七ノ巻 少年少女、絆模様(一)
仮の住まいとして将吾郎にあてがわれたのは、フジワラ・ジグラット40階・社員寮エリアの一室だ。
10畳ほどの家具付ワンルームで、トイレと風呂と小さなキッチンが備えてある。窓はない。
そんな部屋に、将吾郎は昨夜から囚われの身になっていた。
目の前にはシャーマニュウム感知式のドア。
そして将吾郎はシャーマテックを扱えない。
つまり、誰かが外から開けてくれないかぎり、将吾郎はこの部屋から一歩も出られないことになる。
昨夜裕飛に案内されたとき、「もう寝るから出て行くついでに電気を切っておいてくれ」なんて言わなければよかった。
自分1人ではドアの開閉も照明の点灯もできないと、気づいた時には既に遅し。
以来ずっと闇の中だ。
トイレのドアが人力で動く方式だったのは不幸中の幸いだった。
「なんでもかんでも、シャーマニュウム、シャーマニュウム……! クソ、なんで窓がないんだよ!」
渡界人が脱走することを怖れているから、というのは将吾郎の被害妄想だろうか。
「暗い……お腹も空いたな……」
焦ることはあるまい、待っていれば向こうから呼びに来る――そう考えて、もう昼過ぎになる。
朝になれば裕飛が朝食に誘いに来てくれると期待していたのに。
待っているのも限界だった。
将吾郎は手探りで玄関まで進み、力任せにスチール製の扉を叩く。
予想以上に重い感触。
どうやら、自力でぶち破るという考えは捨てた方がよさそうだった。
「誰かぁ! 開けてくださ――――い!」
来るだろうか。無理かもしれない。
この世界の人間にとって将吾郎の悲鳴はただの意味をなさない奇声だ。
たとえばライオンがSOSを叫んだとして、自分は助けに行くだろうか。
逃げるに決まっている。SOSだろうがハローだろうが、人間にとってはただの肉食獣の咆哮なのだから。
「こんなところで……終わり……!?」
足から力が抜けた。
「そうだよな……。利用価値のない人間なんか、誰も……」
扉が開いたのは、次の瞬間だった。
光の中に誰かが立っている。
将吾郎にはそれが、天使に見えた。
そしてすぐさま、そう見えた自分の目を呪った。
扉の前で微笑んでいるのは、メイド服を身につけたポンテだった。
「久しぶり! 外つ世語が聞こえたから、もしかしてと思ったら、やっぱキミかぁ。これって運命かな?」
「……ポンテ……」
二の句が継げない。
なぜ君が? なぜここに? なぜメイド服?
「まあ、落ち着いて」
ポンテは部屋の照明を点けると、将吾郎を部屋に押し戻した。ドアを閉める。
「やっぱり、フジワラ社で戦うことにしたんだね、ショウゴロウは?」
そう言いつつポンテはベッドに腰かけ、丈の短いスカートから覗く長い足を組んだ。
「戦わないよ。戦えない。MFを動かせないからな」
「やっぱりかぁ。でもそれはアタシにとっては朗報だね。ここでキミを殺さなくてすむってことだもの」
いつの間にかポンテはマチェーテを手で弄んでいた。
さっと腕を振ると、仕舞われている。まるで手品のようだ。
「ポンテは、なんでここに?」
「将吾郎が心配で、追いかけてきたんだよ」
「うまくもない冗談はいいよ」
「アタシの姐さん、フジワラ社に捕まってるみたいなんだ。本当はもっとバーンとやってシュバっと一気呵成に救出するつもりだったけど、ドジっちゃって」
ポンテは肘をさする。
城壁で別れたときにはなかった傷がそこにあった。
幸いにも、たいした傷ではなさそうである。
「それでアタシは地道に、奉公人として潜入することにしたわけ。ああそうだ、カルネロとも合流できたよ。あいつもここで働いてる」
「それはいいけど、なんだよその格好」
「え? 知らないのメイド服? この衣装を広めたの、アウターエルフだって聞いてるけど」
