六ノ巻  清姫、出陣(二)


 アシガリオンを包む炎は激しく燃え盛っていたが、動きは目に見えて鈍くなっていた。

 破損した背中からはぶすぶすと黒煙が排出される。


 ブルドーザー型の憑鉧神が突っ込んできた。

 避けきれぬとみて、アシガリオンは正面から受けて立つ。

 力比べ。ああ、パワーでは向こうの方が上だ。

 踏ん張るアシガリオンだが、舗装路を削りながら押しやられていく。


 少しずつカーブをかけていく憑鉧神。アシガリオンをビルで押し潰すつもりだ。


 ――もう見ていられない。


 将吾郎は中継映像からハルアキラの顔に意識を移す。


「ハルアキラさん、あんた、悪いことが起きるって思ってて、なにもしなかったんですか!?」

「そんなわけございませぬ」


 サイバネ牛車が止まった。

 窓の外には瓦屋根の大きな建物。

 林立する朱塗りのエンタシス柱が、ギリシャの神殿を連想させた。


「君たちをここに連れてくること自体が、悲劇を回避する一手なのですぞ」


 ミソギ・ゲートをくぐり、ハルアキラはドアを開ける。


「――式神殿しきがみでんへ、ようこそ」


 内装から察するに、MFの格納庫のような場所らしかった。

 壁に沿うようにして、アシガリオンの同型機や名前もわからぬ武者ロボットが並ぶ。

 その足元を進むハルアキラの背を、将吾郎たちは追いかける。


「これだけロボットがあって、なんで誰も出ていかないんですか!」


 逸花が怒りを露わにして言った。当然だろう。


「ユウだけ1人で戦うなんておかしいじゃないですか! ヨリミツさんは!?」

「言ったではないですか、強い縁起力が必要と」


 逸花を落ち着かせようと、ハルアキラは追従笑いを浮かべた。


「その辺の武者ではMFを半幽体化するどころか、憑鉧神を視ることさえおぼつきませぬ。ヨリミツ様に関しては、彼は棟梁だからです。指揮をとる立場だから、前線に出られることはありませぬ」


「あの」


 将吾郎は手を挙げる。


「この通信機、裕飛に声を伝えることってできないんですか」

「君以外には」

「裕飛に伝えてもらえませんか。敵があいつをビルで押し潰そうとするなら、ギリギリのところでパッと避けて、相手を逆にビルに突っ込ませるってのは――」


 ぱっとしない案だが、今の将吾郎にはそれくらいしか思いつかなかった。

 それでさえ、即座に否定される。


「コンバーターが破損していますからな。その『パッと』ができるかどうかは疑わしい。迂闊に力を緩めたりしたら、逆に一気にビルまで押し込まれるやもしれませぬ」


 なにか他に策はないのか――将吾郎は頭をフル回転させる。


「1番妥当な策は、イチカ君の言うとおり、援軍を送ることですな。ただし、戦えるのは君たちだけですぞ」

「あたしたち……?」

「そう。憑鉧神を視ることができ、高い縁起力が期待できる君たちが、MFに乗って駆けつける、それこそ最適解。そしてここには渡界人用に開発された、最新鋭のMFがあるのです!」


 ハルアキラは、大扉を力いっぱいに押し開いた。

 扉が勢い余って壁に叩きつけられる音とともに、部屋の奥に立つ3体の巨人が姿を見せる。


「紹介しましょう、最新鋭MF『94式X-1 清姫プルガレギナ』を!」

「……ぷるが……れぎな……?」


 将吾郎と逸花の顔に浮かんだ表情は――困惑だった。


 武者にも見えなければ鬼でもない。

 それどころか、ロボットにも見えなかった。


 目鼻もなければ指もない、装甲どころか関節すらない、ピクトグラムみたいな泥人形がそこにあった。


 清姫プルガレギナ!――と高らかに叫んだときには伸びていたハルアキラの背筋が、見る見るうちに萎んでいく。

 陰陽師は照れ隠しのように卑屈な笑みを浮かべて、言った。


「申し訳ない……。まだ完成してないの、忘れておりました」




 一方その頃、裕飛は歯を食いしばり、アシガリオンに激励の念を送り続けていた。

 アシガリオン自体はただの機械である。励まそうが貶そうが、頑張ったり頑張らなかったりなどしない。


 だがミシミシと鳴るコクピットの壁や、無駄にみやびな駆動音に割り込む不協和音のおかげで、裕飛はすっかり焦ってしまっていた。


 ――どうする?


