七ノ巻  少年少女、絆模様(二)


 ――オレは元の世界には帰らない。


 裕飛がそう言い出すことは、将吾郎も逸花も予想の範囲だった。

 だから2人は、世紀の大告白をしたつもりでいる裕飛を無視して、目の前の料理に専念した。


「パスタなんてあるんだ。和食しかないのかと」

「あたしたちの前の渡界人がいろいろ伝えたんだって」

「……いや2人とも、オレの話聞いてる!?」


 裕飛と逸花は昨日の戦いでのけがれを払うため、朝からなにも食べられないままみそぎを受けていたらしい。

 将吾郎が午前中捨て置かれたのは、そのせいだった。


 そういうわけで、3人はそろって遅い朝食――あるいは早い昼食をとっている。


 フジワラ社社員食堂の内装は、ファミレスに似ていた。それも和食系の。

 奥に設けられたステージの上ではBGMとして琴――に似た楽器――の生演奏が行われている。

 弾いているのは十二単を着たレギュラーエルフだった。


「もーサイアク」


 フォークに刺したカルボナーラをスプーンの上で巻きながら、逸花が言った。


「せっかく勝ったのに、朝早くからあちこち連れ回されてお祓い受けたり滝に打たれたりとかさ。なんなの? 勝たないほうがよかったの? って感じ」

「そうそう、それなのにショウ君てば部屋に女の子連れ込んじゃって……」

「やってないって言ってるだろ……」


 仕事に戻る前に、ポンテは将吾郎の潔白を保証してくれた。

 にもかかわらず2人はまだ疑っているらしい。

 そこまでだらしない人間だと思われていたとは。将吾郎にはショックである。


「いやそんなことよりさ。もう一度言うけど、オレ、この世界で生きていこうと思うんだ!」

「ハイハイ、聞いたよ。そう言うと思ってた」

「じゃあ……」

「許すとは言ってないよ」


 逸花はぴしゃりと言った。

 これには裕飛もむっと眉をひそめる。


「……いや、なんで逸花さんの許可をいただく必要があるんですかー?」

「なんでも」

「はあ!? なんで嫁さんでもカノジョでもかーちゃんねーちゃんばーちゃんでもねえ奴に人生決められなきゃなんねーんだよ!」

「わかんないの? このままじゃ、あんた、死ぬよ?」

「戦わなければ生き残れないし帰れもしねえんだよ!」

「だいたい、本当に朱天王を倒せば帰れるわけ?」

「それ言いだしたらキリねえだろ。倒しても帰れない証拠とか、他に方法があるならともかく」


 睨み合う裕飛と逸花。

 いつもなら意見が対立しても裕飛が折れるか、逸花が「好きにすれば?」と匙を投げるかですぐ決着がつく。だが、さすがに今回は両者とも後には引けない。


 2人は将吾郎を見た。


「ショウはオレの味方だよな?」

「メガネだって、ユウのこと考えたら、帰るのがベストってわかるよね?」


 自分が意見を述べたところで、どちらかが翻意した試しって今まであっただろうか――と学習的無力感に苛まれつつも、将吾郎は口の中のものを水で流し込む。


「……僕は、裕飛がこの世界に残る選択も、ありだと思うよ」

「よし! さすが親友!」


 白い歯を見せる裕飛。対照的に逸花は不機嫌になる。


「なんでよ、メガネ?」

「ほら、奈々江さんはこっちに残るから」

「あ……」


 奈々江が結婚して子供まで産んでいたことで、4人で元の世界に帰るという当初の目的は事実上、潰えた。


 奈々江はもう、日本には帰るまい。

 キョートピアにいれば巨大企業の重役夫人でいられるが、向こうに戻ればそうはいかない。

 戸籍もない、言葉も喋れない中年男性と幼児を抱えて、中卒職歴なしで人生リスタートはキツすぎる。


 裕飛の両親はだいぶ前に事故で亡くなり、それ以来裕飛は叔父夫婦に面倒を見てもらっている。

 その叔父夫婦が子供を作らないのは自分に気を使っているからじゃないか――と裕飛が悩んでいるのを、将吾郎は、そして逸花も知っていた。


 『ヒーロー部』活動のおかげで将吾郎たち以外には友達もいない。

 そんな裕飛にとって、実の姉がいるこの世界のほうが居心地はいいのかもしれなかった。


「心配すんな。朱天王はオレがきっちり片付けてやる。おまえらは帰ればいい」


 将吾郎はこめかみを押さえた。

 裕飛はきっと、逸花を安心させようとして言ったのだろう。

 だが、逆効果だ。


 案の定、逸花は怒りも露わに裕飛を睨みつける。


「はあ!? あんたそれでいいわけ!? もうあたしらのことなんか、要らないわけ!?」

「え? おいおい、誰もそんなこと言ってねえだろ?」

「言ってるよ! だって、簡単に行き来できるわけじゃないんでしょ!? 一生離れ離れになるかもでしょ!?」

「あ……そうか、そうなるのか……」


 すまん、と裕飛は視線を落とした。

 だからといって、この世界に残るのをあきらめたわけではないのだが。


「裕飛が残るなら、僕も残るよ」

「ダメだ、ショウは帰れ」

「そうだよ、メガネは帰るべきだよ。あんたには、ちゃんとした家族いるじゃん」

「…………」


 幼い頃に両親を失った裕飛と、児童養護施設育ちだった逸花。

 対して将吾郎の肉親は健在である。血の繋がった実の父母と、弟。


 問題がないわけではないのだが――2人が『血の繋がった家族』に抱く憧れや理想を察すると、将吾郎にはそれ以上なにも言えなくなる。

 言わせてもらえない。


「……とにかく、あたしはみんなで帰るべきだと思う」

「でも、憑鉧神とまともに戦えるのはオレくらいのものなんだ」

「本当? 嘘つかれてるんじゃないの。いいようにこき使いたいから」

「考えすぎだよ。なあ、ショウ?」

「…………」


 将吾郎は返答に詰まった。

 裕飛にキョートピアの悪事を伝えるという目的もまた、頓挫している。

 奈々江がフジワラ社に深く関わっている以上、裕飛にとってキョートピアとの敵対は、ようやく会えた姉とまた引き裂かれることを意味するからだ。


 だからといってこのままキョートピアで戦うことは、ヒーローになりたいという裕飛の望みに反することになる。いやしかし、ポンテからはなにもしなくていいと言われているし――。


「なあ」


 将吾郎は裕飛が自分をじっと見ているのに気づいた。

 疑わしげにひそめられた眉間。

 まさか――隠し事をしているのに気づいたか?

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