の鳥が肩を並べるように、小さなシルエットをスクロールさせる。

 いや、よく見ればそれは鳥ではなかった。


 清姫プルガレギナだ。

 その背中には左右一対の旗指物はたさしものを翼のように広げた高高度長距離侵攻ユニットがある。


 彼らの目指す先には、小高い山を中心とした広葉樹の森が広がっていた。

 オトワの森。アルディリアの故郷だ。

 族長の娘アルディリアの身柄と木材の安定供給を引き替えに同盟を結んだばかりの彼らが、突如キョートピアに反旗を翻したのは、昨日のことである。


 占いで選出された吉日に間に合わせるため、急遽討伐軍が編成された。

 選出にはハルアキラも関わり、名簿には裕飛と逸花の名もあった。


 当然、これには異論が出た。

 2人の渡界人は憑鉧神に対して最も有効な戦力である。それが街を留守にするなど。

 しかしハルアキラは清姫プルガレギナの市外運用テストなどを理由に、2人の討伐軍参加を強引に押し通してしまった。


 どのような思惑がそこに隠されていたのか。

 それを知る由もない裕飛と逸花は、広い空を飛ぶ開放感に身をゆだねていた。


「地平線を見るんだ、逸花。そうすりゃ方向がわかる」

「うるさいな、ユウは。たったひと月しか違わないくせに先輩面しないで」

「ひと月も違うだろ」


 インストラクターのように張りつく瑠璃色の清姫プルガレギナを振り切るように、逸花は深緑の愛機を加速させた。

 レースのカーテンじみた雲を次々と突破。

 機体を回転させれば天と地がじゃれ合うように入れ替わった。

 それだけのことが無性に面白くて、逸花は何度も機体をロールさせ、ターンさせ、無意味な急上昇と急下降を繰り返す。


「飛行テストも兼ねてるからって、はしゃぎすぎだ。もうすぐオトワ・マウンテンだぞ」


 遠くにあった山は、もう手が届きそうなところまで迫っていた。


 エルフの感覚では、山というのは単に森の中の盛り上がった部分に過ぎない。

 区別するために名前をつけることはあっても、地名としては重視されなかった。

 木々が密集しているかぎりは、その中に山や谷がいくつあろうが1個の森と見なす。


 逆に裕飛やキョートピアンの感覚ではやはり山が先で、森はその付属物だ。

 そういうわけで、エルフたちはこの地をオトワの森と呼び、キョートピア側はオトワ・マウンテンと呼んでいる。


 裕飛たちが高度を落とすと、やや遅れて、森から流星のような青い光が飛びだしてきた。

 鬼火をまとわせたエルフの矢だ。


「オレたちが見える奴がいるのか?」

「縁起力の高いのも混じってるみたい」

「片付けるか」

「なに言ってんの。無視でいいじゃん」


 シャーマニュウムを収束させ、破壊力を増したエルフの矢はヘイアンティス大陸において長らく恐怖の対象だった。

 その威力は鉄の鎧さえ容易に撃ち貫く。

 しかしMFの装甲に対しては力不足であり、そもそも今は相対距離が開きすぎている。

 ほとんどの矢は2機の清姫プルガレギナに届く前に重力に引きずられていった。


「――見つけた!」


 森の中に、巨大な木造人工物があった。

 元の世界でバリスタと呼ばれる据え置き式の弩砲を、MFサイズにしたようなものだ。

 要塞砲、という言葉を裕飛は思い浮かべる。


「あれだ、あれを潰すのが仕事だ、行くぜ!」


 2人に与えられた仕事は3つ。

 1つは、清姫プルガレギナの長距離飛行データの収集。

 もう1つは、本隊がオトワ軍を引きつけているうちに2機で反対側から侵入、敵砲台を破壊することだ。


 そして、最後の1つは。


 砲台に向かって、裕飛は清姫プルガレギナの右腕を突き出す。

 そこには、前腕に巻き付けるように装着された盾があった。

 盾の内側に並ぶ3本の鉄製の筒、その1本から炎があがる。


 筒から吐き出された火球がバリスタ砲台を直撃。

 木製のバリスタはあっという間に燃え上がる。


 裕飛が使用したのは、元の世界でいうところのロケットランチャーだ。

 オーガマタのデータと裕飛のいい加減な説明から、ハルアキラはたった半月で銃砲火器を正確に作りだしてしまった。


 裕飛たちに与えられた任務、その最後の1つは、この新たな新兵器の実射テストだ。


 バリスタが焼け落ちたのを見計らって、裕飛は同じ場所に消火弾を発射する。

 森の木々はのちのち式神製作の資源となるのだ。一緒に燃えてなくなられては困る。


「ミドリ! よく狙って、撃ちなさい!」


 色がグリーンだからミドリ、と命名した自機に命令する逸花。

 ミドリの手には、銃身の長いライフルが握られている。

 それは火縄銃からはじまる歴史をすっ飛ばし、既に21世紀の狙撃銃をそのまま大きくしたようなデザインと性能を有していた。


 銃爪が引かれれば、鬼火を帯びた木製弾丸が撃ち出される。

 原理的には電気の代わりに思念を使うレールガンというべきものだ。

 音速で飛ぶ飛翔体の直撃を受け、もう1基のバリスタもまた無惨に砕け散る。


「これで全部だな。あっけねえ……」

「これからすぐ帰らなきゃいけないんだよね。もっとゆっくりしたい」

「憑鉧神がいつ出るかわからないんだから、仕方ないだろ。さ、帰ろうぜ」


 逸花の返事はなかった。

 振り返った裕飛は、深緑の清姫プルガレギナが森を見下ろしたまま、動きを止めているのに気づいた。


「どうしたんだよ、逸花?」


 返事はない。

 か細い思念を読み取ろうとして、裕飛は機体を近づける。


「あ……あれ……」


 逸花が見ていたのは、彼女が破壊した巨大バリスタだ。

 その視線を追いかけて、裕飛は逸花の言わんとすることを理解する。


 焼け焦げたレンガのような赤土の上、ぶちまけられたひとつかみのチャーハン。

 具材に見えるのはバリスタの破片。米粒は無数のエルフの屍、その部品だ。


 エルフ側にMFの類はないという。

 巨大なバリスタを操作するのは1人では無理で、数名のエルフが協力して行う。

 バリスタが破壊されれば、当然彼らも運命を共にすることになる。


 だが、それだけなら逸花だって耐えられた。

 自分がしているのは殺し合いで、戦争とはこういうものだ、と納得するに終わったかもしれない。


「うっ――」


 だが彼女の目の前に転がっている死体は、どう見ても幼い子供のものだった。

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