 このままではいずれ、機体が完全に壊れてしまう。

 その前に状況を打開しなくてはならない。


 将吾郎が考えたようなことは、既に裕飛も思いついていた。

 しかし押し合いになる直前の鈍い挙動が裕飛を不安にさせる。

 下手に力を抜けばそのまま押し潰されてしまうだろう。


「こうなったら、真っ向から相打ち覚悟でいく!」


 裕飛はアシガリオンの両手関節に念を送る。


「ダブル・シェイキング・フィンガ――――ッ!」


 アシガリオンの両手が高速で振動。

 振動波が憑鉧神のドーザーブレードに無数の細かい亀裂を走らせる。


「ギシャアアアア!」


 ドーザーブレードが砕け散った。

 憑鉧神は錆びた金属同士がこすれ合うような悲鳴をあげた。

 それでもそのまま前進を続けていれば、憑鉧神は裕飛を押し潰すことができただろう。

 だが鋼鉄の悪霊は苦痛に怯える生き物のように、大きく飛び退った。


 ガックリと膝をつくアシガリオン。

 酷使しすぎた反動で、両手がボロボロと崩れ落ちる。

 さらには身体を包む鬼火さえもが、消えた。


 一方、顔面を破壊された憑鉧神は怒りに喉を鳴らし、跳躍態勢をとる。

 もはや万策尽きたか、アシガリオンは観念したかのように動かない。


 咆哮一声、憑鉧神は天高く跳んだ。

 MFを押し潰すに足る質量が、ビルよりも高い場所からアシガリオンに襲いかかる。

 だがその時。

 機能停止したかに見えたアシガリオンが、再び青い炎を噴き上げた。


「――オレの反撃は、はじまったばかりだ!」


 迎え撃つようにジャンプするアシガリオン。

 激突の寸前、裕飛は機体に左腕を突き出させた。

 もちろん、その先に拳はもうない。

 あるのは――剣のように尖った、断面だ。


 月を背に、影を重ねる憑鉧神とアシガリオン。

 頭部を失い、内部構造を覗かせる憑鉧神の体内に、MFの左腕が肩口まで突き刺さる。

 柔らかい肉をかきわけるような手応えが、琥珀玉を通じて裕飛に伝わった。

 だが不快感をおぼえている暇など、裕飛にはない。


「シェイキング・ア――――ム!」


 憑鉧神の体内で、アシガリオンの左腕全体が高速振動する。

 次の瞬間、怪物の身体は無数の鉄屑に還った。振動波に弾かれ、花火のように弾け飛ぶ。

 アシガリオンは背中から落下。

 その上にも憑鉧神の残骸が降り注いだが、幸い、致命的な大きさのものはなかった。


 立ち上がろうとして、しかしアシガリオンの膝はガクガクと震える。

 結局巨人は尻餅をつき、コクピットの裕飛はシートにぐったりと体重を預けた。


「裕飛より本部へ。すんません、このまま寝ていいっスか? 回収よろ――」


 返事を聞く前に、裕飛は目を閉じた。

 が、夢の国の門をくぐったかくぐらないかというところで、結局裕飛はアシガリオンからの警報アラートによって叩き起こされた。


 こちらに近づいてくる青い炎。

 その中に立つのは、3本の角をもつ、ずんぐりした体型の黄色い鬼ロボット。

 裕飛たちがヘイアンティス大陸に飛ばされる、そのすべての発端となったといってもいい、あの。


 アンバランスなまでにゴツい腕をした鬼ロボットは、剛腕に見劣りしない巨大な金棒を取り出し、アシガリオンに向け1歩を踏み出す。


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