六ノ巻  清姫、出陣(七)


 コクピット内にフレームの歪む音が響く。


 真っ先に逸花の脳裏に浮かんできたのは、元の世界にいる両親と妹の顔だ。

 血は繋がっていない。けれど自分が死んだと聞いたら、きっと悲しむと思う。

 そう考えた自分が妙におかしい。


 ――なに言ってんだ、あたし。自殺なんかしようとしたくせに。


「……死にたくない」


 ユカリが死んで悲しかった。

 彼女を死に追いやっておいて、のうのうと生きている奴らと同じ空気を吸いたくない。

 1番辛くて苦しかったのはユカリ自身なのに、それを思いやることもなく、親不孝の一言で切って捨てる彼女の両親――いや、大人たちへの反感もあった。


 嫌いだ、あんな世界。

 死んでも生きていたくない。

 でも、死にたがりにだって死に方を選ぶ権利はある。

 たとえなくても、むしり取ってやる。


 こんな世界でこんな死にざまは、い・や・だ!


「助けて、ユウ……!」


 ――逸花! こっちに来い!


 頭の中で裕飛の声がした。


 ――レバーを握れ! 機体を動かすんだ! こっちに来い! あきらめるな!


「!」


 清姫プルガレギナのバイザーの奥で、2つの目が光を放つ。

 関節から鬼火が噴き上がる。

 華奢な機体のどこにこんなパワーが秘められていたのか、オーガマタの巨体をはね飛ばして飛翔。


「……ユウ!」


 寝転んだ体勢のまま、裕飛のいる方向へ清姫プルガレギナが飛ぶ。

 勢い余って塀にぶつかり、倒壊させる。

 コクピットハッチが開いた。よく見知った少年が、機内に潜り込んでくる。



「よし、バトンタッチだ。あとは任せ――」


 しがみついてきた逸花に、裕飛は息を呑み込んだ。


「ちょっと、逸花、さん!?」


 格好悪いくらい声が上擦る。顔全体が上気していくのを、裕飛は自覚する。

 だが引き離すことはしなかった。少女が震えているのを見たからだ。

 しかし逸花が落ち着くまで、敵は待ってくれない。


「わかった、一緒にいよう、な?」


 逸花はこくんと頷いて、シートに座った裕飛の腿にちょこんと腰を下ろした。

 神妙な様子はいつになく可愛らしい。が、裕飛はむしろ張り合いのなさ――あるいは喪失感、さびしさという感情を抱いた。


 オレはバカだ――裕飛はレバーを握る手に力を込めた。

 逸花をこんなに怖がらせちまうなんて。


 その思いは、逸花を怖がらせた相手であるオーガマタへの怒りに昇華される。

 絶対に許すものか。


清姫プルガレギナっていうんだよな、抜刀しろ!」


 深緑のMFの指が、右肩に装備された太刀の柄を握る。

 蛇が威嚇するような音を立て、白刃がその身を夜風に晒す。


「オレたちの反撃は、まだはじまったばかりだ!」


 雅楽のようなモーター音と、拍子木を打つような足音を響かせ、清姫プルガレギナは力強く疾走する。


 オーガマタの腰装甲がはね上がった。

 きらりと光を反射するワイヤーウィンチ。

 発射された有刺鉄線を、清姫プルガレギナはひらりと飛び越えた。


「同じ手2度食うほど、甘くないぜ!」


 そのまま一気に敵の頭上へ。

 蛇の頭部に似た柄頭をオーガマタに叩き込む。

 よろめいた鬼を蹴って跳躍。距離を取る。


「すげえ……」


 裕飛は感動のあまり吐息を漏らす。

 アシガリオンがサイズの合わない長靴とすれば、清姫プルガレギナは履き慣れたスニーカー、いやそれ以上だった。


「すげえよハルアキラのおっちゃん! このMFは最高の出来だ!」

『ふふふ、そうでしょう、そうでしょうとも。そうそう、ユウヒ君のリクエストした武器も、つけておりますぞ』

「マジか!」


 それを聞いては、使わないというチョイスは裕飛にはない。

 3本指で構成される清姫プルガレギナの左手が、握り拳をかたちづくる。

 雄々しく天に突き上げた左拳を、裕飛は大きく後ろに引き絞った。

 叫ぶ。


「ロケット――ナッコォォォッ(仮)!」


 力強く前方に突き出された左前腕が、肘から切り離される。

 断面からシャーマニュウムを噴き上げ、清姫プルガレギナの左前腕は猛禽のごとく敵へ翔ぶ。


 風の唸りを身にまとい、鉄拳がオーガマタの胴に突き刺さった。

 重く腹に響くような衝突音が夜の街を震わせる。

 静寂。そして。


 オーガマタを包む蒼炎が消え、肩がかくんと落ちた。

 ぐらりと揺らいだ機体が、横倒しになる。


「……あれ? 腕、戻ってこないんだけど?」

『常識的に考えて無理ですぞ』

「おいおい、戻ってこないロケットパンチなんて片手落ちだよ!」

『上手いこと言いますな』


 直後、オーガマタが爆発した。

 熱もなければ燃え移ることもない鬼火ではなく、現実の炎がキャンプファイヤーのように赤々と路地を照らす。


『証拠隠滅ですな。やれやれ』


 とにかく、勝った。

 自分に抱きついたままの逸花の肩を、裕飛は優しく叩く。

 それで逸花は、もう怯える必要がないことと、自分が大胆な振る舞いをしていることを認識した。

 そそくさと身を離す。


「なんだよ、もうちょい抱きついててくれてもよかったんですよ、逸花さん?」

「……ウザい」


 自分から抱きついたという記憶はあるので、逸花は悪態をつくのみに留め――なかった。

 裕飛の頬を引っぱたく。


「なにすんだよ!?」

「心配かけた、罰! なにが『3人分だって頑張ればいける気がする』だよ! 早速死ぬところだったじゃん!」


 1発では怒りが収まらなかったので、胸に拳を打ち込んでやった。

 収まるどころかぶり返してくる。更に数発。


「バカ、バカ……!」

「痛てて、痛い、結構痛い、悪かったから許して……、なんだよ、泣くほど? 泣きたいのこっちなんですけど……」

「うっさい!」


 袖口で涙を拭おうとして、だが思ったより汚れていたのでためらう。

 素直にこの世界の服に着替えていればよかった。


「こんなの……、こんなの、いつ死んじゃうかわかんないじゃん……! 憑鉧神なんか放っておいて、さっさと朱天王だけ倒して帰ろう? そのためだったら、あたしも我慢するから!」

「…………」

「ユウ?」


 裕飛が顔を合わせてくれない。

 その意味がわからない逸花ではなかった。


 裕飛をこの世界においちゃいけない、と逸花は思う。

 この世界はヒーロー気取りの少年を本当のヒーローにしようとする。

 それはダメだ。そんなの、生贄と変わらないんだから。


 あたしは裕飛を生贄ヒーローになんかさせない。

 絶対に元の世界に連れて帰る。

 自分の親しい人の命を、赤の他人より大事にしてなにが悪い?


「……ユウ。あたしたちは、帰るべきだよ」


 決意を胸に炎を睨む逸花。

 裕飛は、そんな逸花の横顔の美しさに見とれる。


 そんな2人は、少し離れた場所から自分たちを見つめる影に気づいていなかった。

 影の正体は、隻腕のオーガマタのパイロットである。

 背面ハッチから辛くも脱出した彼は、怪我でもしたのか肘を押さえつつ、キョートピアの雑踏に姿をくらませた。



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