八ノ巻  野次馬、尾行中(二)


 市街を走るサイバネ牛車の車内で、逸花はヨリミツと向かい合っていた。

 狭い空間にイケメンとふたりっきり。

 自然と、逸花の心拍数は上昇する。



 ヨリミツからキョートピア観光に誘われたのは昨夜のことだ。


「命を救ってもらった礼だ。よければ、街の案内をしよう」

「そんな、命なんて」


 4日前、急病で倒れたヨリミツがあまりにも苦しそうだったので、逸花は地球の風邪薬を彼に与えた。

 そのおかげか、ヨリミツは一晩ですっかりよくなった――そういうことがあった。


「外つ世の薬とはよく効くものだな。下手な祈祷師より役に立つ」

「治ってよかったです」


 薬は地球から着てきた服のポケットにたまたま入っていたものである。

 いつ買ったものだかすらわからない。

 そんなものを、地球人とは生物的に異なるかもしれない相手に与えるなんて軽率だ――と、将吾郎からは逆にたしなめられてしまった。


 だが、薬は効いた。後遺症もなさそうだ。

 なによりヨリミツは喜んでくれている。


 だから――正しいのはあたしだ。

 心の中で、逸花は将吾郎に向かって勝ち誇った顔を向ける。


「あの日は憑鉧神が出たそうだな。後方指揮官としての役目も果たせず面目ない。君も出撃したとか」

「ああ、あたしならたいしたことしてませんよ。ユウがほぼ1人で片付けて」


 カニクレーン型の憑鉧神だった。

 逸花のしたことといえば、裕飛にのしかかった敵を横から蹴り飛ばしただけ。


「とにかく、礼がしたい。明日、予定はあるか?」

「空けときます!」


 顔がにやけるのを止められなかった。

 お礼というのは口実で、デートのお誘いなんじゃ――なんて浮かれたものだ。


 だが現在、向かいで平然と座っているヨリミツを見ると理解せざるを得ない。


 ――ああこの人、本気でお礼のつもりだわ。浮いた要素とか下心とか一切ないわ……。


 心の中で、逸花は深い、深いため息をつく。


 ――当たり前か。


 ヨリミツみたいなイケメンが、自分みたいな小娘に個人的感情を抱くはずがない。

 なにを意識してるんだ、あたし――。


「イチカ、右手を見てみるがいい」


 正式にヨリミツの部下になるに伴い、それまでのように『イチカ殿』ではなく『イチカ』と呼び捨てにされるようになった。他の部下への示しがあるのはわかるし、それに対してイチカに不満はない。


「あれがファイブ・チェイン・ストゥーパ。5階建ての建築物だ。通信網の中継施設を兼ねている」

「へえ……」

「あれがリッチファン・パレス。大規模な儀式や宴が開かれる場合に使われる施設で――」

「はあ」


 逸花の微妙な反応にヨリミツは苦笑。


「……やはり若い女子おなごの喜ぶ場所は、それがしにはわからぬな。ツナにでも聞いてくればよかった」

「あ、いえ、楽しいです」

「気を使わずともよい。外つ世では、どのような場所で遊んでいた?」

「えっと……ブティックとか?」

「服屋か。ではイースト・マーケットに向かおう」


 ヨリミツはタブレット端末に指を触れた。


 キョートピア市街を走るすべてのサイバネ牛車は交通寮からのシャーマニュウム通信『カタタガエ・ナビ』によって誘導されている。牛車の中にいる人間は目的地を指定するだけでいい。





「――行き先を変えましたぞ」


 逸花たちの乗った牛車の、少し後ろを走る1台のサイバネ牛車。

 その車内で、ハルアキラが目敏く声をあげた。

 早速、陰陽師は交通寮にハッキング。ヨリミツたちを乗せた牛車の進行ルートを割り出し、追跡。


「そこまでします……? 犯罪ですよ?」


 どの牛車が何処へ行こうとしているかは交通寮によって管理されている。

 プライバシー情報であり、通常他人が閲覧することは許されていない。

 カタタガエ・ナビに余計な負荷をかけるという意味でも、不正アクセスは大問題だ。


「……なあ、このオッサン、なんでこんな必死なの?」


 ウンザリした顔のカルネロに、将吾郎は黙って首を横に振った。

 わかりたくもない。


「なによカルネロ、せっかく退屈な仕事から連れ出してやったのに」

「仕事のほうがマシだった」

「2人はどこに向かってるんですか?」


 なんだかんだいって、ポンテは状況を楽しみはじめていた。

 なにが楽しいのやら――。

 将吾郎とカルネロは顔を見合わせる。

 言葉は相変わらず通じないが、この一瞬、心が通じ合えた気がした。

 別にうれしくはない。


「イースト・マーケットですな」

「ああ、お買い物デートなら鉄板ですね」

「そんなことより、僕がシャーマテックを使えない理由は?」

「少なくとも、肉体的問題でないことはわかりましたぞ」


 ハルアキラは言った。

 が、目はヨリミツの乗った牛車に向けられている。

 なにが彼をそこまでさせるのか。将吾郎は呆れるほかない。


「つまり精神的な問題なのです。君は人には言いたくない、知られたくない大きな秘密を抱えていて、それを知られたくないがあまり、無意識に意思の発信を封じ込んでいる、と考えられますな」

「知られたくないことなんて、誰にでもあるでしょう?」

「そう。ボクにもあるし、そこの2人だってそうでしょうとも。秘密なんか誰にでもある。ただ君は、どうしてもそれを知られたくないのですな。君の抱えた秘密が大きく罪深いものか、それとも君が人並み外れてシャイなのかどっちかで」

「……そこまでの秘密なんて、心当たりは……」


 おねしょがなかなか治らなかったこと。

 嘘をついて塾を何度かさぼったこと。

 廃工場で遊んでいて、窓ガラスを割ってそのまま逃げたこと。


 いや、そんなものではあるまい。


「君が自分でも直視したくないような内容であれば、思い出せないようなら自力では気づけないでしょうな。だからそれを突き止めるには、まず君という人間のことを教えてもらう必要があるのですが」


 あんたが知りたいのは僕じゃなくて米河さんのほうだろう、と嫌味を言いたくなったが、我慢した。

 知らなくてはならない、自分がなにを隠したがっているのか。


「しかし、それはきっと君にとって不愉快極まりない真実だと思いますぞ。目を背けたままでいるのも1つの手でしょうな」

「……ダメです。今のままじゃ、裕飛たちになにかあっても助けられない」

「友達思い、結構なことです」


 ハルアキラは皮肉げに笑う。


「じゃあ、聞かせていただきましょう。君のこれまでのすべてを」


 そう言いながらもハルアキラは懐から双眼鏡を取り出し、服屋に入っていくヨリミツと逸花を監視する。


「……聞く気、あります?」

「もちろんですとも。君は知らないでしょうが、ボクは1度に10人から話しかけられて、ちゃんと10人全員に的確な返事をしたこともあるのですぞ」

「それ、別の人の逸話じゃないですか?」


 とりあえず、生返事を返すハルアキラにめげそうになりながらも、将吾郎は自分のことを話した。

 そう長くはかからなかった。

 なんの魅力もない凡人の、それも十数年しかない人生ならこんなものだと将吾郎は思う。


 話が終わると、ハルアキラは深く頷いた。


「……よくわかりました」

「本当ですか?」

「イチカ君は浅葱あさぎうちぎがよく似合う……」

「ポンテ、このオッサンぶった切ってくれないかな」



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