将吾郎たち以前にこの世界にやってきた誰かの仕業らしい。
それもミニスカノースリーブ、水着かと思うくらい肌の露出の大きい、かなり脚色されたメイド服だ。
「動きやすいのはいいけど、エッチぃよねー。胸なんてこーんなに空いてるし」
目の前まで迫ったポンテが、胸元の生地を引っ張ってみせる。
反射的に将吾郎は目を逸らした。
「どう? 欲情した?」
「するかよそんな、まな板で……って、それ以前に男じゃないか!」
だよねえ、とポンテは背を向ける。
背中側もまた大きく肌が露出していた。
滑らかな肌。すらりとしたうなじと背筋のラインが艶めかしい。
しっかりしろ、相手は男だ、と将吾郎は自分に言い聞かせねばならなかった。
「……ねえ、アタシ、この部屋に住めるようにできないかな? 渡界人権限でさ」
「は?」
「ショウゴロウは外つ世語のわかる誰かがついてないと日常生活すらままならないでしょ? アタシはここを拠点に活動できればイロイロ便利だし!」
「僕は別にいいけどさ……」
「問題はどうやって周囲に認めさせるかだよね。アタシが外つ世の言葉を使えるのは、できれば知られたくないし……」
と、どたどたと慌ただしい足音が近づいてきた。
「ヤバ、サボってるのバレたかな」
そう言いつつ、ポンテはベッドに潜り込み、頭からシーツを被る。
それで隠れたつもりか。
「おい」
「もし見つかったら、アタシは真面目に働くつもりだったけど、キミが立場を利用して無理矢理ベッドに引きずり込んだってことにして、お願い」
「嫌だよ! もっと普通に隠れろよ!」
足音はなぜか、将吾郎の部屋の前で止まった。
直後、勢いよくドアが横に滑った。
「――無事かッ、ショウ!」
「裕飛……と、米河さん?」
「悪い、ショウ……! おまえがシャーマテックを使えないこと、忘れてた! ……って、あれ?」
裕飛が照明を見上げ、眉をしかめる。
「昨日オレ、部屋の電気消してから出て行かなかった……?」
「……気のせいじゃないか?」
シラを切ったのは、ポンテのことを知られたくなかったからだ。
説明が極めて面倒臭い。
だが、人1人分膨らんだベッドを隠すことなど不可能だった。
「……誰かいるの? っていうか、いるよね?」
「えへへ……バレちゃったかぁ……」
まだ将吾郎は誤魔化す言い訳を頭の中で組み立てているというのに、ポンテはあっさり観念してしまった。ベッドから上半身を出す。
裕飛と逸花の顔が強張る。特に逸花は嫌悪の色が濃い。
「メガネ……。あんた、昨日の今日で女の子連れ込むなんて」
「違う! こいつは女の子に見えるけど、男なんだ!」
「いや、ショウ……。それはどう見ても無理がある言い訳だろ……?」
「言い訳じゃ……!」
背中に鋭いものが押しつけられ、将吾郎は口を閉ざす。
将吾郎の背にこっそりマチェーテを突きつけながら、ポンテは裕飛たちに見えるように涙を浮かべる。
「どうか、このかたを悪く言わないでください……。精神が不安定になっている思春期男子にうっかり近づいたアタシが悪いんです、アタシが……アタシがッ!」
「いえ、あなたは悪くないですよ。悪いのはこのメガネだから」
逸花は将吾郎を冷たく睨みつける。
――この大変なときに女の子をベッドに連れ込んで、しかもしらばっくれようなんて。
昨日ひどいことを言ったのを謝ろうと思っていたけど、必要なかったみたい。
サイテー。こんな奴だとは思わなかった――。
シャーマニュウムなどなくとも、逸花の軽蔑は将吾郎に過不足なく伝達される。
いったいどんな罪によって僕はこのような責苦を負っているのだろう、と虚空に問いかける将吾郎だったが、それを受け取ってくれるものはいなかった。
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