九ノ巻 不確定、我心(二)
「――え?」
「だからさ。誰も犠牲にならない、みんな幸せ、除け者はいない――そんな選択肢があればいいと思うよ? けど現実にはそう上手くいかない」
「…………」
知ってるよ、おまえに言われなくたってな――将吾郎は胸の奥で呟く。
でも、それに抗ってきたのがおまえじゃないか。
ヒーローになるって、夢みたいな青臭い理想を掲げてたのが、おまえじゃないか。
「綺麗事じゃすまないこともあるんだ。犠牲が出るのは仕方ない」
待ってくれ、ヒーローが綺麗事を否定してどうするんだ。
「ミチナガさんは覚悟してやってる。キョートピアのことを第1に、最小の犠牲で最大の幸福を得る道を探してんだ。探して、心を痛めながら、それを実行してる。確かにあの人は完璧じゃない。それじゃダメだってんなら、じゃあ完全無欠の神様がどっかから降りてくるまで、誰もなにもしないでじっとしてんのか?」
「…………」
言葉が出てこない。
今、襖の向こうで喋っているのは裕飛なのか。
おまえは誰だ。声だけ似ている別人じゃないのか?
やめてくれ、裕飛の声でそんなことを言うのは!
「どうしたんだ、裕飛!? おまえらしくもない!」
「おい大声出すなって、見つかる……」
「そんなのもうどうでもいい! おまえ、ヒーローなんだろ? 正義の味方になるんだろ? それが……そんなのでいいのか……?」
いいはずがない。
「ああ。オレはヒーローだよ。キョートピアの人々を守る、な。知ってる? こないだ、寺子屋の子供たちが感謝の手紙とか送ってくれて――」
「そりゃキョートピアの人間は喜んでくれてるだろうよ。でも、外の人たちは?」
「まあ周囲の異種族には悪いけどさ。やっぱ人間はまず人間のことだよ」
「人間……」
あの
「ミチナガさんだって考えてるよ。キョートピアが豊かな土地になったら、他の種族も受けいれて、キョートピアで暮らせるようにするって――」
その時まで生き残っていればな、と将吾郎は口の端を吊り上げる。
彼らが生き残っていて、なおかつキョートピアンと同じだけの権利を有するならば。
あるわけがない。自分たちのためなら他の種族の虐殺も肯定する連中だぞ?
殺されてきた他種族だって、納得するものか。
地球の人間だって他の動物をいくつも絶滅させてきたし、時には同じ人類さえ虐殺した。
ミチナガからしてみれば「おまえらには言われたくない」ことだろう。
だが、だったらなんだ。「僕たちには他人のことを言う資格がないので」と、阿呆のように口を開けて、人が殺されていくのをお行儀よく眺めているのか。
「百歩譲って、エルフが人間でも、人間として扱う義理のない存在だとしよう。じゃあ、野良ソクシンブツは?」
「あいつらは――もう手遅れだよ」
「手遅れ……? まだ生きてる!」
「息はしてるよ。でもそれだけだ。むしろ生きてたって、憑鉧神を生む源じゃねえか」
嫌な予感が、将吾郎の頭に浮かぶ。
確かめたくない。もし裕飛の答えが自分の予想したものと同じだったら――。
「……裕飛。僕と再会したとき……憑鉧神と戦ったこと、おぼえてる、か……?」
「ああ、おぼえてる」
「あの時も……、敵の下に、ソクシンブツがいたの……、知ってた?」
裕飛の答えは素っ気なかった。
そして、将吾郎が予想したとおりのものだった。
「ああ。そういやいたっけ」
「……なんで、平気なんだよ……!?」
「言っただろ……。もうああなったら、元に戻るのは絶望的だ。それにあの人たちを助けてたら、それだけ被害が増えるだけだろ。あの人たちだって、他の人たちに迷惑かけてまで助けてほしいとは思わないんじゃねえの?」
「……なんでそれを、おまえが決めるんだよ!」
他人に迷惑をかけてでも生きたかったかもしれないじゃないか。
そもそも迷惑だから、なんだ?
「私が嫌な気分にならないことは、そこら辺の人間の命よりも優先されるべき問題です」か?
十人や百人が穏やかに過ごせるなら、人1人の命なんてどうでもいいのか?
死にたがっていたとしても、人間は人間で。
どう扱われてもいいってわけじゃない。
少なくとも、悪気をおぼえるならまだしも、むしろいいことをしたなんて、そんなのは――。
「――そんなのは、正義の味方であるはずがない」
「あーもう、うっせえな! 文句があるなら、自分で戦えば? ああ、できねえんだっけ?」
「僕じゃ、意味がない……」
将吾郎がヒーローになりたいわけではない。
アイドルの追っかけがステージに立ったって仕方ないではないか。
裕飛が本気でヒーローを目指していて、そうなるのが裕飛の幸せで、そうやって頑張る裕飛が好きだったから、だから、将吾郎は――。
その時、足音が耳に届いた。
裕飛が女性陣から吊し上げを食うのはかまわないが、まだ話は終わっていない。
くだらない痴話喧嘩で真面目な話に割り込まれたくないので、じっとするよう裕飛に忠告する。
必要がないのはわかっているが、なんとなく自分自身も息を止めた。
足音は1人分。まっすぐ近づいてくる。
伝わってくる重さと歩き方から、女性たちではなさそうだと将吾郎は判断した。
ポンテでもない。彼はその辺にも気を使っている。
「そこにおられますかな、ショウゴロウ君」
ハルアキラだった。
扉を開けようとした将吾郎に、そのままでいいですぞすぐ済みますから、と言う。
「君が、シャーマテックを使えない理由がわかりましたぞ」
「大事な話じゃないですか!」
扉越しの立ち話で済ませていいのか、それ。
「いろいろ理由を考えたのですが、やはりこれしか思い浮かびませんでした。不愉快な話になるかもしれませぬが」
「……言ってください」
裕飛に聞かれてしまうが、親兄弟より長く一緒にいる相手だ。
今更恥ずかしい秘密の1つや2つ共有したってどうということはない。
「君がシャーマテックを使えない理由、それはですな」
「はい」
「君が、ユウヒ君を、亡き者にしたがっているからですぞ」
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