五ノ巻  再会、御姉様(四)


「世界を越えしそちたちには、類い稀なる縁起力えんぎちからがあるが故に」

「……演技力えんぎりょく?」

「芝居の話じゃねえよ」


 裕飛が説明を引き継ぐ。


「縁起のいい力と書いて縁起力。ま、主人公補正ってやつだな」

「なんだよ主人公補正って」

「ショウはアニメとか詳しくないだろうけど、よっぽど奇をてらったんでもない限り、主人公サマは話の途中で流れ弾とか急病とか、滑って転んだりとかで死なないって、わかんだろ?」

「ん、まあ……」

「そういう『守られている』『幸運が味方している』度合を、縁起力って呼んでんだ。でもって、オレたちみたいに世界を越えてきた人間は、強い縁起力をもってるらしい」


 将吾郎はなんとなく自分の手を見た。

 我ながら細く頼りない手。そんな力、本当にあるのだろうか。


「そして縁起力が強ければ、シャーマニュウムに対し、より強く干渉できます」


 ハルアキラが説明を受け継いだ。


「凡人の筋道だった演説より、カリスマの妄言が世間の心を打つのも、そのあらわれ。そして、特にマジンナリィ・フレンズMFの操縦に、シャーマニュウム干渉能力の高さは活かされるのです」

「MFって?」


 首を傾げた逸花に、あのロボットのことだ、と将吾郎は教えてやった。

 専用機ワンオフの場合はマジンナリィ・フレンっていうんだ、と裕飛が補足する。

 心底どうでもいい。


「――その専用MFフレンドを、そちたちにやろう」


 ミチナガが言った。


夜倶素通主祭よぐのすどおしぬしさいを執り行った術者、その名を朱天王しゅてんおう。キョートピアに仇なすリザードマン一味の棟梁で、凄腕のMF使いという。ヨリミツでさえ手を焼く相手だが、そちたちなら勝てるかもしれぬ」


「ちょっと待ってください」


 将吾郎は手を挙げた。


「こっちと向こうの世界を繋げた元凶は、朱天王かもしれません。でも、僕たちがこの世界に来たのは、あなたがたに責任があるはずだ」


 奈々江経由で将吾郎の反論を受けたミチナガは、愉快そうに手にしたしゃくを弄んだ。


「ほう?」

「あなたがたが鬼の……MFの腕ごと米河さんをさらわなければ、僕たちはこの世界に来ることはなかったんです」


 そうだ、もっと言ってやれメガネ――と、逸花が小声で応援してくれる。

 それは将吾郎にとって万の援軍にも相応しい。

 気を大きくした彼は、切り札を叩きつけることにした。


「そもそも、朱天王が儀式をやったのだって、あなたがたが元凶じゃないんですか!?」

「なにを根拠に。言っていいことと悪いことがあるぞ」

「……超次元風水計画」


 さあどう出る、ミチナガ・ノ・フジワラ――。

 将吾郎はミチナガの表情筋の乱れを見逃すまいと、目を凝らす。


 おまえたちの悪巧みはちゃんと知っている。

 シラを切るというなら、裕飛や奈々江の前でフジワラ社がエルフにやったこと、全部洗いざらい話してやるぞ。


 だがたいしたもので、ミチナガは眉1つ動かさなかった。

 別に目に見えて狼狽したり、「ば~れ~た~か~」などと言いつつ本性を露わにする、とまで思っていたわけではないにせよ、あまりにも無反応だったので、かえって将吾郎のほうが不安になる。


「やれやれ。むしろ儂らは、そちたちに感謝されてもいいと思っているのに」

「は……?」


 予想もしない話の転換に、将吾郎は面食らう。


「儂らがそちたちをこの世界に引き込んだ理由だ」


 ミチナガはハルアキラに顎をしゃくった。

 陰陽博士が説明を引き継ぐ。


「君たちは向こうで、こちらの世界の事物に触れすぎた。それによって、この世界とえにしが結ばれてしまったのですよ」

「…………?」

「平たく言うと、君たちが向こうの世界にいるかぎり、こちらの世界のものを引きつける呼び水となってしまうのです。朱天王は最初の時よりずっと楽に、君たちの世界に干渉できるようになる。それは君たちの世界にとって、好ましからざることではないですかな?」


 見えない兵器が、真っ昼間の都市部で暴れるさまが目に浮かんだ。


「そう、だから儂らはそちたちをこちらの世界に呼び寄せたのだ。そちたちの世界を戦場にせぬようにとの配慮である。――どうした、感謝してよいのだぞ?」


 少し悩んで、将吾郎は「どうもありがとうございました」と感情を込めずに言った。

 奈々江が苦笑しつつ、通訳する。

 ミチナガは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「感謝の気持ちは言葉などでなく、行動で返してもらいたいものよ」

「行動とは?」


 なにを頼まれるか、将吾郎にはだいたいの想像がついていた。

 ついさっき見たからだ。


追儺ついなを――憑鉧神の調伏をやってもらいたい」

「なんですか、それ」

「逸花はまだ見てなかったよな。この街には憑鉧神っていうデカい鉄屑の幽霊が出るんだ」

「鉄屑の……幽霊……?」


 逸花はわけがわからない、という顔をした。


「幽霊っていうより、見える人にしか見えない怪獣と考えたほうがわかりやすいと思う」

「そう、そいつを見ることができて、かつ倒せるのは高い縁起力を持ったMF使いだけなんだよ」

「要するに、朱天王だけじゃなく、そのオバケとも戦えってこと? あたしたちに、ロボットで」

「ロボットじゃなくてMF」


 裕飛を無視して、逸花はミチナガを見る。


「無理です。あたしたち、まだ子供で……戦いとか無理ですよ!」


 泣き出しそうなほどに顔を歪め、震える声を絞り出す逸花。

 当たり前の反応だろうと将吾郎は思う。

 嬉々としてMFに乗り込む裕飛のほうが異常だ。


 どうしても、3人でなくては駄目なのだろうか。

 自分と裕飛で彼女の分を肩代わりするのでは、いけないのか?


 そう提案しようと将吾郎が腕を浮かせたとき、裕飛が膝を叩いた。

 パチン、という音が室内に響き、全員の視線が彼に集まる。

 ふえ、とテンロウマルが間の抜けた声を出した。

 途中で眠ってしまっていたらしい。顔を赤らめつつ、神妙な表情を作ってみなの視線を追う。


「そうだミチナガさん、こういうのは駄目かな? オレとショウが逸花のぶんまで戦うから、逸花はもっとこう、安全なところで働くってのは?」

「それはかまわんが、おまえが思っているほど楽ではないぞユウヒ」

「覚悟の上だぜ」

「ユウ……それはさすがに悪いよ」


 眉をひそめる逸花に、裕飛は笑顔を返す。


「心配すんなって。オレ、歴代の渡界人の中でも縁起力が高いらしいんだわ。1.5人分、なんなら3人分だって頑張ればいける気がする」

「よく言うよ。昼間だって僕が手を貸さなきゃヤバかっただろう」

「え?」


 裕飛は、ぽかんと口を開けた。

 なにを言われたのか心底わからない、という顔だ。


「は? おまえ別に、なんもしてねえだろ」

「え……?」

「そういや、なんかパタパタ腕振ってたけど、アレなんだったん? ごめん、

「…………」


「――失礼します!」


 どたどたと駆け寄ってきた足音が背後でそう告げるのを、将吾郎はぼんやりと聞いた。


「憑鉧神が現れました! ユウヒ殿には出撃していただきたく!」



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