九ノ巻  不確定、我心(三)


「……君が、ユウヒ君を、亡き者にしたがっているからなのです」

「…………」


 ……は?


 あまりにも予想外の回答だったので、将吾郎はリアクションを取るのに遅れた。


「……なんですか、その冗談。あのね、タチが悪いにも程がありますよ?」

「なに、君たちみたいな関係では、よくある話です」

「よくある?」

「君、イチカ君のこと、好きでしょう? それも異性として」

「……それは」


 過去のことだ。

 きれいさっぱりあきらめた。


 ……本当に?


「しかしイチカ君はユウヒ君と相思相愛。だったら残された方法はただひとつ――ユウヒ君にいなくなってもらうしかない」

「そんな、そんな安っぽいメロドラマみたいな……!」


 ありえない。断言できる。

 たとえ世界最後の男女になったって、逸花が自分を異性として見るなんてありえない、と将吾郎は思う。悲しいがそれが現実だとわかっている。


 だが陰陽師は続けた。


「そしてユウヒ君のヒーロー志向、君にとっては負担だったはずです。周囲から随分と奇異の目で見られてたって、君も言っていたではないですか。それは近くにいる君にも降りかかっていたはず。つまり君にとって、ユウヒ君は重荷だった」

「…………」


 否定したいが、否定しきれない。

 なぜならそれ自体は真実だからだ。

 裕飛の行動につきあわされて大変だったのも、まとめて馬鹿にされていたのも本当のこと。

 むしろ負担に思わない奴のほうがどうかしている。


 だけど。それでも。


「だから君はユウヒ君の死を願っていた」


 いやそれはない、と言おうとしたが、陰陽師は止まらない。


「そもそもユウヒ君なんか最初からどうでもいい。君にとって大切なのはナナエ様で、その弟はおまけだったのでしょう?」

「…………っ」

「もちろんそんなこと、知られるわけにはいきませぬ。隠した殺意が悟られること、それは君にとって恐怖だ。だから意識の奥底に仕舞い込んでいた」


 ちょっと待ってくれ、当てずっぽうで適当なこと言わないでくれ。


「元の世界にいた頃から、自分の本心を必死に隠し通してきた。それが、この世界にあっては思考の表出を封じる枷となった」

「ちょっと……」


 前提はともかく結論は暴論だ。

 不愉快すぎて怒鳴りつけてやりたい。


 感情的に反論すれば、まるで図星を突かれたみたいになってしまう。

 なので、落ち着くために将吾郎は一呼吸した。

 しかしそんな悠長なことをやっている間に、ハルアキラは「じゃあそういうことで」とさっさと立ち去ってしまった。


 ハルアキラの気配が遠ざかるのと反比例して、背後の存在を強く感じる。


「違うぞ、裕飛……!」


 襖は閉ざされたままだ。

 寝ていてくれていればいいのに、と思ったが、そんな都合のいい展開、今までの人生で1度だってあっただろうか。いや、ない。


「裕飛、せめて出てきてくれ!」


 顔を見て話そう。

 そうすればわかるはずだ。

 キョートピアが悪いということも、将吾郎が裕飛に死んでほしがっているわけがないことも。


「裕飛……!」

「ここにいますのね、ユウヒ様?」


 空気を読まないアルディリアが、宿直室に入ってきた。


「あらショウゴロウ様。男同士でかばい合いですか? 申し訳ありませんが真面目な話がございますので失礼」

「こっちは真面目で深刻で早急に解決すべき話の途中なんだ。後にしてくれ」


 すっ、と背後で襖が開く音。

 将吾郎が振り向く前に、裕飛はすたすたと部屋の入口まで移動する。

 今彼がどんな表情を浮かべているか、将吾郎には確認する暇もなかった。


「裕――」

「……なんだよ。人には偉そうに言っといて、おまえのほうが腹ン中ブラックじゃんかよ」

「違う、話を聞いてくれ」

「妙に突っかかってくると思ったら、あれかよ。オレがこの世界でチヤホヤされてるのが気にくわなかったんだな? 殺したいほど嫌いな奴が幸せそうにしてるのは、さぞかし胸糞悪かっただろうよ!」

「違うよ!」

「おまえのこと、1番のダチだって、思ってたのに」

「僕だって!」

「もう、おまえと話、したくねえ!」


 結局最後まで背を向けたまま、裕飛は部屋を出て行った。


「……ユウヒ殿はどうしたんだ? 今まで見たことのない顔をしていたが」


 遅れてやってきたツナが首を傾げる。


「ほっといてください」


 反感を買うのは承知で、将吾郎はそう言った。

 どいつもこいつも、うるさい。

 異世界の人間がこれ以上、僕と裕飛の間に入って好き勝手なことを言わないでくれ。


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