十一ノ巻 朱天王、襲来(一)


「ドラゴンスラストォォォッ!」

「ペガサスシュ――ト!」

「タイタン・スラッシャァァァ――――!」


 意味不明の叫びをあげて、裕飛は1人、庭に立てられた藁人形に向かって木刀を振るう。

 正気を失ったわけではない。

 必殺技を編み出そうとしているだけだ。

 そんなことを大真面目にやる奴など正気ではないと言われれば、確かにそうなのだが。


「駄目だ……」


 藁人形が原形を失っても、彼を納得させられる技はついぞ見いだされなかった。

 端から見ても集中力を欠く今の裕飛には、当然の結果と言えるだろう。

 その原因が、親友とのいざこざにあるのは明白だった。


「せめていい加減、ちゃんと正式名称決めたいな……」


 やる気を失い、裕飛は縁側に寝転がる。

 そこへ何者かが影を垂らした。


「……外つ世の剣術の掛け声とは、奇妙なものなのですね」


 影の主は、バスケットを抱えたアルディリアだ。

 裕飛を見下ろし、微笑む。


「あら?」

「どうした?」

「ユウヒ様の利き手は左と存じておりましたが」


 右手に掴まれたままの木刀を見てアルディリアが首を傾げる。

 彼女の観察眼に舌を巻きながら、裕飛は右手で剣を振ってみせた。


「ツナさんに言われて、右手でも剣を扱えるように特訓中なんだ」


 清姫プルガレギナのロケットパンチは1度撃ったら戻ってこない。

 基本的に右手を飛ばすつもりだが、状況によっては左を使うこともあるだろう。

 そうなったあとで戦い続ける羽目になった場合を考えれば、右手の訓練は必要だ。

 必殺技の開発は難航しているが、こちらのほうはそれなりの成果を見せている。


「お食事をお持ちしました。休憩になさいませんか」

「いつも悪いな」


 バスケットを床に下ろし、いそいそと重箱を取り出すアルディリア。

 裕飛は部屋から自分と彼女のぶんの茣蓙ござを取って戻る。


「お、ハンバーグあるじゃん」

「お好きだと、ナナエ様から聞きまして」

「また姉ちゃんかよ」


 男を落とすには胃袋をつかめ、とアルディリアに余計な入れ知恵をしたのも奈々江である。

 だが侍女に作らせた弁当で、胃袋をつかんだことになるのかはわからない。


「それでユウヒ様、祝言はいつになさいますか?」


 マンガやアニメよろしく、口に含んだおにぎりを噴き散らかすところだった。


「いや、その……今精神的に取り込んでるから……」

「仕方ありませんわね。ニンジーンを食べていただけたら、今日のところは引き下がりましょう」


 さあ、と箸につままれて差し出されるオレンジ色の野菜。

 もう会うことはないと思っていたのに、ニンジンもピーマンもダイコンも、裕飛の嫌いな野菜たちはことごとくこの世界に根付いて待っていた。


「はい、あーん」


 激しい葛藤の果てに、裕飛はかたく目をつむって口を開ける。

 口に広がる食感は、代用品でも類似品でもなく正真正銘本物のニンジンのそれだった。


「……食べっ、た……ぞ」

「では、デザートをどうぞ」


 気がつけば、裕飛の背中に床板が当たっていた。

 見上げた天井を、アルディリアの顔がさえぎる。


「……アルディリアさん? 引き下がるって……」

「引き下がりますわよ? やるべきことが終わったら」

「いや、まずい、これはよくない」

「見ればなにやらお悩みのご様子。一度スッキリさせたほうがいいのではと思いまして」

「スッキリって、そんな、親父ギャグみたいな!」

「ユウヒ様、あなたは戦士なのです。いつ戦場いくさばで命を落とされるかわからぬ身であること、御自覚ください。子をもうけるのに遅いということはありません」

「早すぎるわ!」


 大丈夫ですよ、天井の染みを数えている間に終わりますから――と、アルディリアの唇が近づいてくる。

 ふっくらとした紅唇に、裕飛の理性は脆くも打ち砕かれた。


 ――オレ、今まで我慢してきたけど、そういやなんで我慢しなくちゃいけないんだっけ? もういいよね、行くところまで行っちゃえ――。


 ごほん!


 大きな咳払いが、裕飛の意識をすんでのところで繋ぎ止めた。


「お取り込みのところ、失礼するぞ」


 苦笑を浮かべたヨリミツが入口に立っていた。

 その隣に佇む逸花は無表情で横に目を向けている。

 いつものように睨むのではなく、もはや視線すらくれない。

 米河逸花にとって最大級の怒りのサインである。

 裕飛は、今すぐ彼女の前に飛んでいって土下座したくなった。


「――失礼と思うなら、遠慮していただきたいものですわ」


 アルディリアはやれやれといったふうに身を離す。

 あわあわ震えるだけの裕飛と違って、実に堂々としたものだった。


「すまぬな、これも御役目である」

「あら、世継ぎを残す以上に大切な御役目があるのですか?」

「あなたにとっても大切な話だ、アルディリア姫」

「わたくしに……?」

「……お父上が、挙兵なされた」


 アルディリアの顔から、すっと表情が消えた。


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