六ノ巻  清姫、出陣(一)


 憑鉧神出現の報を聞き、裕飛とヨリミツが足早に部屋を出て行く。

 将吾郎と逸花は腰を浮かせた状態で、置物のようになっていた。


 自分たちも行ったほうがいいのだろうか。

 いや、行くとしてもどこへ?

 なにをしたら――いや、そもそもなにができる?


「ショウゴロウ君とイチカ君は、ボクと来てくれますかな」

「どこへ――まさかいきなりあたしに、戦いに行けっていうんじゃないですよね?」


 毛を逆立てた猫のように、逸花は全身に警戒心を滲ませる。


「万が一の場合には。それとも? たとえ自分が行かなければカレシが死ぬとしても、戦うのは嫌ですかな?」

「馬鹿にしないでください。あと、カレシじゃありません」


 違うのですか? と言って、ハルアキラは眼を細めた。そうか、違うのか、と呟く。

 なんだか不愉快で、将吾郎は無意識に逸花をかばう位置に立った。


「ミチナガ様、これにて辞去させていただきたく」

「うむ、務めを果たすがよい」


 その言葉はハルアキラだけでなく、将吾郎たちにも向けられている。


 ――なにが務めだ。まだ、戦うと決めたわけじゃない。


 3人はミチナガの屋敷を後にした。

 エレベーターに乗り込む。夜の闇に沈んだ街の中、オレンジ色に燃える一角とそこからたなびく黒煙が見えた。


 さすがにここからでは憑鉧神やMFの姿は見えない。


「2人とも、これを」


 ハルアキラが袖口に手を突っ込み、なにかを取り出した。

 琥珀でできた、コードのないイアホンのようなものだ。


「指向性シャーマニュウム・テレパシー・ネットワーク通信機。シャーマニュウムを通じ、グループ内にいる相手に、より詳細で密度の高い情報をやりとりできるものですぞ。ショウゴロウ君でも受信には問題ないはず」


 将吾郎は早速それを耳の穴に差し込んでみた。

 視界の一部に別の映像が重なる。

 半透明なので向こうが見えないことはないのだが、どうにも邪魔だ。

 頭を動かしても追いかけてくる。


 手で動かすと位置を変えられますぞ、とハルアキラが言ったが、やはり反応しなかった。

 この世界の技術はとことん将吾郎と反りが合わないらしい。


 視界に割り込んできたウインドウの中に、憑鉧神の姿が表示されていた。

 昼間のものと同じ、無数の鉄屑と歯車が寄り集まったボディ。


 だが全体的なかたちは全く違う。

 大通りを我が物顔に占拠するそれは、巨大な蛙か、『伏せ』をした犬のように見えた。

 頭部はブルドーザーそっくりで、道路の表面を掘り起こしている。


 なにこれ怪獣じゃん、と逸花が呟いた。


「古来より、百年を経た器物には精霊が宿るといわれておりました」


「ファンタジーですね」


「まあ、実際のところは経年劣化などで変質した金属が、高濃度のシャーマニュウムに晒されることで式神に似た思念伝導体となっただけのものを、精霊とかいってありがたがっていただけですが」


「SFだったかな」


「その精霊だか思念伝導体だかが、なんで暴れ回ってるんです?」


「文明の発展に伴い、人々はそれまで以上にストレスを貯め込むようになりました。無意識下にあるその破壊願望が憑鉧神に伝達されてしまった――そういうことです。誰か特定個人の悪意ではない。街に住む者の業、とでも申しましょうか」


「…………」


「わかりやすさを重視してファンタジー的解釈でいかせてもらえば、憑鉧神は半分幽世かくりよの存在なのです。悪霊というのがわかりやすいですかな。対抗するにはこちらも同質の存在にならねばなりませぬ。渡界人、つまり君たちのような強い縁起力の持ち主が乗ることで、MFは半幽体化セミ・エセリアライズすることができ……おっと、段差に気をつけてくだされ」


 エレベーターが止まった。

 ハルアキラに続いてフジワラ・ジグラットの外に出た将吾郎たちを、牛のような生き物が待っていた。身体の各部を機械義肢に置き換えたサイバネティクス牛は、立ったまま眠っている。戦いの音に興奮した彼らを落ち着かせるため、鎮静剤が投与された結果だ。


 サイバネティクス牛には、ジープの後ろ半分を切り取ったような車体が接続されていた。

 牛車である。

 ハルアキラが手首を振ると扉が開く。


「さあ、乗ってくだされ」


 強制的に覚醒させられたサイバネ牛が走り出す。

 空港の滑走路か、軍事基地のようなフジワラ社敷地内を駆けるその速度は、もはや牛とは思えない。

 逸花は無言で窓の外、いや、網膜に投影される中継映像を見ていた。


「あれがユウの乗ってるロボット?」


 中継映像の中では、鬼火を噴き上げるアシガリオンが憑鉧神に躍りかかるところだった。


「心配することはありませぬぞ、まだ」


 不安げに中継を見守る2人に、ハルアキラが優しく言う。

 だが最後に付け加えられた余計な一言は、むしろ将吾郎たちの不安を煽った。


「『まだ』ってどういうことです?」

「あー、ボクが陰陽師だということは覚えていただけていますかな? 最近ではほぼ式神やMFの開発ばかりに重宝されておりますが、こちらの世界の陰陽道は、天文学、暦学、自然哲学、呪学、占学をまとめた学問なのです。そして最後の占いに関してでありますが」

「占い……」


 なんだそんなこと、という表情が表に出てしまっていたらしい。

 陰陽師が不快げに眉をひそめる。


「渡界人はみんなそう仰る。ですが、そう馬鹿にしたものではありませぬぞ」

「すみません、それで?」

「占いによると、ユウヒ君の今日の運勢は、凶と出た。……おっと、今のは駄洒落では」

憑鉧神あれがそうじゃないんですか」

「いや、ボクが感じたのはもっと――」


 その時、逸花が悲鳴をあげた。

 中継映像の中で、アシガリオンの背中がいきなり爆発したのだ。


「アシガリオンが……!?」

「君もその名前で呼ばれますか。鬼械人形オーガマタみたいで嫌なのですが。足軽マイルドフットという名前がありまして」

「なんで爆発したんですか!」


 それまで裕飛は優勢に戦っていた。

 まだ一度だって敵の攻撃を受けていない。

 事故なのか、あるいは見えない攻撃だとでもいうのか。


「ユウヒ君の縁起力が強すぎるのです」

「強すぎる……?」

「風船に空気を入れ過ぎると破裂するように、足軽マイルドフットでは彼を納める器として小さかった。そういうことでありまする」


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